アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
(6)
-
(6)
駅のホームは平日昼間のせいか、わりと閑散としていた。
どっか喫茶店でも入ろうと提案したけれど、
「アンタと一緒に入るところ見られて、噂になったら困る」と拒否された。
ホームのベンチに並んで座って、缶コーヒーを啜る。
「本当はその貯金箱、アンタにこう太を返してからすぐ気づいたの」
理代子はポツポツ話し出してくれた。
「手紙もついてた。おばさんありがとうと、迷惑かけてごめんなさいと、もう喧嘩しないで、…ばっかり。手紙は大事にしなきゃなんて思ったんだけど、貯金箱はどうしていいかわからなかったの。だけど、私が一番最初に気づいたから家族に秘密にしておいた。見つかったら、上の子が勝手に使ったり、お義母さんに盗られると思って。それから、ずーっとそのままに放っておいたの」
旦那両親と同居がうんたら言っていたから、大変なんだろうな。
この間会った時より疲れている気がした。
「こう太の顔見ていると、アンタを思い出してイライラしてたの。アンタは子育てなんかしないで、好きなことして楽しんでいるように見えた。だから八つ当たりして、冷たく当たって、自分の子供を褒めるのにこう太を貶したの。…ごめんね」
「いや、俺の方こそ理代子に全部丸投げで遊んでたんだ。すまん…」
「こう太がいなくなっても、そのぶん家族が増えて、全然イライラが納まってないのにね」
理代子は自嘲気味に笑うと、缶コーヒーを一口飲む。
俺はなんかいたたまれなくなって、あっちこっち視線を泳がせる。
そうしていたら、さっきよりは少し明るい声を理代子がだした。
「月曜日ね、小学校にお迎えにいったの。アンタ、離れたところで待ってたでしょ」
「今週の月曜?っていうか、俺だってわかった?」
「バレバレよ、こんな漫画みたいな図体して。まぁ、アンタなんか無視していたんだけどね。そしたらさ、見ちゃったのよね」
何を?と尋ねると、理代子は意味深に笑った。
笑ったとこなんて久しぶりに見た。
「こう太がね、こっちになんか目もくれずに、アンタのところに一直線で走っていったの。もうすっごい、嬉しそうにニコニコしながらね」
理代子の言葉が一瞬理解できなくて。
ゆっくりと脳裏に言葉が辿りついた時、嬉しいのとなんか恥ずかしいわで思わず顔を手で覆った。
「それでね、アンタに声をかける前にちょっと止まるの。そして、キッと真面目な顔を作ってから、ゆっくりと歩いて近づいていくの。もぉ、それみたらおかしくて…!」
「マジで?ちょ、それは見たいな」
「仲良く手を繋いで歩いているのを見て、あの子の笑顔なんて久しぶりに見たことを思い出したわ。あの子はあんな顔も出来てた子なのに、私のヒステリーで押さえ込んで傷つけていたの。…やっと気づいた」
ごめんね、とまた小さく謝られる。
顔を髪の毛が隠していたから、どんな表情なのかはわからない。
指先が白くなるくらい、缶コーヒーの缶を握り締めていた。
俺は何て言っていいわからないから黙っていると、沈黙を電車の発射音がかき消す。
乗り換えの人々をボンヤリと見つめていると、理代子が口を開く。
「貯金箱ね私があげたの。…五歳くらいの時かしら。一生懸命お手伝いしてお小遣い貯めているから『何を買うの?』って聞いたら『おばちゃんは何が欲しい?』って言うのよ。だから私は『自分のために使いなさい』って言ったら、こう太は『じゃあ一杯ためて、おばちゃんとケーキ屋さん食べるのに使うね!』って。お年玉もお小遣いも全部ためて、お手伝いは他の子よりも頑張ってくれて。そんな頑張って貯めた貯金箱を貰えるわけないじゃない。だから、このお金はこう太に返さなきゃって。本当は貯金箱を見た時にすぐそれに気づけば良かったのに、遅くなってごめんなさい…」
若干涙声だったので、焦って俺は背中をポンポンと叩いて慰める。
「謝るなよ。お前は悪くないよ。あれだ、悪い夢みてたんだ!そういうことにしとこう!」
「孝助」
理代子が顔をあげて、俺をまっすぐ見つめた。
怒りも恨みもない落ち着いた表情だった。
そして、難しい質問をされた。
「あの子は、今幸せ?」
いや、そこはアンタは幸せ?って聞いて欲しかった。
良いお父さんを日々目指しているけど、気づくと大酒飲んでお説教されたり、部屋散らかしてお説教されたり。
あ、怒られてばっかりだ俺。
「…正直わからん。俺、こんなんだし」
理代子の睨みつけが怖い。
「でも俺はこう太がいて、毎日幸せだと思ってるよ」
「…当たり前じゃない」
「うん、当たり前のことなんだけど。理代子が良い子に育ててくれたおかげだよ。本当に本当に、ありがとう」
頭を下げる俺に、理代子は優しく笑ってくれた。
「引っ越すって本当?」
ベンチから立ち上がって理代子の帰る電車を待つ。
いい加減尻が冷たくなってきたから立ち上がるが、立っていても冷たい風に晒されるので二人震えていた。
「あぁ、来年三月にな。学校も転校させる。…今の小学校の環境が好きじゃない」
「そう。寂しくなるわ」
理代子はそっけなく言ったけど、顔は悲しそうだった。
遊びに来いよ、なんて昔のように気軽に言える感じには中々戻れない。
お互いの家族のためにも、多分しばらく距離を置いて落ち着かないと。
「…あのさ、そろそろクリスマスじゃん」
話題を変えようと、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「そっちの家ってなんかやってた?」
「特別なことはしてないわよ。ケーキ食べて、チキン買ってきて、プレゼント用意して…。別にこう太だけ除け者になんかしてないからね!」
眉をよせて食ってかかってきたので、慌ててなだめる。
「じゃ、何でこう太サンタ信じてないの?物欲もないし…」
俺の言葉に理代子はしばし考えるが、何やら思い出したようで「プ」と吹き出すと笑い出した。
「小学校入る前のクリスマス、あの子たしか流行っている特撮ヒーローの人形をお願いしたの。それを旦那が買ってきて、枕に置いておいたんだけど…」
「けど?」
「色だけ似ている、パチもんのよくわからないもの買ってきたの」
「ちょ!よくわからないものってなんだよ!!」
それを聞いて俺もゲラゲラ笑うと、理代子は反対にため息をついた。
「大変だったのよぉ。『コレジャナイ!』って泣いてわめいて…。それから、サンタさんなんていないんだって悟ったみたいで、一応何が欲しい?って聞くんだけど、いりませんって…」
「あー…そっかぁ。じゃ、何あげようかなー」
「ま、しっかり考えなさい。お父さん」
今度は俺がポンポン、と肩を叩かれて慰められる。
それから雑談していると、電車がホームに入ってくる。
「じゃあ、気をつけて」
「うん。貯金箱、頼んだわよ。あの子が納得するように説明しなさいよ。また渡しに来たら怒るからね」
「わかって、ます」
軽く手を振って見送る。
理代子も振り返してくれて、電車の扉が閉まるまで穏やかに笑いかけてくれた。
電車がゆっくりと走り出し、スピードを上げると駅を後にする。
しばらく色々考え込んでから、こう太の迎えに行こうとホームを離れた。
*
夕飯の後片付けをしてからこう太を呼び寄せる。
最初怪訝な顔をしていたが、俺の雰囲気を感じ取ったのか、神妙な顔つきになった。
俺は理代子に渡されたように、紙袋を差し出す。
「どうしたの?」
「理代子から」
俺から手渡された紙袋を不思議がっていたが、理代子の名前に顔色がさっと変わる。
受け取って中身を見ると、途端に泣きそうな顔になった。
「…なんで」
「こう太に返してくれって」
「そんなに…迷惑だって…?」
紙袋の中から貯金箱をとると、パサりと袋が床に落ちる。
今にも泣きそうな感じなんだけど、貯金箱を両手で持つと驚いたような顔をしていた。
「手紙、大事にしてるみたいだった」
「え?」
「手紙で迷惑料はもう十分払いきったよ。多分これは、そのお釣り」
こう太が俺の言葉にポカーンとしている。
一生懸命考えた説明失敗したみたいで、ちょっと焦る。
頭を高速回転して、なんか良いことを言ってやろうと思うんだけど、何も浮かばない。
「お釣りって…だって、置いてきた時より、重くなってる…」
とうとうこらえきれなくなったのか、こう太の目から涙がポロポロ溢れる。
「うぇ…」
しゃくりあげながら泣いているこう太の前で中腰になって、へい!と両手を大きく広げた。
こう太は胸の中にヨタヨタと歩いてくると、抱きついてわんわん泣く。
背中をポンポン叩きながら、抱きしめてやる。
「理代子が言ってた。こう太が頑張って一生懸命貯めたお金を、貰うことはできない。これはこう太のお金だから、だって。だから、自分のために使いなさい」
「でも…」
「どうしてもお金でお礼をしたいのなら、大きくなって、自分で仕事をしてお金を稼げるようになったらそうしなさい。けど、今はそんなこと考えなくていいんだよ。まだまだ、子供なんだし」
「…早く大人に…なりたい」
「ならないでくれよ。こうやって、抱っこできねぇじゃん」
そう言うと、こう太は笑ってくれた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
15 / 203