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施設という単語を初めて知ったのは、一年くらい前の三年生のことだ。
他の子が寝ていたから夜遅くのことだったと思う。
ボクが三年生になってから、単身赴任のおじさんがたまに帰ってくるとおばさんはボクのことについて相談していた。
最初は落ち着いて話していたのに、最後は怒鳴り合いの喧嘩になっている。
「お前のことで喧嘩してるんだから、ちゃんと聞いておけ。それまで部屋に戻ってくるな」
と美夜ちゃんのお兄ちゃんに言われたので、ボクはいつ終わるかわからない話し合いをずっと部屋の外で聞いていないといけなかった。
「だからあの時施設に入れれば良かったんだ!!それをお前が嫌だって泣いたんじゃないか!!」
「アンタが『僕も一緒に頑張るからね』って言ったからそれを信じたんじゃない!!それが今じゃ子供がもう一人増えたみたいに家事一つやらないで…!!」
「俺は働いているんだ!!」
そこからは、おじさんもおばさんもお互いの悪口しか言わない。
その時初めて、施設というものを知った。
おばさんは最初から怖い人じゃなかった。
『貴方も私の大事な子よ』
そう言って何度もボクを抱きしめてくれた。
小学校に入るくらいまでは、ボクも美夜ちゃんたちも結構同じ様に育ったと思う。
だけど、ボク達が小学校に入るくらいにおじさんが単身赴任で一人東北に行くことになった。
四人の子供を一人で育てなくてはいけないのに、一番下の子にアトピーが出たとかでお世話にかかりきりになった。
その頃くらいからおばさんはピリピリし始めた。
追い打ちをかけるように、小学校に入学してからボクは外人の子と言われるようになった。
ボクだけが言われるのではなくて、おばさんは他の幼稚園や保育園にいた子供のお母さんに色々言われたみたいで、段々怖い顔になっていった。
たまに孫を見に来るおじいちゃんおばあちゃんにも、同じようなことを言われているのも何度も聞いた。
おじさんに相談したいのに、おじさんは仕事が忙しくて捕まらない。
そして、何度もお父さんに連絡とろうとしていたみたい。
一度だけ、その現場に遭遇した。
「孝助?あのね、子供…!え?!何聞こえない!?…なによ!!!!!」
電話はすぐ切れてしまったみたいで、おばさんは金切り声を上げると電話をソファーに投げつけた。
ビックリして思わず近くの棚にぶつかってしまった。
けっこう大きな音がでたので、その音に気づいておばさんがこちらに顔を向ける。
「…なによ、盗み聞きしていやらしい子ね!!食器は片付けたの!?アンタ居候なんだから、家事くらいしなさいよ!!」
その顔は今まで見たことないくらい怖かった。
大好きなおばさんを喜ばせれば、前みたいな優しいおばさんになってくれる。
そう信じて一杯お手伝いしたし、テストもいい点をとった。
なのにおばさんは笑うことなく興味も持ってくれなかった。
ある時、一度だけテストを何も書かないでだした。
いい点とったって…とやる気が出なかったからだ。
そして、テストを見せるとおばさんは怒ったりしなかった。
「美夜はこう太なんかと違って、良い点とって偉いわ。美夜ちゃん、よく頑張りました」
そう言って優しい笑顔で美夜ちゃんの頭を撫でた。
美夜ちゃんも嬉しそうにおばさんに抱きついていた。
それを見てその時になってやっと、ボクはここにいてはいけないんだ、と思った。
*
お父さんはボクの言葉にビックリして目をギョッと見開いたまま固まっていた。
ボクは涙が止まらなくて何も話せないし、お父さんは固まったままなので時計のカチカチという音だけが響いていた。
「えぇっ…と。ゴメン、もう一回言ってくれ」
「ボクを…、じどうようごしせつに、入れてください」
「こ、こここ断る!!」
ボクの肩を掴む両手に痛いくらいに力が入る。
そして悲しそうな顔をしたまま何で?と質問してきた。
やっぱり悲しませてしまったことが、ボクの胸を締め付ける。
「父ちゃんとの生活嫌になったか?」
それはないよ、と頭をブンブン横に振る。
「じゃぁ何で?」
「…これ以上…一緒にいちゃいけないと思うから…」
お父さんを悲しませちゃいけないと思って言葉を選ぶんだけど、お父さんの頭にハテナが浮かんでいる。
ボクがもっと大人だったらちゃんと言えるのかもしれないのが悔しかった。
だから何度かに分けて説明する。
「あのね…、今はよくても、いつかきっとボクはお父さんの邪魔になると思うんだ。その時になって、施設に預けるくらいなら、今、施設に入れてください」
「ご、ごめん、父ちゃんこう太が何言ってるかちょっとわからないんですけど」
「えっと、さっきまで父さんはもう帰って来ないと思ったんだ…。ボクなんか置いて大阪で暮らすのかもしれないって。仕方ないよね、と思ったんだけど、か、悲しくなって…」
手のやり場がなくてトレーナーの裾を握る。
お父さんの目がちゃんと見れなくて俯きながら結論を話す。
「このままだと、父さんをもっともっと好きになっちゃうんだ。大好きな人に冷たくされるのはもう嫌なんだ…。だから…施設にいれてください」
ボクがそう言ってから、お父さんはボクの胸の中に顔を埋めてきた。
背中に太い二の腕を回してしっかり抱きしめるので、ボクは身動きができない。
いきなりのことに心臓がドキドキするので、その音がお父さんに伝わっていたら恥ずかしいなぁと俯く。
「えぇっと」
しばらくしてから体を離すと、頭をガリガリとかきむしりはじめた。
「ツッコミどころが多すぎる。父ちゃんはボケだからツッコミとか苦手なんだけど…」
はぁ、とため息をついたかと思うといきなりボクのほっぺたを両手ではさむ。
「ぶっ!!」
「普段おしゃべりじゃないし、甘えたりわがまま言ったりしないしで、寂しいなぁと思ってたら…。なんだこの「はじめてのちょうぶん」の内容は!怒るぞ」
掌でほっぺたを円をかくように撫で回したかと思うと、左右にほっぺたを引っ張ったり唇を両手で左右に引っ張ったり。
ボクはハゲ頭をペチペチ叩いて反撃する。
「とりあえず言いたいことはわかった。絶対嫌だ。以上」
「うぶ…しょ、しょんな!!」
「うるせぇ。今父ちゃんの状態がお前の言う、大好きな人に冷たくされてる状態だ!!」
ボクは思わず叩く手を止める。
父さんもボクのほっぺたをいじるのを止めて、真剣な目でボクを見つめる。
「俺は大阪で暮らさないし、絶対にこの家に帰ってくる。こう太を邪魔に思うことなんて絶対にない。俺は、もっともっとこう太と一緒にいたい。OK?」
お父さんの両手がボクの両手を包み込んでくれる。
あったかくて、初めてあった日に手を繋いでくれたことを思い出す。
あの時も大きくて温かい手が嬉しかった。
「父ちゃん、毎日すげぇ楽しいよ。毎日幸せだなぁ、て思ってる。こう太もそうだと思ってたし、ちゃんとこう太のこと見てるつもりだった。責任感があって、わがままも言わない良い子で、甘いもの食うと表情が優しくなることとか、あんまり生トマトが好きじゃないところとか、俺だけが知ってることだと思ってた。でも、それは表面だけでお前が内側にずっと抱えていることなんか全然見ていなかったんだな。それは謝る、ごめんな」
表面を見られていることの方が恥ずかしくて、ボクは俯く。
甘いもの好きなんだもの。
トマトは中の柔らかいとこが嫌いなんだもの。
「こう太は、父ちゃんと生活してて楽しいか?」
「…楽しい」
「まだ生活を初めて、一ヶ月だ。これから、嫌になることも衝突することもあると思う。それなのに十年会っていないってすごい、えーっとハンデ?だと思うんだ。だからって、すぐに施設に行くのは違うよな。お互いを想い合って、話し合って乗り越えて行くのが父ちゃんの思う家族の形なんだ。こう太と、これから一緒に作り上げていくものなんだ。違うかな?」
ボクはちょっと迷った。
父さんの言葉を突っぱねて、施設に入れてくださいと言ったら、もう傷つかなくてもいいかもしれない。
でも。
真剣に話してくれるお父さんを見て、やっぱりボクももっとお父さんと一緒にいたいと思ったんだ。
「ちが…わない…」
だから、父さんの言葉に大きく頭を振った。
それを見て父さんは歯を見せて笑った。
「父ちゃん、もっと頑張るから。だからこう太も遠慮なんかしないで言いたいことはちゃんと言ってくれ。そんで…もっと甘えてください!」
ばっと両手を大きく左右に開いた。
胸の中に飛び込んでこい、ということだ。
ちょっと戸惑ってから、ボクは父さんに抱きついた。
首に腕を回してぎゅうっと抱きつくと、父さんは背中をポンポンと叩いてくれる。
ただそれだけなのに、すっごく幸せだとおもったら、また涙がでてきた。
「父さん…」
「んー?」
「一個甘えていい?」
「どうぞー」
「…また、お迎えにきて「おかえり」って言って欲しい」
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