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いちごのキャンディー
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「愛ちゃん…」
ションボリ顔のエリはサングラス越しでも分かるほどのもので、俺がいくら「気にしてない」と言っても謝ってばかりいる。
「ったく…だから別にいいって言ってんだろ。仕方ねぇじゃんアランが好きなんだから」
「だからって…なんでこのイベント今日なの…俺、富士Pに嫌われてるのかな」
「知らねぇよんなもん。たまたまコラボしてるだけだろ。それにアラン…ケイトまであんなんだし。まぁ、少しは来た意味あんじゃねぇの?」
チラリと列の前方を見ると一際目立つアランとケイトのはしゃいでる姿が目に映った。
列に並ぶ殆どの人が女性で、その中にいるとただでさえ目立つのに余計周りの目が俺たちに向いてくる。
そんな周りの女子たちは皆、そのアーティストのグッズなのだろうか
黄色いタオルや黄色いパーカー、黄色いカチューシャや黄色いペンライトなどと…
とにかく〝黄色〟の物を俺たち以外の全員が身に纏い、今か今かと待ちわびていた。
「〝Honey&Maple〟ねぇ…結構有名なのな。日本にいるのに全然聴いたことなかったわ」
さっき列に並ぶ時にエリが受け取ったチラシに目を向ける。
そこには大きくキャッチコピーと美形な二人の男の写真が載っていた。
『全世界が甘すぎる二人に発狂!!日本発の激甘アイドル〝Honey&Maple〟が、ついに富士Pに参上だ!!!ライブは13時から!! !さぁ、キミも〝Honey&Maple〟の蜜漬けとなろう!!』
どうやらこの〝Honey&Maple〟は最近デビューしたらしく、キャッチコピーの通り甘すぎる演出故、女性のファンを世界中に増やしており
今やアイドルだけでなく、バラエティやファッション雑誌のモデルをやっているんだ…と、さっきアランとケイトが発狂しながら俺とエリに〝Honey&Maple〟の凄さを語ってくれた。
「うん、俺も全く知らなかったよ。ケイトは知ってたみたいだけどね」
「あー…そういや、ここ来る前まであんなに嫌がってたのにこの〝アイドル〟が来るって知った時の変わりよう…マジ凄かったわ」
「ふふふ…確かにね」
サングラスのせいでグレーの瞳は見えないが、赤い唇が弧を描くように優しく俺に微笑みかけて来る。
「…なんだよ」
「ん〜?…愛ちゃんの頬がね、ちょっと赤いな〜…なんでだろうな〜って思って見てたんだよ」
「あぁっ!?テメっ…ジロジロ人の顔見てんじゃねぇぞバカエリっ!!!たださっきのケイトを思い出して笑いに堪えてただけだっ…!」
「ふふ、そっか」
こういう時エリはいつも俺より余裕そうに微笑んでは頭に手をポンっと置いて来る。
「…な…んだよ」
ー今だって…ほらやっぱり…
朝の〝変だったエリ〟は俺の考えすぎだったんだ。撫で撫でしてくる白く指の長いエリの手は、触れられていてとても心地がいい。
「ふふふ…俺も思い出して笑えてきちゃった…思い出させないでよ愛ちゃん」
ー〝Honey&Maple〟が来ると知った時のケイトはというと
キャーッと高い声で言葉にならない声を出しながらアランと同じようにオリジナルダンスをノリノリで永遠と続けていた。
それがあまりにも面白くて、俺とエリは笑うのを我慢しながら
『いいね、かわいいよケイト』
『アラン負けてんじゃねぇの?がんばれよ』
と、二人をいじっていては
『もう少しで着くね』
『……っ』
こっそりと二人から見えない位置でエリが手を繋いできて…
『愛ちゃんもダンス披露する?』
『絶対やだ。見るの専門だから』
『ふふふ…それは残念だよ』
〝Honey&Maple〟は〝甘いアイドル〟らしいけど、誰よりも甘くて綺麗なのは〝この白い手の持ち主〟だと
そう心の中で密かに呟いては、たったこれだけで早まる鼓動に知らん顔する事に
本当の本当は精一杯だったー
ーだからこそ俺は
「……やめろよ」
「………え?」
グッと俺の頭を撫でていた手を取り周りを見渡す。
アランとケイトは相変わらず…ていうか、周りの女性たちと仲良くなっていてとても楽しそうにワーキャーと騒いでいた。
他の女性たちもスマホや会話に夢中で俺たちの今のやり取りは見られていないらしかった。
ーマジあっぶねぇ…
今朝のトップニュースが頭の中で再生される。いま俺の隣にいるコイツは本当は世界一のスーパーモデルで、しかもこれから日本でも活動するとかなんとかかんとかな訳で…
「ごめん愛ちゃん…どうかしたの?」
突然俺に手を払われてエリが驚く。
俺の目を覗き込もうと、エリがサングラスを取ろうとするから「やめろ!」とその手を咄嗟に抑えてしまう。
「……愛ちゃん?」
俺と一緒にいる姿を見られたらヤベェんじゃないか、コイツの迷惑になるんじゃないかって…触れられるたびにそう思ってしまって
「あーもう…うっせーな、なんでもねぇよ。あ、サングラス取んじゃねぇぞ。ちょっとトイレ行ってくるから並んでて」
ーそう言って列から出た俺は振り向かないまま
「え……あ…うん、分かったよ」
エリの視線は感じるけど、それでも振り向くのは普通じゃない。
怪しまれ、危ぶまれ、下手したら失う事になる。
その代償は世界一のスーパーモデルであるエリが背負う事になるだろ
だからなるべく人前で近くのはやめた方がいい。俺のせいでそうなる位なら離れるべきだ。
「………ぁ」
もしかしてエリがその仕事をしていると言いにくかったのって…
だから…エリは…
「………」
混雑しているトイレ付近のベンチに腰をかける。考えれば考えるほどエリが何故俺に言ってくれない、もしくは言えないのか…その理由が湧き出てくる。
あれ程まで輝いていた気持ちが逆にアイツを苦しめているのかと思うと胸が苦しくなってくる。
「………」
よく考えろ…よく…よく…
後悔しないように
この決断が正解であるように
アイツを…楽にしてやれるように…
「ゲームオーバーか…」
販売機で買ったオレンジジュースを一気に飲み干す。
人には「なんで」「どうして」で片付く簡単な話なんて沢山転がっている。
だが「納得」「満足」を得られる人はごく少人数。その出来事一つ一つに「過程」と人間特有の「感情」が入り混ざってくるからだ。
「………」
正直俺だってこの結論には納得できない…
でも、後悔はない
これで、エリを守ってやることができるのなら
「………クソっ」
俺は一時の悲しさくらい、どうって事ないんだよ…
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