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Ⅵ
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図書室の中を見渡して、空いてる席に着く。どうせ今日も薫は来るんだろう。
少し憂鬱な気分になりながらも、あの人の姿を脳裏に思い浮かべる。
駄目だ、何日も見ていないから薄らいでいく。どうして人間は忘れてしまうのだろう。
あの人をしっかり覚えていなければならないのに。
その時、誰かに肩を叩かれたような気がした。誰もいなかったし、気のせいかと思ったが叩かれた方を見ると一冊の本が目に入った。
いつだったか、図書室で人気になった本だった。恋愛ものらしいのだが、泣けるとか。
俺は恋愛小説に興味はなかった。登場人物が好きだと言いあってハッピーエンド。
それだけの話だ。それまでの「何か」が違っても、最終的に思いが通じ合う。
そしてその後は何も書いていない。現実は正反対だと言うのに。
何の気まぐれか、俺はその本を開いてみた。何の気なしに読んでみた小説だったが、予想外にはまってしまった。一木に呼びかけられて昼休みの終了を知ったくらいだ。
俺はその本を借りた。家でも読み、勉強よりもその小説を読むことを優先させた。
主人公の女は恋人である男と中々会う事が出来ず、不安な日々を過ごしていた。
メールで毎日「好きだ」と送られてくるが全く信じる事が出来なくなっていた。
女の「会いたい」という気持ちはどんどん膨らみ、男へ何度も「会いたい」とメールするようになった。
でも、男は。メールがあるからいいだろう、こっちは忙しいと答えた。
男の答えはずっと俺が恋愛小説に対して思っていたことだった。
「好きだ」と馬鹿の一つ覚えみたいにくだらない、と。メールがあるのにそれだけじゃだめなのか。
何故会う必要が?メールで言うのと、直接伝える事に何の違いがある?
そう思っていた俺は馬鹿だった。
もし、織部がディスクではなく俺宛の手紙を残していたなら……俺はきっと、織部の事を信じられなかっただろう。
織部は俺にとって雲の上の存在だ。到底信じられなかったそれを、液晶越しの本気の表情が信じさせたんだ。
メールでは伝わらない。だから小説の中の登場人物は皆動揺して不信感を抱く。自分の目で見なければ信じられないから。
今ならそれがよく分かった。そして、恋愛小説をもうくだらないとも思えなくなっていた。
俺の言葉は、もう織部には届かないのだから。届かなくなって初めて、俺は「伝える」ことの大切さを知った。
もう、恋愛小説を馬鹿らしいと言う事は出来ない。ソイツらのように伝えたい相手はもうこの世にはいないのだから。むしろ、羨ましい。
「志賀、……その本何かあった?」
「何で?」
「気付いてねえの?泣いてるよ」
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