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何で日曜に出張書道教室なんていれてしまったんだろう。
しかも、前の日の夕方に飲むって約束していたというのに。
朝から後悔しっぱなしである。
それをこう太に言ったら、「お仕事が貰えることを感謝しなさい」「そのお仕事を忘れてお酒飲みすぎるなんて、恥ずかしいと思わないんですか」「だるい?自業自得って言うんですよ」と昏昏とお説教された。
たまにこいつの中身は、本当に十歳児なのか疑ってしまう。
「チャックないのかチャック?本当は、熱血教師でも入っているんじゃないのか?」
「中の人なんていません!!」
トレーナーをペロリとめくって背中を覗き込むと、真っ赤になったこう太に頭をはたかれる。
最近遠慮が無くなってきて、頭をペシペシ殴られるようになった。
「さっさと用意して行ってきなさい!!大体、アシスタントさんに任せっきりで自分の書道教室にもちゃんと出てないんだから、出張教室くらいちゃんとやりなさい!」
「違うんだよ。毎回俺が出ると、生徒さん達が俺の存在に疲れるって苦情が出たんだよ。いるとやかましいって」
こう太は声をあげて笑った。
「じゃ、いってくるなー」
家を出る前に声をかけると、こう太が慌てて和室から走ってきた。
腕になんか抱えていたので、どした?と尋ねるともじもじしている。
「出かける前にごめん…、これ開けてください」
そう言って差し出したのは、ファンシーなデザインのずっしりと重い豚の貯金箱。
真っ赤になって俯くこう太からそれを受け取ると、貯金箱をひっくり返す。
丁度腹の部分にゴム栓がしてあり、それが上手く開けられないらしい。
ちょっと力を入れてやると、ポン、と音を立てて蓋が開いた。
「父さんありがとう!」
開いた瞬間、こう太が嬉しそうな顔をして大事そうに貯金箱を受け取る。
その笑顔についつい俺もつられる。
「なんか買うのか?」
「うん、ちょっと欲しいものがあるんだ」
「ノートとか鉛筆とかの学校に必要なもんだったら、父ちゃんに言えよ。あと、本だったら…」
「違うよ!…違うもの買うんだ」
そう言うと、何か知らないがこう太は黙ってしまう。
まぁ、いっかで、頭にぽんと手を置いてから「いってくる」と家を出ることにする。
「買い物行くなら寒くないようにな」
「わかってるよ。父さんも気をつけてね」
華田の家でテレビゲームを垓とやったみたいで、こう太は帰ってきてからも興奮していた。
まぁ主に興奮していた理由は垓がカッコイイとかで、ずーっと褒めちぎっていた。
そのうち神格化するんじゃないかと心配になるくらいに。
『ゲームでも買うんかな』
電車に揺られながらぼんやり考える。
ゲーム機なんて学校に必要なもんじゃないからと、自分に言わないで買ってしまいそうだ。
別にねだられてもダメなんて言わないのになぁ。
こう太の持っていた豚の貯金箱を思い出す。
あれを大事そうに抱えているこう太の姿が可愛かったので、やっぱりあいつは「あざとい」と思った。
*
理代子から豚の貯金箱を受け取ったのは木曜日のことだ。
月曜日の夜、いきなり連絡が入ったかと思うと、空いている時間はないかと唐突に言われた。
こう太に聞かれるのはなんとなくまずい気がしたので、慌てて家の外に出る。
理代子に木曜だったら大丈夫と答えると、「14時に前に行ったファミレスで待っていなさい」と一方的に言って電話が切られた。
何が何だかわからないまま、あっという間に木曜日がやってきた。
ファミレスに14時前に着くように行ったというのに、やっぱり理代子は先に待っていた。
ただ今度は中に入って待っているんじゃなくて、駐車場入口に立っていた。
慌てて走って近寄る。
「寒いんだから中で待ってろよ」
「入れるわけないじゃない、あんだけ大騒ぎしたんだから」
理代子は相変わらず睨みつけるように俺に答える。
不機嫌そうな顔のまま、一つの紙袋を俺に差し出してきた。
とりあえず受け取って中を見ると、ファンシーなデザインの豚の貯金箱。
「こう太の。『お世話になりました』って手紙と一緒に置いてあったの。迷惑料のつもりなんじゃない?」
そんなことしてきたなんて一言も聞いていない。
結構重いその紙袋と、埃まみれの貯金箱を見ていると、何だか胸が締め付けられる。
周りに気を遣ってばっかりで、子供らしくなくて、そのくせ何かあっても俺に黙っていて。
「こんなことされても迷惑なのよ」
だから、理代子の言葉に頭が真っ白になる。
理代子の方を向くと、理代子は鬱陶しそうに俺をみている。
「こんな豚の貯金箱ぽっちのお金置いてかれたら、うちが守銭奴みたいじゃない」
「お前…こう太の気持ち考えろよ!居候だなんだって面と向かって言われても、お前のこと大好きだったんだぞ!!」
「そんなのわかってるわよ!!だからこそあの子が一生懸命ためたこのお金を貰うわけにいかないじゃない!!」
「お…おう…」
俺が言った声の三倍くらいでかい声と剣幕で怒鳴られる。
情けないことに、二三歩下がってしまった。
理代子は馬鹿にしくさったような顔でため息をつくと、「場所を移しましょう」と呟いた。
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