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朝、チャイムの音で目が覚める。
あのまま眠ってしまったと気付いてもそもそと起き上がるも、やっぱりお父さんは起きる気配はなかった。
…実は死んでいたらどうしよう。
そんなバカなことを考えていると、二回目のチャイムが鳴り響いて、お客さんがいたことを思い出す。
慌てて立ち上がるけど、こんな朝早く誰なんだろう?と思いながらインターホンのカメラボタンを押すと、カメラの向こうにはマネージャーさんが立っていた。
相変わらずの無表情がなんだか怖かった。
「お…おはようございます」
『おはようございます、間宮です。朝早く申しわけありません』
「どうかしましたか?」
『石川先生をお迎えにまいりました』
ボクはそこでちょっと口を閉じてしまう。
ちらりとお父さんを見るも、相変わらず眠りこけている。
すみません、まだ寝ているんです
今起こしますからちょっと待っていてください
多分、良い子だったらそういうんだと思う。
だけど。
「今…出かけています」
ボクはそんなに良い子じゃないから、嘘をついた。
もうちょっとお父さんと一緒にいたい。
ご飯、一緒に食べたい。
マネージャーさんとはインターホン越しだから、顔は見られていないと思うけど、声が上ずる。
『…どちらへ?』
「お、お酒を買いに行きました。帰ってきたら、アトリエに行かせます」
『何時頃になりそうですか?』
「わ…わか…」
「ぐぉ!!」
お父さんの大きないびきが後ろから聞こえた。
それは勿論、ばっちりマネージャーさんに聞こえたらしくて。
『…クマが寝ているようですね?』
恥ずかしさと混乱と怒りでボクの顔に熱がたまるのがわかった。
勢いよく玄関を開けて、マネージャーさんの前に飛び出る。
力任せに玄関を開け閉めしたからか、ちらりと寝ているお父さんが見えたかもしれない。
ボクは頑張って、玄関を守るように立ちふさがるとマネージャーさんをにらみつける。
マネージャーさんは氷のように冷たい表情だ。
「…いらっしゃるようですね」
「違います!!あれはクマの毛皮です!!敷いているんです!!」
「御冗談を。先生を起こしていただけますか?」
「お、起こしますけど…、き、今日もお休みにしてください!!」
ボクの言葉に一瞬マネージャーさんの動きが止まった気がする。
だけど、すぐに平坦な声で「できません」と返される。
「どうしてですか!?四月からもうずっと帰ってきてないんですよ?」
「ノルマが終わりませんので。時間も7時を回っています。これ以上遅くなってしまっては、今日のノルマ達成に支障がでます」
相変わらず冷静に話すこの人が、本当は怖くて仕方ないんだけど、このままじゃお父さんがまた帰ってこないんだぞ、と自分を励ます。
「ノルマって…お父さんが倒れてもいいんですか?」
「倒れません。そのように逆算してノルマを組んでいます」
「で、でも!仕事ばっかりで、家にも帰れなくて、お父さんが可哀想です」
「貴方のために働くことを、貴方は可哀想だと思うのですか?」
いきなりボクのことを持ちだされてひるんでしまう。
そりゃ、ボクがいなかったらもっと自由にできただろうなと思うと、ボクを育てなきゃいけないぶん可哀想だと思うけど。
「貴方を健やかに育てるために尽力し、生活の安定を望むことはいけないことなんですか?貴方が不自由なく生活するための財産を築くために、知名度を上げることはいけないことなんですか?今、作品を一つでも仕上げることは全て先生のためでもありますし、貴方のためともなるのですよ?」
お父さんが頑張ってくれることは、全部ボクとの生活のためなんだ。
そんなの、頭ではわかっている。
だけど、だけどさ。
「その先生の努力を貴方が全て否定して取りやめさせようとすることは、ただの我が侭ではないのですか?それは、先生のためではなく、貴方のためですよね?」
わがまま。
一番言われたく無い言葉が突き刺さって、ボクは何も言えなくなってしまった。
「ちょっとすいませーん」
隣から呆れきった声が聞こえてきてそちらを振り向くと、Tシャツにジャージ姿で不機嫌そうな聖斗さんが玄関から出てきた。
その後ろには七瀬さんが心配そうにこちらを伺っていた。
「朝っぱらから何?うるせぇんですけどー?もしかして小学生いじめてる?」
「あなたは…」
「ご、ごめんなさい聖斗さん…!この人、父さんのマネージャーさんなんです!」
何ていうか不良みたいな態度で近づいてくる聖斗さんを慌てて止める。
マネージャーさんは無表情のまま自分より背の低い聖斗さんを見下ろしていた。
「…すみません、今起こしてきます」
「はい。お願いします」
廊下で寝入っているお父さんを揺り動かす。
なのにちっとも起きなくて、イライラして、ボクは頭を強く叩いた。
四回、五回くらい叩くと、ようやくお父さんは目を覚ました。
「いてっ!ちょ!起きるって!!」
「…早く起きろこのタコオヤジ!!」
「ひでぇなぁ。あー、もう今何時?」
「何時だっていいよ。マネージャーさんが迎えに来たから、さっさとアトリエ行きなよ」
お父さんは目を点にしたまま固まった。
信じられないと言った顔だったけど、「おいおい、嘘だろ」と笑ってボクの肩に手をおこうとした。
その手を無理やり振りほどく。
「昨日帰ってきてずっと眠ってたんだよ。起こしても起きやしないんだから」
「え…ちょ、マジで?」
中々今の状態がわかっていないお父さんにボクのイライラが止まらなくて、そのまま玄関を開ける。
玄関前にいるマネージャーさんを見て、ようやく今日が6日だということに気付いたみたいだ。
「…起きました」
「石川先生、おはようございます。お迎えにあがりました」
血の気が引いているお父さんの背中を無理やり押しながら家を追い出す。
「ちょ!ま!ワンチャンス!!ワンチャーンス!!」
「先生、昨日新しい仕事が入りまして…」
「うるせぇ!!ちょ、こう太ー!!」
マネージャーさんに引きずられていくお父さんを最後まで見送ることなく、玄関を閉めた。
遠くでお父さんの声が聞こえていたけど、すぐに静かになった。
ボクは立っていられなくて、その場に座り込む。
途端に、我慢していた涙が出てきて止まらなくなった。
「…こう太くん大丈夫?」
七瀬さんが玄関をノックする音と、心配してくれている声が聞こえる。
近くに聖斗さんもいるみたいで、「奥引っ込んだんじゃね?」と話していた。
インターホン鳴らしてみようか、とか相談していたけど、そっとしておこうと決まったみたいで、話声はそのうち聞こえなくなった。
周りが静かになってから、ボクは声をあげて泣いた。
「くそぉ…」
悔しくて
言い返したいのにどう言っていいかわからなくて
間宮さんがたまらなく嫌いで
涙が止まらない
「大人になりたいなぁ…」
早く大人になりたい
大きくなって
一人で生活して
お金を稼げるようになったら
お父さんを守ってあげられるのに
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