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全ての原因は
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夏休みに入り、家庭教師のバイトも十回目を超えた。遼くんは何度か本の紹介を繰り返すうちに、要点だけをまとめられるようになってきた。
薫も遼くんのフェロモンに慣れたのか、最初は何度も見せていたしかめっ面も見る事が無くなった。
割と穏やかで平和になった、そんな時だった。グッと堪えたような、切羽詰まったような表情で薫は俺に言った。
「ごめん、一週間ほど帰って来れない」
「いつもの事だろ?仕事なんだし」
薫が長期に渡ってこの家に戻らない事はよくある。俳優という職業上、色々とあるに決まっている。
芸能界という物は仕事とイメージが大事なのだから。
だけど、その日の薫は。
「……そうだね、そう、だった」
俺が自分の事をオメガだと予測するのは早かった。何故なら、気付いた時には……周囲から俺に向けられる笑顔が「作り物」だったから。
自分が周囲と何かが違う。幼い頃からそう思い、第二の性を知った時に自分がオメガであるかもしれないと覚悟した。
勿論、ベータかも知れないと思った事はある。だが、あの笑顔は。目の奥にある冷たい感情は、目の前に居る俺がオメガだと言い張っているようだった。
その人間達と、同じ笑顔で薫は笑っている。俺の「運命」と同じ顔が、あの表情で。
とてつもない不快感と、寒気に襲われた。
「どう、したんだ?」
「うん、いつもの事だったね」
「誤魔化すな!」
知りたいと思った訳じゃない。聞きたかった訳じゃない。
それでも、その顔でその表情は見たくなかった。
「だから仕事だよ、雪人。仕事だから、ね?」
薫は仕事だと、それだけを繰り返す。俺に本当の事を話すつもりは無い。
それが分かった途端、すうっと頭が冷えていった。まだ混乱しているとは思うが、薫のプライベートに首を突っ込んでいる事に気付いてしまったから。
「悪い、仕事なのに引き留めた」
俺達は「運命」じゃない。あれだけ一木にも言われたんだ、距離を取らなければ。
俺に薫のプライベートに口を出す権利は無く、その反対も同じ事。
距離を見誤ってはいけない。絶対に。今までで一番、アルファが近くに居るからこそ。
「一週間ね、了解。あんたの飯作らなくていいんだろ?」
「そういう事。ごめんね」
「もう少し早くに言えよ、いらない買い物しただろうが」
「その分のお金は僕に請求していいよ」
「はいはい」
「じゃあごめんね」とあの笑顔で薫が出て行く。俺はそれをただ見ていた。
嘘を吐かれた不快感が残るが、それを口に出してはいけないのだから。
さて、何をしようか。俺は暑くなってきた部屋でアイスコーヒーを作り始めた。
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