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社長に面倒みて貰い始めたのは、大体五、六年前のことだ。
でも、知り合ったのは俺が大学生の頃で、恩師の教え子だったという社長が大学の発表会に来てくれて、気に入られてからの付き合いだ。
それから今までの間、俺は社長に反論したり反抗したことはない。
社長が全面的に支援してくれて金をだして面倒見て貰っている以上、文句なんか言ってはいけないことが礼儀だと思っていた。
間宮くんが新しくマネージャーに就任してから、何度も変えて欲しいと思ったことはある。
さりとて、社長が善意で手配してくれて、間宮くんの分の賃金まで払ってもらっている以上、俺が文句を言える立場ではない。
けど、もう限界だ。
マネージャーを変えてくれと言えば、社長はすぐに変えてくれるだろう。
しかし、援助してもらっている身の上で、マネージャーが嫌だから変えてくれと我が儘を言って、新しいマネージャーを強請るなんて、一体何様のつもりだろうか。
そんな傲慢になるくらいなら、すっぱり援助を終了してもらおう。
いつまでも善意の上にあぐらをかいて、社長に甘えていてはいけないんだ。
社長は俺と同じくらいの大柄な色黒男を伴ってやってきた。
「待たせてすまないね」
俺のパトロン、道源寺大悟(どうげんじ だいご)は高そうな白いスーツでやってきた。
仕事が終わったばかりだとは間宮くんが言っていたが、疲れた様子は見えず、俺より年上なのにずっと若々しい。
ロマンスグレーのオールバックは乱れもなく、顔に刻まれたシワは笑うと深くなる。
一見、穏やかそうに見えるが眼光は鋭い。
俗に言う、顔は笑っているけど目は笑っていない状態だ。
五十を過ぎているが、細身なので後ろ姿だけを見ると三十代くらいに見える。
「石川先生が全部持って来いとおっしゃったので、一応私が好きなものを持ってきてみたよ。口に合うといいんだが」
そう言うと、大量の酒を色黒男に運ばせるとテーブルの上に置いた。
男は外国のSPよろしく、黒いスーツにサングラス姿だ。
身長は俺よりも大きく、横幅も同じくらいある。
だけど髪はドレッドヘアーで、間近でみると案外若い。
間宮くんがてきぱきと、待っている間に作った酒の肴をテーブルに並べる。
一通り並べ終わると、社長は間宮くんに微笑む。
「シロ、もう君は帰りなさい。クロを連れてきたから後のことは心配はいらないよ」
「…余計に心配なので残ります」
「君に関することだ。聞かせたくはないのだよ」
「…かしこまりました」
社長の言葉に間宮くんは頭を恭しく下げた。
そのまま部屋から出ていこうとする彼を、社長が「そうだ」と呼び止める。
「石川先生のスケジュールのことなんだけどね。明日明後日は休みにしなさい」
「それは…」
「ノルマが気になるのなら、間に合うようにノルマを組み直しなさい。柔軟に対応するのがマネージャーだろう?」
「…かしこまりました」
あんなに俺が言っても変わらなかったノルマが、社長の言葉でこんなにも簡単に変わるなんて…!
でも、ちょっと意外だったのは「かしこまりました」と言った時の彼の声がちょっと不機嫌そうだった。
部屋を出ていく時の後ろ姿もちょっと怒っているようだった。
色黒くんがどこから出したのか、ポテトチップスの袋を取り出すと間宮くんに差し出す。
「シロ、何怒ってんの?菓子食う?」
「結構だ」
そう言うと力任せに扉を閉めて出て行ってしまう。
色黒くんは不思議そうん肩をすくめると「変なの」と呟く。その声は意外と若い。
「しゃちょお、おれゲームやってていい?」
「あぁ、良いとも。だけど、食べかすはこぼしちゃいけないよ?」
「よーし、信長倒そー」
色黒くんは椅子を部屋の隅に移動させて腰をかけると、スマホに夢中になる。
ボディガードがそんなんでいいのか?とか、戦国武将の名前はしばらく聞きたくねぇな、とか思っていると社長が赤ワインを開けた。
それをグラスに注ぎながら、「彼はね、シロの弟なんだよ」ととんでもない発言をした。
思わず三度見ぐらいしてしまった。
「え?だって似てなくね?」
「腹は一緒だけど、父親が違うらしくてね。父親は行きずりの黒人男性だったかな?名前は鉄(くろがね)と言ってね。護身術や格闘技なんかはシロよりもすごいよ。この間十八歳になったばかりだというのに、ゲームばっかりやっていてねぇ。そうそう、彼とシロの間にもう一人、女の子がいてね。間宮三兄弟ってことで、うちの社内では有名なんだよ」
社長と乾杯してからワインを流し込む。
シロガネにクロガネなんて古風だなぁと思っていると、社長は苦笑しながら呟く。
「自分の家族の情が薄いからか、シロは家庭を大事にするというのがわからないんだよ」
「あー…、そんな気がする。家に帰らないことに何の不都合がありますか?とか言われたよ」
「彼らしいなぁ。もっとも、家庭よりも仕事優先というのが私のやり方で、それを教え込んだのは私だからね」
あぁ、やっぱりこの親父が元凶か。
間宮くんのやり方は仕事一徹社長の元でなら良いのかもしれないけど、ぐーたらな俺には無理だ。
「でも、ここにやったのは失敗だったね。私の言うことを聞くロボットのような彼が、私に反抗するなんてショックだよ」
「そんなのしたか?」
「ノルマを減らすのを嫌そうにしていた。よっぽど、君に仕事をさせて有名人にしたいみたいだ」
今度は俺が嫌そうな顔をしてやる。
間髪いれず、嫌だ、そんなのごめんだ、働きたくない、家に帰りたいとだだをこねる。
社長はそんな俺をみて笑いながら「まぁまぁ」となだめる。
「一応言い訳させてもらうと、シロは石川先生の大ファンなんだよ」
「あー…そんな気はしてた」
「君のことは常々、もっと世間に知ってもらうべきだと言っていたよ。もっと世間に素晴らしい作品を発表して、知名度をあげるべきだとね。そのために、仕事をとってきて…」
俺は思わず頭を抱える。
「どうかしたのかね?」
「何で俺のファンって男ばっかりなんだよ…!可愛い女の子はいねぇんだよ!!」
「ハハハハ!!」
社長の大笑いに間宮弟が驚き、キョトンとした顔で社長を見ていた。
ひとしきり大笑いしたあと、今度は白ワインを開ける。
それをグラスに注ぎながら、「もう私からの援助は打ち切ってほしいって?」と尋ねる。
ようやく本題か、と気を引き締めながら俺も焼酎を開ける。
「マネージャー変えてくれ、援助もしてくれっていうのは虫の良い話だろ?それに、いつまでも社長のおんぶにだっこじゃ情けねぇだろ」
「支援金額を増やすと言ってもかい?」
「金額じゃねぇんだよ。わかったのはさ。金は好きだし有名にもなりたくないわけじゃないんだけどよ、そのために全部犠牲にして突き進めるか、って言ったら俺にはできねぇんだよな。金が無くても良いから、もう少し家族のそばにいたいわけですよ」
間宮くんの考える、有名になって不動の地位を得ることも確かに幸せなんだと思う。
でも、それは俺の幸せじゃない。
俺の幸せは。
俺は社長に向き直ると、頭をぺこりと下げた。
「社長、今まで応援してくれて、本当にありがとうございました」
「おいおい、まだ支援を止めるとは言っていないよ。これから帰って検討して、追って回答をだそう」
「今答えられるだろ?イエスかノーかだ」
「言わないよ。土曜日曜と、もやもやしたまえ」
土曜日曜?とスマホを取り出すと、今日はどうやら金曜だったみたいだ。
ここんとこ、また曜日の感覚が無くなっていたみたいだ。
あぁ、だから明日明後日は休むように間宮くんに命じたのか。
社長は澄ましたような顔のまま、間宮くんの作ったカルパッチョを食べていた。
俺は一番聞いてみたかったことを社長に尋ねる。
「どうして間宮くんを俺のマネージャーにしたの?」
「シロが私から離れて、目の届かないところで石川先生に手を出されていたらどうしよう、嫉妬してしまう!けどそれを理由に彼を性的にイジメるのも興奮するな!…あぁそれか、お互いに離れて中々会えないことにお互い恋しくなって、久しぶりに再会したら『寂しかった…』『僕もだよ』『社長…!』『銀…!』ギュ!…とか、色々美味しいかなと思ってね」
「ぶっ!!」
俺は盛大に焼酎を吹き出した。
吹き出した焼酎が変なところに入ってむせて苦しい。
いきなり今までの社長の口から聞いたことのない妄想を話され、俺はどこから突っ込んでいいかわからなくなった。
社長がそんな俺の背中をさすってくれる。
「え…社長と間宮くん…デキてんの?」
「もちろん」
ドヤ顔で言う意味がわからねぇよ。
っていうか、そんなことを成人前の子供がいる前でいうなよこの親父は。
間宮弟を見ると、彼は気にすることなくひたすらスマホでゲームをしていた。
聖斗といい社長といい、俺の周りはなんでこんな奴が多いんだよ。
「それとね、今シロの代わりに第一秘書をやっている男は新婚でね。仕事で家に帰れなくて新妻とイチャイチャできないって落ち込んでいるのを見るのが楽しくてね」
社長は下衆い顔でニヤニヤと笑った。
うん、早くこいつとは縁を切ろう。
*
二時間くらい酒盛りをしてから、社長の車で家まで送ってもらった。
十二時を回っていたので、家の中は真っ暗だった。
そっとこう太の部屋のドアを開けて中に入ると、こう太の静かな寝息が聞こえてくる。
丸まって眠っているせいか、肩から上に布団がかかっていなかったので起こさないようにかけ直してやる。
可愛らしい寝顔を見ていると、良いことを思いつく。
起こさないように、そっとこう太の布団に潜り込む。
こう太は壁に顔を向けて丸まっているので、その背中を抱え込むように抱き寄せると、ベットから落ちないように体を密着させた。
フヒヒ、一緒に寝れるように子供一人にしては大きいベッドを買って正解だぜ。
腕の中に暖かくて、シャンプーなのか柔軟剤なのか、甘くて優しい匂いのするこう太がいる。
ふと、この体勢では好き放題キスができないことに気づく。せっかくこう太が眠っているチャンスだというのに。
…さらっと俺何考えてるんだよ!
自重し…いや、ホントは自重しないといけないんだが。
…俺頑張ったしご褒美くらいいいよな?
俺は上半身を起こすと、こう太のほっぺたにキスを落とす。
「おやすみ、こう太」
こう太を胸の中に抱きしめて瞼を閉じる。
穏やかなまどろみも、静かなこう太の寝息も耳に心地よくて。
俺は幸せだと思った。
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