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九郎は今にも俺にキスをしようとしていたところだった。慌てて九郎の唇を手のひらで覆い、接触を防ぐ。ひとたび唇を塞がれてしまえば、次にいつ口を開けるのかはわかったものではなかった。
――多分、いやきっと、呼吸すらままならなくなるくらい酷い有様になるだろう。
九郎は目だけで不服の意を伝えてくる。俺はそれを無視して沸き上がる疑問をそのまま口にする。
「キスマーク、九郎がつけたんじゃないのか? ……っ!?」
べろり、九郎の舌が俺の手のひらを舐める感触がした。生ぬるくてざらざらしているそれがいざ直に肌に触れるとなると怖気が立つ。
吃驚して手を放せば、九郎はその手を捕まえて、手首や指先にキスを落とした。
「く、ろ……!」
「俺じゃない」
「……!」
さすがの俺でも、キスマークのひとつやふたつをつけられれば、嫌でも気づくはずだ。しかしそれがなかったということは、そのときの俺は意識が飛んでいたのだろう。
最も可能性が高いのは、九郎だと思っていたのだが……違うとなれば、一体いつ、どこで――誰に?
保健室前に置かれていた鞄の件も、結局誰がやったかわからないまま、思考の隅に追いやっている状況だった。
――これじゃあラブコメじゃなくて、ただのミステリーだ。
九郎は指の背で俺の頬をゆるく撫でる。虚ろな焦点を九郎に合わせ、磨かれた黒曜石のような瞳を覗きこむ。
「たとえここでお前を抱いたとしても、きっとお前は拒むことなく受け入れるんだろう」
哀れむような、慈しむような目だった。
「“愛”を求めるがゆえに。それしか出来ないゆえに」
抽象的な物言いだったが、気づかない振りをすることは出来なかった。すでに自身で自覚しはじめているからだ。
もう、愛したくない。
けれど、愛されたい。
俺は自分自身が出来た人間でないことを知っている。
だから無償の愛なんてものは与えられない。唯一俺が与えられるものは、見返りを求める愛だ。
幼い頃の俺は、ただ愛されたかった。見返りを求めて、両親を愛した。両親は、俺に愛を与えなかった。
――俺は、人を愛することで、人から愛されないことが一番怖いのだ。
だからこそ、俺からは無条件に愛せない。
愛を拒めない。
俺が本当に欲しいものではないと、わかっていながらも。
「お前をそんな風にした責任は、俺にもある」
自責まじりの告白を、俺は黙って聞いていた。瞳の奥で揺れる黒を眺める。
「だが、お前のそれは、周りにとって残酷以外のなにものでもない」
それは宣告だった。
無情にも突きつけられた、現実だった。
わかってる。
わかってんだよ。
だけど。
「だけど、俺は――」
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