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Ⅷ(Case by T)
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雪人くんと一木くんがマンションを出て行くのを見ながら、私はため息を吐いた。
ホント、あのくそガキ……人の痛い所ばっかり突いてきやがる。可愛くない。
雪人くんがあれだけ純粋なのに、何であんなに性格悪いのが傍に居るんだか。
静さんに恋をしたのは、まだ検査を受けてない頃……薫の家に遊びにいった時だった。
何て綺麗な人なのだろう。性格も薫とは大違いだった。
私と薫は幼馴染だったけれど、中学頃から薫は変わってしまった。
何があったのかは知らないが、周りを警戒して親しかったはずの私までも遠ざけた。
「昔の薫は、可愛かったんだけどなあ」
ポツリと呟きながら、雪人くんが来るからと伏せていた写真立てを立てる。
そこには、幼い私と薫……それから静さんが笑って映っていた。
この頃はとても楽しかったな、と思う。
私の両親はベータ同士だった。でも、私はオメガなのだろうと薄々感じていた。
だから私は「静さんが運命だったら」と何度か思った。
幼馴染の薫を、そんな目で見る事は出来なかったし。
結局は、それも夢だった。薫と私が運命だと聞かされて、私達の仲は悪化した。
見かねた静さんが私達を案じて、仲を取り持とうとするくらいには。
そんなあの人だから、好きになった。いまだに忘れられない、初恋の人。
あの人が亡くなった時、私は呆然とした。
信じられなかった。あの人がもうどこにもいないなんて。
珍しく薫が私の元に来て、小さな声で「兄さんが、死んだんだ」と呟くまでは。
薫が弱っているのを見た事がなかった。私も薫も意地っ張りで、お互いに弱みを見せないようにしていたから。
それを見て、本当にあの人がいなくなったんだと実感した。
笑顔で私を呼ぶあの人はもういない。
私と薫を慈しんでくれたあの人はもういない。
この世界のどこにも。
あの人を見送った日、あの人の部屋に入った。あの人らしくとても綺麗な部屋だった。
その机の上に、あの人がいつも着けていた指輪を見つけた。
「ああ、この指輪?いつか、私の大事な人にあげるつもりだよ」
そう言っていたのを思い出して、私の中のあの人が消えないように。
今まで現れなかったあの人の「運命」なんかに渡したくなくて、その指輪をこっそりと貰った。
「……雪人くんが、もう少し早く。あの人と出会ってくれれば、良かったのにね」
そうすれば、私がこんな思いをせずに済んだんだ。あの指輪を私が貰う事もなかったんだ。
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