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「うちは弟と一緒です」
「う、うちはお父さんと一緒です」
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「僕は綾凪七瀬(あやなぎ ななせ)と申します。弟と二人で暮らしているんですが、今ちょっと外出してて…。また改めて挨拶に向かわせますね。あの、これよろしかったらお近づきに食べてください」
お兄さん…綾凪さんは丁寧に落ち着いた口調でそう言うと、透明なラッピングの袋に入ったクッキーを渡してくれた。
すごく美味しそうな形のクッキーに感激していると、嫌がっていると思われたのか綾凪さんが困ったような顔をした。
「甘いものダメでした?」
「え?あ、違います!好きです!こんな可愛いクッキー初めてみた…」
「本当ですか?…嬉しいなぁ。手作りあげるなんて失礼かなと思っていたんですよ」
「手作りなんですか!スゴいなぁ…すごく美味しそう」
「新しいオーブンを買ったので…つい作りすぎてしまって」
そういうと綾凪さんは恥ずかしそうに微笑んでくれた。
色が白くて、まつげも長いし、髪の毛は真っ黒でツヤツヤしていて、やっぱり綺麗な人だなぁと思う。
ついつい見とれてしまったけれど、目的を思い出してハッする。
「あの、今お時間ありますか?ボクは父さんと二人暮らしでして…その、父に挨拶させても良いですか?」
「はい、是非僕にも挨拶させてください」
「えっとすっごく個性的なんで…驚かないでください」
綾凪さんに念を押してからお父さんを呼んだ。
「いやーどうもどうも、石川です」
お父さんはいつの間に着替えたのか、勝負服のマフィアスーツを着て出てきた。
っていうか、ホントにそのスーツどこに置いてあったのさ…。
ボクが呆然としているというのに、お父さんはドヤ顔していた。
ムカつく。
綾凪さんを見ると、ビックリ顔のまま固まっていた。
「これからよろしくお願いします」
「ここここここちらこそ…」
お父さんは気にすることなく綾凪さんの手を掴んでブンブン上下に振った。
仲良くなれたらいいのになぁと思っていたのに、距離がずぞぞぞぞと開いた音を聞いた気がする。
*
でも、その距離を縮めてくれたのは意外にも綾凪さんの方だった。
お父さんが保村さん達と飲みに行きたいなーとチラチラってしていたので、お夕飯は適当に済ますからと送り出してあげた。
お父さんが出かけてからボクもこの間行ったスーパーに向かう。
何にしようかあんまり考えていなかったので、お店の中をブラブラ歩き回っていると後ろから声をかけられた。
穏やかで優しい声は聞き覚えがあったので振り返ると、カゴを持った綾凪さんが立っていた。
「お夕飯の買い物?偉いなぁ。…今日はお父さんいないんですか?」
綾凪さんはちょっと辺りを見回してから小声で聞いてきた。
やっぱり初対面の人にはインパクト強いよなぁ。
「こんにちは…、お父さんは出かけてていないんです。だから、自分のぶんのお夕飯を買いにきました」
「そう…じゃあ、今一人なんですね」
そう言うなり綾凪さんは何やら考えこんでから、遠慮がちに尋ねてくれた。
「…良かったら、うちに食べに来ませんか?」
突然の提案に驚いて、大丈夫ですと断るも綾凪さんはニッコリ微笑みながら、
「僕のところも弟がバイトに行っていないから一人なんですよ。だから来てください、ね?」
「でも…」
「実は今日カップケーキを作りまして…」
「お、お言葉に甘えます」
綾凪さんのお家はボクのところと間取りは一緒なんだけど、すっごくオシャレだった。
白とベージュの家具とかカーペットとかソファが置いてあって、可愛い置物なんかが白いチェストの上に置いてあったり、銀色のアクセサリーなんかが色々置いてあって思わず色々見て回ってしまう。
チェストの上には焦げ茶色の写真立ても置いてあって、桜を背景に弟さんと思われる男の人との写真が飾られていた。
やっぱりスーパーでみた金髪のお兄さんで、綾凪さんとそんなに似ていないんだけどこの人はカッコイイ顔をしていた。
笑顔で綾凪さんの肩に抱きつくように写っているのを見ると、仲が良いんだろうなぁ。
そう言えば、スーパーで見かけた時も抱きつきながら「新婚さんみたい」と笑っていた。
綾凪さんのこと大好きなんだろうなぁ。綾凪さんも嬉しそうに笑っている。
「石川くん、お夕飯作る間カップケーキ食べて…」
綾凪さんは台所から顔をだすと、写真を見ているボクに気づいて顔を真っ赤にした。
恥ずかしそうにあの、それ、と言い出してもじもじしている。
ボクが不思議そうに弟さんですかと尋ねると、小さく頷いた。
「仲いいんですね」
「う、うん。…悪くはないね」
綾凪さんははにかみながら笑った。
「座ってゆっくりしててよ」
「いえ、料理を覚えたいから、お手伝いさせてください」
「偉いなぁ。うちの弟なんて、まとわりついて邪魔してばっかりだよ」
あれ、それなんてうち?
お手伝いすると言っても、綾凪さんの手際がすごくよくてそれを見ているくらしかできなかった。
綾凪さんは三月に高校を卒業したばっかりで、四月から料理の専門学校に通うとのことだ。
コックさんですねとボクが言うと、将来的には自分の喫茶店かレストランを持ちたいなと笑った。
じゃあ弟さんは今高校生ですか、と尋ねると彼は大学に通うと教えてくれた。
どうやら同い年らしいから双子みたいだ。
似ていないから、にらんせいそうせいじ、ってやつなんだ。
そんな話をしている間に、玉ねぎのスープとシーザーサラダとオムライスを作ってくれた。
「あ、酢の物とか大丈夫?ちょっと待ってね作っちゃうから」
「は、はい…」
「えーっと、あとキャベツとオニオンフライ炒めて…あと、何かあったかな…」
「あの、もうお構いなく…!!」
止めないとドンドン料理が出てきそうなので慌てて台所にむかう綾凪さんを引き止めた。
じゃあ食べようかと微笑んでくれてから、二人席に着く。
いただきますをしてからオムライスを口にいれて、ボクは衝撃を受けた。
こんなに美味しいオムライス初めて食べた。
初めて食べるトロトロの卵に感動していると、綾凪さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「石川くんの下の名前聞いても良い?」
「言ってませんでしたっけ?こう太です」
「こう太くんさえ良ければ、また食べにおいでよ」
突然の申し出に焦っていると、綾凪さんは優しく「ね?」と首をかしげた。
迷惑になりますとボクがもだもだ断ると綾凪さんは身を乗り出してきた。
「迷惑じゃないよ、僕がそうしたいんだから。…こう太くんと仲良くなりたいんだ」
「え?」
「…うちも母子家庭だったからね。一人でお夕飯とか寂しいじゃない」
そう言うとちょっと寂しそうに笑った。
…勘違いしているかもしれない。
確かにお父さんが飲みにいって一人でお夕飯の時もあるけど、本当に一週間に一回あるぐらいで最近はほとんど一緒にご飯を食べている。
仕事で忙しいという他のお父さんお母さんに比べてしまったら申し訳ないくらいに、本当に自由に時間を使える人なんだ。
「えっと、あの、今日はたまたまお酒飲みに行っているだけなんで、普段は一緒にご飯食べているんです…だから、その」
「うん」
「…代わりに料理を教わりに来ていいですか?」
ボクがそう尋ねると、綾凪さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「良いよ。大歓迎だよ」
「…ボクも、綾凪さんと仲良くなりたいです」
「うん!」
すっごく穏やかで優しい綾凪さん。
こんなお兄ちゃんがいたらいいのになぁ。
「今度お父さんも一緒に来てね。何か美味しいもの用意しておくから」
「ありがとうござ…」
そんな話をしていたら、ちょうどお父さんから電話がかかってきた。
*
華田の娘が熱をだしたとかで、飲み会はそうそうにお開きになった。
急いで帰る華田を見送ってから保村と飲み直すかと話していたが、まぁまた今度にするべということで帰ってきた。
その旨こう太に電話をすると、こう太はお隣さん家で夕飯をご馳走になっていたらしい。
お料理上手なんだよ、と電話の向こうで弾んだ声が聞こえる。
じゃあ、お礼に手土産買ってから寄るわ、と言ってから通話を切る。
そしてため息を一つ。
「…敵増えんのかなぁ」
あぁ、敵という言い方は適切じゃない。ライバル?おんなじか。
お隣さんということで、大人しくて華奢なお兄ちゃんを思い出す。
もうすでに懐いたようなので、やっぱりちょっとだけつまらない。
まぁ、いっかで歩き出すと、何か手頃な土産を買いに急いだ。
手土産のお菓子を買うと、家路に急ぐ。
マンションが視界に入ってきた頃、ちょうど曲がり角から人が出てきてぶつかりそうになる。
「おっと」
「うぉ」
寸前でよけると、お互いの姿に思わず固まる。
こう太と違って「染めました!」というような金髪のワックスで固めた頭。
ピアスを耳にバシバシつけた派手な容姿。
こいつはよく覚えている。電化製品買いに行った時にいた、兄ちゃんだ。
また会うなんて…と思わず嫌な顔になる。
向こうも俺を覚えていたらしく(ちなみに俺は一度会っただけの人でも、忘れられたことはない)、嫌そうな顔で眉を寄せていた。
お互いぶつかりそうになったことを謝ることもなく、睨み合ってからフン、と顔を背けて歩き出す。
すると、兄ちゃんは俺の前を歩き出し、同じ方向へ進んでいる。
おいおい…まさか同じマンションかよ…。
気づかれないように舌打ちをすると距離を置いて後ろを歩く。
エントランスでエレベーターを待つ間、険悪な空気が流れる。
エレベーターに乗って8階を押そうと指を伸ばすが、先に兄ちゃんが8階を押した。
そこでまたお互いにえ?という顔になる。
まぁ、でもエレベーターをはさんで右側と左側に別れるんだ。
右の角部屋がうちなんだし、そうそう会うこともないよな。
エレベーターが8階についた。
そして俺達は同じタイミングで右方向に進む。
「…なんでオッサンついてくんだよ!!」
兄ちゃんがイライラした感じで叫んだ。
その調子に俺も思わず声を荒らげた。
「俺ん家がこっち方向なんだよ!お前こそ真似すんなよ!」
「はぁ!?真似してねーし!こっちにはオレと優しい兄ちゃんの部屋があるんですー!!」
「そしたらこっちだって俺と可愛い息子の家があるんですー!!」
子どもみたいに語尾を伸ばしてお互いに大声を張り上げる。
次第に距離を縮めて睨みつけあう。
昔の不良よろしく、「やんのかコラ?」「あ?ビビってんのか?」と威嚇し合うと、いきなり兄ちゃんの頭がパーンと叩かれた。
「…何をやっているか何を」
つい先日挨拶をした綾凪くんが困った顔で、兄ちゃんの頭を叩いたのだ。
「何やってるの!!近所迷惑でしょ!!」
バーカバーカと笑っていたら、俺はこう太にスパーンと尻を叩かれた。
*
「えっと、弟の望月聖斗(もちづき せいと)です…。よろしくお願いします」
七瀬さんは困った顔のまま弟さんを紹介する。
苗字が違うなぁ、とか、近くで見ると意外とチャラいなぁとか色々思うところはあったんだけど。
「レンジの調子はどうですかー?本当はうちの息子が使うはずだった奴ー!」
「炊飯器の具合はどうですかー?本当ならオレの兄ちゃんが使うはずだんだけどなー!」
うちのお父さんと弟さんがいがみ合う。
しかもすごくくだらないことで。
お父さんが会った嫌な若者って弟さんのことかとため息をついていると、同じタイミングで七瀬さんもため息をついた。
相変わらず二人は子どもの喧嘩みたいなことを言い合ってはガルガルしている。
「…ボク、お邪魔する時は一人で来ます」
「うん…、僕も一人の時にこう太くんを招待するよ」
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