アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第5話
-
腕をひかれるままについていく。
大通りを抜け出して、路地を通り、郊外へでるとあれほど多かった人も少なくなって視界に映るのも2、3人程度に減っていた。
目の前の空にはオレンジ色の太陽が雲を染める。
背後からは深い藍色の夜が迫っていた。
辺りは薄暗く、街灯が足もとを照らす。
俺と優子はその先の広い公園に入ってベンチへ腰掛ける。バットの素振りをする中学生くらいの男の子と少し先でボールを蹴る小学生くらい二人の男の子、公園を走る女の人の他に人はいない。
目が合って、何故かふふん、と笑われる。なんだよ、と眉を寄せたら優子はガーゼのついた頬に手を伸ばした。
「その怪我見たら昔のこと思い出したの」
「むかし?」
「ほら、私達が別れた次の日のこと」
「ああ、」
そう言われて思い出す。
あれは確か俺と優子が中学生の頃だ。何年生だったかは忘れたが、俺と優子が付き合っていたのは中学生の頃だから必然的にそれはわかる。
唯一、俺が付き合ったことのある女が優子だった。自分の性の対象が男だと気づき初めていたそんな時に、優子が告白してきて、俺は不安から逃げるように二つ返事でそれに承諾した。
「あれは騙されたな。清楚な子だと思ってたのに」
「あんたがいい加減な理由であたしを振り回したからこんな性格になったのよ」
「嘘つけ。俺の前じゃ猫かぶってたろ。どうでもいい奴の前だと態度がまるで違うの知ってたぞ、俺」
「馬鹿ね。あれくらい気を張ってないと襲われちゃうでしょ。あたしって可愛いから」
「よくもまあ自分で言えたな」
そう言って思わず笑いがこみ上げる。それにつられて優子も笑う。久しぶりに交わした優子との言い合いはあの時と何も変わってなかった。まるで、あの時にタイムスリップしたような感覚に陥る。
ガーゼを撫でる手が擽ったい。そっと離れた手が少し名残惜しく感じた。
男友達が好きだと自覚して優子を振った次の日、優子はその日告白してきた男子と付き合った。ヤケになってるんだとすぐにわかって追いかけ、男から引き離して、説教ついでにカッとなって平手打ちをした。その時優子の溜め込んでいたものが弾けたのだ。殴り返されて呆気にとられている俺に向かってずっと隠し持っていた不満をマシンガントークでぶちまけ、泣きながら怒鳴る優子を今でも鮮明に思い出せる。優子は俺の性癖も、男友達が好きなことも、俺が優子を愛していないのにも薄々気づいていたのだ。
「あの時の平手打ち痛かったんだから。男がいたいけな女の子を殴るなんてほんっと信じらんないわよ」
「グーで殴り返されたけどな」
「それくらい当たり前でしょ。全面的にあんたが悪いんだから」
「うん、まあ、あれは本当に悪かったと思ってる。俺もガキだった」
「ほんとにね。でもね、…あの時ほんとは嬉しかったの。あたしのこと本気で心配してくれて男から引き離して、平手打ちまでして怒ってくれたこと。恋人じゃないけど、あんたにとってあたしは特別なんだってわかって、すごく嬉しかったのよ」
「そりゃそうだろ。2年も付き合ってたんだ。好きでもない奴とそう長くは一緒にいられないよ」
あの日をきっかけに優子は俺の前で猫を被るのをやめて、俺も優子に同性愛をカミングアウトした。そうして気づけば俺と優子は一番の親友になっていた。
まだ幼いくて青臭い、遠い日の記憶。
懐かしくて涙が出そうになるのを、奥歯をかんで耐えた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
5 / 9