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道源寺社長の秘書について、俺の知っている情報を挙げておこう。
確か名前は、間宮銀。普通ギンと読むだろ?だけど、彼の場合古風にシロガネと読む。
マミヤシロガネ、社長に仕える第一秘書であり、その忠誠心から「忠犬シロ」と社内・社外問わず、称賛と侮蔑を込めて呼ばれている。
海外の大学で博士号をとったとか、武道の達人だとか、兄弟で社長の黒い噂を潰しているとか色々噂は流れている。
しかし、ただ一つ確実なのは、敏腕社長の右腕として恥じない働きをしているということだ。
まぁ、あくまでもディクティブ保村の情報を又聞きしただけなので、俺も詳しく知らないし信憑性だって眉唾ものだ。
彼が軽く自己紹介すると、俺の上記の情報にプラスして彼がまだ23歳であることが判明したので、俺と森崎くんは盛大に驚いた。
「俺より年下じゃないっすか…」
六月に27歳になる森崎くんが一番驚いていた。
高校には進学せず留学して海外で博士号をとったとかなんとか色々説明をしてくれたが、俺は正直あんまり真面目に聞いていなかった。
社長や前のマネージャーの三角ちゃんから何の連絡もないことについて、彼が特に説明していないことが不満だったのだ。
すると、森崎くんが辛そうに大きなため息をついた。
「…やだなぁ。ただでさえ先生の容姿のせいで、このアトリエが拳王軍とか男塾とか言われているのに…またこんな個性的な人が入ってくるなんて…出入りしている俺の身にもなってくださいよ」
「んだとてめぇ、俺の容姿のせいとはどういうことだ!?」
「あー、もう。三角さん帰ってきてー。男三人とかムサイよー」
「だから、森崎くんが彼女を連れてくればいいんだって」
「ヒドイ!先生がイジメる!!」
俺達のバカ話に混ざったり反応するどころか、無表情のまま何やらパソコンをいじる間宮くん。
さっきは気づかなかったが、春だというのに黒いレザーの手袋をしていた。
あれか?指紋を残さないようにってことか?
彼があまりにも冷静なので、俺と森崎くんは気まずいなぁと顔を見合わせる。
しばらくキーボードをいじってから、彼は立ち上がると恭しく頭を下げた。
「今日はご挨拶のみのつもりでしたので、そろそろお暇いたします。明日もこのくらいの時間に来ればよろしいですか?」
「お…おう」
「明日からよろしくお願いいたします。石川先生、森崎さん」
ビシ!ビシ!と背筋を伸ばした正しいお辞儀をすると、彼はアトリエを後にした。
間宮くんがいなくなってから、俺と森崎くんは大きく息を吐いてテーブルにグデンと突っ伏す。
正直、俺も森崎くんもああいう真面目なタイプが苦手だったので、息が詰まって仕方がない。
森崎くんは椅子の背もたれに寄りかかりながら深く椅子に腰掛けてため息を一つ。
「明日から気が重い…。先生、パトロン社長に連絡した方がいいんじゃないですか?聞いてないって」
「あー、そうだな…。三角ちゃんからはマネージャーが誰に決まったとか別に連絡なかったし。はぁ…森崎くん」
「なんでしょう?」
「…帰るか」
「…そうしましょう」
アトリエに一時間もいないまま、森崎くんは家路に、俺はスポーツジムへと向かっていった。
夕方16時を過ぎても、外の雨足は弱くならない。
こう太の迎えにでも行ってやろうかと用意していると、先にこう太が帰ってきてしまったらしく、玄関から鍵の開く音がする。
ドアの開いた音と同時に、こう太の疲れた声の「ただいま」が聞こえてきた。
「お父さーん?帰ってるー?」
まさか呼ばれるとは思わなかったので玄関に歩いていくと、全身びしょ濡れになったこう太が立ち尽くしていた。
「ちょ、お前どうしたんだよそれ!」
頭の先から靴までずぶ濡れの状態で、髪の毛も若干ぺったりしている姿に思わず笑ってしまった。
こう太はちょっと不機嫌そうに「タオル持ってきてよ」と服の裾を絞りながら頼んできた。
「おう、ちょっと待ってろ」
笑いながらタオルを渡すと、こう太はひったくるようにタオルを奪い取る。
あぁちょっと笑いすぎたなと反省しつつ、髪の毛を拭いてやった。
「つーか、お前傘どうしたよ?」
「壊れたから途中で捨ててきた」
「お前なぁ、そしたら迎えの電話寄越せよ」
「ケータイ持ってかないもの」
「ちょ、何のための携帯だよ!!」
「学校に必要ないものは持ってっちゃいけないんだよ?」
不思議そうに小首をかしげる姿に、どこから突っ込もうか迷った。
説明するのも面倒なので、まぁ、いっかと思い直すと風呂のスイッチを入れに行く。
「着替え持ってくるから、先風呂入っちゃえよ」
「うん」
「父ちゃん一緒に入っていい?」
軽い冗談で言ってみた。
たぶん、ゴキブリを見るような目で「やだよ」と言うと思うけど。
「いいよ」
「え?」
「嫌って言っても、どうせ入ってくるでしょ?」
いいよって言われたのに、やっぱりゴキブリを見るような目で言ってくる。
聖斗の野獣発言といい、どいつもこいつも俺をなんだと思ってやがると言いたくなったが。
『一緒にお風呂とかって、マジ新婚さんじゃないか』
そこで「親子でお風呂」というのが一番最初に出てこないあたり、俺の頭は着実におかしくなっている。
*
新婚生活というものがなかったせいか、なんとなく二人暮らしの全てが新婚さんみたいに見えてくる。
浴槽は前の家よりもだいぶ広いものの、俺と一緒じゃやっぱり狭い。
俺が入っている間にこう太が頭を洗っていた。
今のうちにニヤニヤしておこうと思う。
「今日は何時くらいに帰ってきたの?」
急に話しかけられて、思わずビビる。
目を固く瞑ってシャンプーを泡立てている状態なので、こう太に見られていないとは思うが、思わず姿勢を正す。
「お、おう。今日は14時くらいには帰ってきてたんだ」
「早いね。ジム行ったの?」
「行ってきた。アトリエにそんなにいなかったからな。あー、そうだ聞いてくれよ」
俺は新しいマネージャーになった間宮くんのことを話した。
しかし、真面目なこう太に間宮くんのことを愚痴ったとしても今ひとつ伝わらず、「真面目そうな人で良かったじゃない」と言われてしまった。
俺が「そうなんだけどよ」と更に説明しても、首をかしげるばかりだった。
こう太は俺と向き合うように浴槽にはいると、体育座りをするように足を縮めた。
なおも嫌そうに愚痴る俺を見て、とうとうこう太がため息をつく。
「そんな頭良さそうな人がマネージャーになってくれたんだから、わがまま言っていないでしっかり働きなさい」
「…はい」
厳しい口調で息子にお説教され、俺はがっくりうなだれる。
それでも、今までのアトリエと空気が変わってしまうことが嫌でたまらなかった。
三角ちゃんの癒しの効果は凄かったんだな、と思うとやっぱり間宮くんと彼女を比べてしまう。
確かに彼は頭も良さそうだし、秘書とかそう言った点では優れているだろう。
だけど、働く環境というのも大事である。
良い環境には、職場の仲間同士のコミュニケーションがとれているか、というのも大きく関係してくると思う。
明日から気が重い、とうだうだしていると、こう太が俺をじーっと見ていたのに気づく。
「悪い、何か言ったか?」
「う、ううん。別に何も言ってないよ」
慌てて首を横に振るが、しばらくすると伏し目がちに俺を見上げてきた。
「…そっち行ってもいい?」
こう太は俺の了承をとるまえに立ち上がると、俺の足の間に座ってと胸の中にもたれかかってきた。
髪の毛が肌にあたってくすぐったい。
っていうか、あんまり密着とかされるとヤバイんですけど!?
お釈迦様後ろに出てきちゃうんですけどぉ!?
「ボク、ヒドイこと言っちゃった?」
どうやら俺が落ち込んでいるのを自分が言った言葉のせいだと思っているらしい。
「違う違う。今までのんびりな雰囲気のアトリエだったのに、それが無くなっちまったら嫌だなと思っただけだ」
「ホント?」
「嘘ついたってしょうがねぇだろ?」
そう言うとやっとこう太が笑顔を向けてくれた。
そして、恥ずかしそうに呟く。
「ボクね、お仕事頑張ってるお父さんが好きだよ」
あぁ、くそ、ゆで上がりそうだ。
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