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甘い香りと共に
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恐怖と隣り合わせの家庭教師から一日。
俺は家から一歩も出ずにいた。
保健体育、性教育の一環で知識として知っている。
花が虫を呼ぶように、オメガはヒートになればフェロモンでアルファを誘惑する。
「運命」が分かる遺伝子検査の研究が発表されるまで、運命以外とパートナーになったという悲惨な例がいくつもある。
苦しくて、気分が悪くて、動きたくない。
あんな地獄、二度と経験したくない。
薬をつい、多めに飲んだ。恐怖でしかないあのヒートを思い出したくない。
それでも怖いから外に出られない。
ぐちゃぐちゃになりはじめた思考と一緒にベッドで目を閉じる。
夢だったらいいのに。
「先生?どうしたの?」
キョトンとした彼の声を思い出す。元からあまり表情が動くタイプじゃ無くて助かった。彼をすぐにごまかせたから。
彼の嗅覚の鋭さは嫌と言うほど実感している。あれは本物のアルファだ。
オメガのフェロモンすら知らない子供が嘘を言う必要も無い。
ヘッドフォンを持って来て、急いでディスプレイを起動させる。遅い、早く。
画面が映し出されると同時にディスクを適当に突っ込んで再生させた。
「こんにちは、今日は何を話そうか」
笑った顔、困った顔、嬉しそうな顔、楽しそうな顔。
決して怒らない、決して泣かない優しい人。
俺の為にたった一つ遺してくれた優しさに浸っていたかった。包まれていたかった。
たった一つ。俺の為の、俺の運命がくれたもの。
「早く君に会いたいけれど、まだ会えないね」
泣きたくなった。初めて聞いた、弱音だった。
同じような言葉は何度も聞いたし、何度も言ってた。でも、いつだって「いつかは会える」というニュアンスを含めていた。
「ごめん……ッ、遅くなって、あんたの前に、会いに行けなくて」
俺は初めて、織部に会いに行けなかった事を謝った。後悔した。
墓に会いに行っても意味はない。あんたに直接会った訳じゃない。
不意に、自分から甘い匂いがした。気分悪い、自分の匂いに酔いそうだ。
こんな時ですら、俺の「オメガ」はアルファを求めるっつーのかよ。
織部の声を聞いているのに、織部の顔を見ているのに。
俺がいつものように落ち着く事は無かった。
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