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引越しの日は嬉しいことに快晴だった。
大家さんのおじいちゃんに鍵を返して、十年間お世話になりましたと俺は頭をさげた。
お互いに年をとったことと、色々あったねと世間話をしてからもう一度頭を下げて、俺達は待たせてあるタクシーに向かう。
「十年間もいたんだね」
「あぁ。…お母さんと二人で生活をする頃に借りたんだ」
努めて悲しくならないように言ったつもりなんだけれど、どうしても声がこわばる。
こう太もそれを感じ取ったのか、ギュッと手を握ってくれた。
不意に視界の端に人影を見たのでそちらに振り返ると、理代子と彼女の子どもと思われる女の子が見送りに来てくれていた。
こう太に声をかけて促すと、こう太も気づいたのか顔に緊張が走る。
握っていた手を静かに離して、背中を押してやった。
気まずそうな顔のまま二人のところに行くこう太の背中を見てから、先にタクシーに乗り込む。
深く座り込んでからバックミラー越しに、三人を見守る。
主に理代子とこう太が何やら話し込んでいたが、しばらくするとこう太が理代子に抱きついた。
背中が震えているので泣いているみたいだった。
理代子も寂しそうな顔でこう太の頭を撫でていた。
そうしてから、理代子に優しく背中を押されてタクシーにやってくる。
日本を離れるわけでも、今生の別れでもないのに、こう太は昨日よりもボロボロ泣いていた。
「行くか」
俺の言葉にこう太は泣きながら頷く。
タクシーがゆっくりと走り出す。
俺は振り返って手を振ると、理代子の娘がずーっと手を振ってくれていた。
タクシーが曲がり角を曲がったので、二人の姿は見えなくなった。
それでも泣き止まないこう太の頭を抱き寄せて、新しい家に着くまでずっと撫でてやった。
*
10階立てのマンションの8階にある、新しいボク達の家はとても綺麗だった。
角部屋で日当たりもとってもいい。
キッチンは広くて、コンロが二つあるし、魚を焼くためのグリルもついていて嬉しかった。
一番嬉しいのはボク一人の部屋ができたことだ。
垓くんも一人部屋だったので、誰にも言わなかったけどイイなとずっと思っていたんだ。
そしてベットを買ってもらったんだ。
青色のストライプのシーツと水色の布団カバーも新しいやつだ。
ベッドに座ってみると、ギシッと沈むだけで楽しくなってくる。
…うん、元気が出てきた。
まだちょっと目がヒリヒリするけど、落ち込んでなんかいられない。
今日中に引越しの片付けを終わらせなきゃ。
ただ一つ心配なのはお父さんと部屋が別れたことだ。
殺風景な和室にはダンボールと布団しかない。
ボクと部屋が別れたことをいいことに、散らかさないように注意しないと。
引越し屋さんにお礼を言ってから二人で荷物を片付ける。
途中でお昼をとったりしながら夢中でやっていると、気づいたら夕方の5時になろうとしていた。
お父さんをチラリとみると、だいぶ前から飽きてしまって床にうつぶせになってダラダラしていた。
10分に一回、「明日やればいいじゃん」と言ってはサボろうとする。
まぁ、重いもの運んでもらったりしていたから残りは明日でいいか。明日は電化製品も届くし。
お夕飯どうしようかな。多分出前にしようと言うと思うけど。
家の近くに大きなスーパーがあったんだ。
一回だけ下見に来た時にその前を通って、ずっと見てみたいなと思っていた。
お弁当そこで買ってもいいよな、と思うんだけれどお父さんは疲れて行きたくないと言うと思う。
まぁ、その時はボクが一人で行けばいいかなと思いつつ、床と同化しつつある父さんの近くに座ると、一応ダメ元で聞いてみる。
「父さん、お夕飯なんだけどさ…」
「んー、冷蔵庫明日届くから、今日は何か頼もうぜ」
「あのさ、ここの近くに大きなスーパーあったから、そこのお弁当でも良い?」
「あー、うん。それで構わんよ」
「…一緒に買いにいこうよ」
遠慮がちに服の裾を引っ張る。
疲れているのに無理矢理誘ったと思われても嫌なので、一応顔色を伺う。
父さんはしばらく床に伏せたまま考え込んでしまったので、ダメかなと諦め気味だったんだけど。
「行くか」
そう言ってガバッと立ち上がった。
「うん!」
それがすごく嬉しくてボクは父さんの腕に抱きついた。
スーパーの店内はすごく広くて、今まで使っていたスーパーの二倍以上はあると思った。
隣には本屋さんとかお洋服屋さんとかもあって、何でも売っているんだなぁと思わずキョロキョロ見回す。
ボクが突っ立っている間に、父さんがカゴと一緒にカートを押してきた。
明日冷蔵庫が届くからあんまり買いませんよ、と言ったのにもう早速缶ビールがダースで入っていた。
「戻してきなさい」
「ちゃんと今日中に消費するから」
「どんだけ飲む気ですか!ビールは一日三本まで!!ホラ急ぐ!!」
父さんは不満そうな顔のまま渋々ビールを戻しに行った。
そんなボク達の様子を近くで見ていたおばあちゃんが「仲が良いのねぇ」と笑っていた。
それを聞いて恥ずかしくなって俯く。
ボクがいつも口うるさく怒っているんだもん、どっちが親なのか本当にわからないよ。
うん、でもこれなら親子…
「新婚さんみたいだな♪」
一番聞きたくない言葉が耳に入ってきて、思わず慌てて周りを見回す。
声のした方をみると、黒髪のショートヘアの体の細いお姉さんと、ゲームの主人公みたいな金色でツンツン髪の毛がはねているお兄さんが仲良さそうに買い物をしていた。
お兄さんはお姉さんの後ろからまとわりついているので、お姉さんに鬱陶しそうに頭を叩かれていた。
あの人達はカップルなのかなぁなどとボンヤリ考えていると、お父さんが戻ってきた。
缶は缶でもロングタイプのビールを三本持ってきてニコニコしている。
仕方ないなぁとため息をつきながら、ボク達も買い物を続けた。
*
「だから!まずはボクが行きますから!!」
「でも、俺が家主だし」
「言うこと聞きなさい!」
次の日、無事に電化製品も設置されたし、家もあらかた片付いた。
で、何で言い争っているかと言うと。
「引越しの挨拶は家主がするもんだろ!!」
「そう言って下の階の人のところに行って通報されかけたんですから!」
引越しのご挨拶についてだ。
隣の部屋の人は昨日いなかったので、先に下の階のお家に挨拶に行ったら。
父さんが怪しい人に間違われて危うく通報されかけた。
そりゃインターホンのカメラの向こうに、こんなでかくて頭が禿げてて目つきもそんなによくないクマがいたら怖いよな。
「まずはボクがクッションになって、オブラートに伝えてきますからね!大人しく待っててくださいね!」
引越しのご挨拶のタオルを掴むと玄関を勢いよく閉める。
お父さんはまだ何か言っていたが、構わず飛び出してきた。
でも、お隣さんがどんな人か知らないから緊張してくる。
ホンの数歩歩くだけの距離なんだけど、頭の中で言うことを整理する。
すると、お隣の玄関がゆっくりと開いた。
まだ心の準備が、と焦っていると中から出てきた人に驚いた。
昨日スーパーで見たお姉さんだった。
スラリとしたお姉さんは黒縁のメガネをかけていて、近くで見ると凄く綺麗な人だった。
思わずドキドキしていると、お姉さんがボクに気づく。
「あ、あの!はじめまして、き昨日隣に引っ越してきました石川です!これからよろしくお願いします」
早口でそう挨拶してから頭を下げる。
お姉さんはビックリした顔をしていたけど、にっこりと笑ってくれた。
「僕も一昨日引っ越してきたばっかりなんです。よろしくお願いします」
お姉さんは、お兄さんだった。
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