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その日のことはよく覚えている。
夕飯後に食器を洗い終えて洗濯物をたたもうかと思っていると、居間に来なさいとママが呼んでいるよ、と同じ学年の美夜ちゃんに言われる。
「アンタ何かしたの?」
「別に何もしていないと思うけど」
「ふぅん。何かパパもママも怒ってるんだけど」
ボクはとぼけたふりをして見せたけど、大体なんで呼ばれているのかわかっていた。
タオルで手を拭うとエプロンを丁寧に畳んでから居間に向かう。
居間では夕飯を食べ終えたおじさんとおばさんが怖い顔で待っていた。
並んで座る二人の前に座ると、待たせてごめんなさい、と謝る。
おじさんが怖い顔のまま話し始める。
「昔から言い聞かせてるけど、こう太には本当のお父さんがいるって知っているよな?」
ボクはやっぱりそのことか、と思いながらはい、と頷く。
「そのお父さんっていうのは、芸術家っていう職業に就いている。職業っていうのも怪しいけどな。そのお父さんはな、こう太が生まれる前も後も全然売れていなかったそうだ。お金もない状態では育てられない、とお母さんが引き取ってうちで育てていた。それは知っているよな?」
もう一度ボクは頷く。
おじさんはバツの悪そうな顔のまま、似たような質問ばかりを繰り返す。
なんだか言いたくないことを前にグダグダ言い訳しているようで、おばさんの顔がどんどん怖くなる。
そして意を決したのかようやく結論を話してくれた。
「だけど最近、ようやくお父さんも売れてきたみたいだから、そろそろこう太は本当のお父さんのところに戻った方が良いと思うんだ」
「本当のお父さんのところ…ですか?」
「そう、だから…」
「だからアンタは、もうこの家には置いておけないから。本当のお父さんの家で育ててもらいなさい」
おじさんの言葉を遮って、おばさんは吐き捨てるように言った。
「それがアンタにとっての幸せなのよ」
*
それから一週間後。
おばさんに連れられて、駅を二つ行ったところにあるファミレスに行った。
持ち物は着替えの入ったバック一つと勉強用具の入ったランドセル。
忘れ物はないかと思ったけれど、自分が勝手に持っていけるものは何もなかったことに気づいた。
早く着きすぎだので、飲み物を飲みながら二人で待つ。
おばさんは相変わらず怖い顔で腕を組んだまま、イライラと何もないところを睨みつけていた。
ここ最近ずっとおじさんと喧嘩ばっかりしていて、ボクを本当のお父さんのところに戻すと決める前と後でも喧嘩していて、眉間のしわは深くなっていた。
そんなことをボンヤリと考えながら待っていると、入口のドアベルが綺麗な音をたてて鳴った。
思わずそちらに視線を向けて驚いた。
テレビでみたバスケットボールの選手くらい大きくて、それでいて多分マッチョなクマみたいなおじさんがぼうっと立っていた。
でもボクが驚いたのはそこじゃない。
そのおじさんは頭がツルツルだったんだ。そして、眉毛もない。
髭だけは顎の所に少し生えているがおじさんの細い目と相まって、すぅぅぅっごく怖い。
前にロードショーでやっていたアクション映画に出てきたマフィアがあんな感じだった。
『あの人がお父さんだったらどうしよう…』
ボクは一気に怖くなった。
これが漫画だったら、汗がダラダラ流れていると思う。
『でも、ボクと全然似てないよ。ボクは金髪で、青い目で、外人、外人、って学校で言われているじゃないか…きっと違うよね…』
「理代ちゃん!待たせてゴメンなぁ」
『お父さんだったー!!』
これが漫画だったら。
ボクは顔を両手で覆ったまま地面に綺麗な角度で倒れ込んでいると思う。
*
「えーっと、とりあえず何か食うか。お店に迷惑かけたしな、還元しよう。すいませーん!」
はい、とメニューを渡される。
先ほどまでおばさんに一方的に責められて、本当のお父さんは疲れた顔をしていた。
近くで見るとそんなに怖くないとは思うけれど、大きな体になんだか怯えてしまう。
それを気づかれてはいけないと思って、ボクはメニューを見つめる。
そして無意識に一番安い料理を選んでしまう。
居候なのに贅沢して、とおじさん達みたいに言われるのが怖かったから。
「チーズドリア一つ」
「チーズドリアお一つ」
「あと、ビール大ジョッキで。それと、ウィンナー盛り合わせと、ポテサラと…」
「ビール大お一つ、ウィンナーお一つ、ポテサラお一つ…」
「あと、クリームミルフィーユ練乳ましまし苺ロイヤルスペシャル一つで」
「はい、クリームミルフィーユ練乳ましまし苺ロイヤルスペシャル一つですね。以上でよろしいですか?」
いきなりすごい名前が二人の口から飛び出て、ボクは思わずジュースを吹き出しそうになる。
メニューを戻しているお父さんに、ボクは恐る恐る尋ねる。
「い、今のなんですか?」
「え?あ、甘いの嫌いだった?」
「いえ、嫌いじゃないですけど」
「なら良かった」
え?もしかしてボクの分?
もしかしなくても大皿に乗ったケーキがドン、とボクの目の前に置かれたのはそれから数十分後のことだった。
「んーむ、とりあえず自己紹介しようか」
本当のお父さんは、すぐに来たビールを一回で飲み干すとすぐに二杯目三杯目を頼んだ。
ビールを水のようにドンドン飲んでいく。
そのスピードが早いので、ボクはドリアを食べるのを忘れてそれを見ていた。
しばらくすると酔っ払ってきたのか、頭まで真っ赤になっているのでまるでタコさんみたいだ。
「父ちゃんは、石川孝助っていいます。仕事は聞いてるかわからんが、まぁ書道家?かな」
「書道家?」
「あぁ、でも水墨画とかもやるしなぁ。まぁ、墨を使って絵を書いたり字を書いたりして、お金を貰っていると思ってくれ。さっきの理代子さんの言うとおり、やぁーっと最近売れてきたかなぁってとこなんだけど、すぐに豪邸建てられるほど売れてるわけじゃないし、ちょっと講演とか書道教室からの依頼が増えたかなぁ、ってくらいでなぁ」
そこで一旦区切ると、また追加でビールを頼んだ。
ニコニコしながらソーセージを食べてるのを見ていると、本当にこの人がお父さんだとは思えなくなってくる。
ボクとは色々な所が違う。
「んー、あと何かあったかなぁ」
「あの、い…石川さんは、ボクが本当の子供だと思うんですか…?」
「へえ!?」
「もしかしたら、違う人の子かもしれないんですよ…?だって、全然似てないし…それに、お金無いんだったら、ボクのこと…」
「げぇぇぇぇぇぇぇっぷ!!」
「へぇ!?」
ボクの言葉を遮ったのは、びっくりするほど長いゲップだった。
その音にびっくりしてボクは何を言おうとしていたのか、頭からパーンと消えてしまった。
本当のお父さんはボクを気にすることなく、ビールの追加をするとついでにデザートもお願いしていた。
「まず最初に一つ、石川さん禁止。父ちゃんと呼べ父ちゃんと。パパは条件付きで良しとする。OK?」
「はぁ…」
「次に一つ、こう太は父ちゃんの子だ。九割、母さんの遺伝子だけれど、残念なことにその髪は俺そっくりだ」
「う、嘘だ!髪ないじゃないですか!!」
「むーかーしはあったんだ!髪質も母さんに似ていたらサラサラだったんだけどなぁ」
不意に本当のお父さんが悲しそうな目でボクをみた。
多分、お母さんを思い出しているんだと思う。
ボクを産んですぐに死んじゃったというお母さんを。
「最後にひとぉーつ!正直、父ちゃんは子供を育てたことなんてない。ましてや、今の今までこう太をほっぽっといたから、多分父ちゃんなんか信用できないと思う」
「…」
「だけど、約束しよう」
そう言うと大きな右手をスっとボクの前に差し出した。
「こう太が幸せだと言ってもらえるように、頑張っていいお父さんになるからな」
国語の時間に習った満面の笑み、というのはこんなことを言うんだろうな。
ニカァとかガハハとか、そんな音がつきそうな笑顔でお父さんは笑った。
ボクはズボンで手をゴシゴシと綺麗にしてから、お父さんと握手をした。
「よ、よろしくお願いします」
「おう。よろしくな」
「と…父さん…」
父さん、とボクがつぶやくと最初父さんはびっくりした顔をしたが、そのあとすぐに嬉しそうに二カーっと笑ってくれた。
「デザートお待たせしました」
「あ、すいません。この子に更に苺ましましにしてあげてください」
「かしこまりました、苺ましましですね」
「ましましって言いたいだけじゃないですか」
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