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現在、木曜の夜九時半。
明日も学校だしそろそろ寝るか、と戸締りやらガスの元栓確認だのを一通り済ませる。
布団も敷いて歯磨きも済ませてから、父さんに寝ますと電話をかける。
『もしも~し!?こうちゃん!?父ちゃんでーす!!』
あ、だめだ、酔ってる。
電話を切ろうかとも思ったけれど、とりあえずおやすみなさいと挨拶する。
後ろがガヤガヤと煩いから、多分飲みに行っているんだと思う。
明日は朝から授業があるみたいなこと言っていたのに、大丈夫かな
。
『こう太、お土産な、たこ焼きとお好み焼きとかに道楽のでっかい蟹さんとどれが良いかー?』
「なんでも良いから、飲みすぎないでくださいね!」
『だーいじょーぶだー!』
『石川先生、大阪名物来ましたよー!』
『あー、すいやせーん!!いやー、大阪イイなぁ!最高!よぉーしもう一回乾杯しましょ…』
「…おやすみなさい」
無理やり電話を切ってため息を一つ。
充電器忘れたことを説教しようかとも思ったけれど、これ以上無駄な会話をしていても時間がもったいないし、充電ももったいない。
キッズケータイを充電器に差し込むと、ボクはさっさと寝ることにした。
*
『終わった!新幹線で今から帰る!!』
そして土曜日の四時くらい。
いきなり電話がかかってきたと思ったら、慌てた様子でそれだけ話すとすぐに電話が切れてしまった。
昨日の晩に充電がヤバイみたいなことを言っていたから、多分そろそろスマホの充電が切れるのかもしれない。
それにしてももう少し早いと思っていたんだけれど、シンポジウムというのが長引いてしまったのか。
夕飯作るのあと一時間遅くても良いかなと、思いながら暇なので宿題をやることにした。
夕方七時。
もうそろそろ帰ってきてもいい頃なのに、父さんからは連絡がない。
『新幹線で新大阪から東京駅までなら、二時間半くらいで着くのに』
事前に調べたメモを何度も引っ張り出してみる。
夕飯のカレーは一時間前には出来ていた。
ご飯も炊けている。
電話してみるも、ここに来て電源が入っていないというアナウンスがながれて、ボクはがっかりと肩を落とす。
「もぉ、だからコンビニで買えっていったのに…」
ブツブツ文句を言いながらガスの元栓、戸締りを確認してコタツにもぐる。
テレビを見ながらとりあえず時間を潰すしかなかった。
夜九時。
ダン、ダン、という足音が聞こえて思わず玄関に走る。
慌てて鍵を開けようとしたら、足音は通り過ぎていってしまった。
「うちじゃないのか…」
ボクはまたコタツに入ると、肩まで布団にもぐった。
テレビの映像に集中したいのに、頭は違うことを考えてしまう。
『何かあったのかなぁ』
『新幹線が遅れてるとか?』
『だから、充電器持っていけって…』
海外の綺麗な海の映像も、動物の映像もちっとも頭に入らない。
考えは悪い方悪い方へと進んでしまって、どんどん気分が落ち込んでくる。
「もう戻ってこないのかなぁ…」
自分で思わず言った言葉に驚いて、慌ててそれはない、と頭を振って否定する。
だって、今から帰るって言ったじゃないか。
土曜日に帰るからって言っていたじゃないか。
でも…。
『いやー大阪イイなぁ!最高!』
そうだよ、ボクがいなかったらお父さん自由にできるじゃないか。
急いで帰ってくる必要もないじゃないか。
他の人に引き止められて、やっぱりちょっと飲んでから、って電話のあと引き返してるかもしれないじゃないか。
元からお父さんは自由に好きなように生きている人だから、まぁいっか、で心変わりしているかもしれないじゃないか。
「うん、きっとそうだ。なーんだ」
そう明るく自分で言ったつもりだった。
だけど気づいたら泣いてた。
「…な、何だよこれ…」
自分で言った言葉で泣いているなんて馬鹿みたいだ。
でも、答えが出たはずなのに苦しくてたまらなかった。
帰ってこないお父さんが心配でたまらなくて、お父さんがもう帰ってこないって自分で決めつけたことに自分で傷ついて。
うるさくするわけにはいけないから、頑張って声を抑えて泣いた。
*
ガクン、と体が前のめりになった。
その衝撃で新幹線が駅に到着したことに気づいて、俺は目を覚ました。
随分寝た気がする、と目をこすっていると車内にアナウンスが流れる。
『終点、東京駅です。本日は線路上のトラブルにより、到着が遅れまして大変ご迷惑をおかけしました。お降りの際は、お忘れ物のないよう…』
到着が遅れた?
俺は寝起きでボウっとしながら、降りようとしている隣のおばあちゃんを引き止めて時間を尋ねた。
「今ねぇ、九時過ぎたところよ。ホント、困っちゃうわよねぇ。撤去に時間かかったから、再開まで時間がこんなに…。あら、どうしたの?」
固まる俺を見ておばあちゃんは首を傾げた。
あれ?予定だと七時には帰ってたと思うんだけど…?
俺はおばあちゃんの肩を掴んで思わず叫んだ。
「おばあちゃんどうして起こしてくれなかったの!?」
「何言ってるのアンタ、起こしてどうするの?」
「だよねー、線路の上だもんねー。走ってくわけにいかないよねー。ゴメンネ無理言って」
俺は慌てて荷物を掴むと、サラリーマンを押しのけて新幹線を飛び出した。
「そ、そうだ、こう太に電話だ。…充電切れたぁー!!」
その場に頭を抱えてうずくまる。
行く前にあんなに忘れ物ないかって言われて、電話でも暇を見つけて買いにいけと言われていたのに。
「ダメ親父!このダメ親父!」
俺の独り言に近くにいたサラリーマンのお父さんがびくついている。
この時間が勿体ないと思い直し、反省するのは家に帰ってからだと自分に言い聞かせて、乗り換えのホームに急いだ。
それでも、自宅のある駅に着く頃には十時近くになってしまった。
タクシー乗り場は混んでいたのですぐさま諦め、走って帰ることにするが、50メートルも走らないで息があがる。
少しずつ走るのと歩くのを繰り返して家に向かう。
こう太怒ってるんだろうなぁ、と思うと申し訳なさでいっぱいになる。
自分を奮い立たせながら、ひたすら家路を急いだ。
「こう太、ただいまー」
息も絶え絶え玄関のドアを開けると、そのままへたり込む。
肩で息をしながら調子を整えていると、カレーの匂いが鼻をくすぐる。
あぁ、腹減ったなぁと思いながら居間に向かうと、丁度こう太が中から出てきた。
「遅くなってわりぃわりぃ。…こう太?」
なんか様子がおかしいと、近くの電気をつけた。
照明の明かりに照らされたこう太を見て驚愕する。
こう太がしゃくりながら泣いていたのだ。
「お、おいおいどうした!?」
荷物を放り捨ててこう太に近寄る。
中腰になって顔を覗き込むと、長いこと泣いていたのか目の周りが赤くなっていた。
トレーナーの袖口でゴシゴシとこすって余計赤くなっているので、慌てて止めさせる。
「えっと、本当にゴメンな。線路トラブルとかで、しばらく動かなくてな。スマホは充電切れるしで。ゴメン、本当にゴメン…!」
二人で生活し始めて、約一ヶ月。
こう太の泣くところなんて始めてみるので、俺はこれ以上ないってくらいテンパってしまう。
あれこれ言い訳していると、こう太が静かに口を開いた。
「あのね父さん…」
「なんだ?」
「ボクを施設に入れてください」
多分今、1000tくらいあるハンマーで殴られた気がした。
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