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休みを思う存分堪能してからの月曜日。
晴天というのも相まって俺の足取りは軽い。
喧嘩したわけじゃないから仲直り、という単語はおかしいんだけど、仕事に必死でこう太に甘えていたことについてはわかりあえた…気がする。
とりあえず、こう太が「家族一緒でいると幸せ」と俺と同じ気持ちでいてくれたのが嬉しかった。
問題は、いつ社長から支援についての今後の方針を連絡してくるかだ。
支援終了と言われたら、大体の目処としてだけど、フランスでの個展が終わってから起業しようと思う。
フランスの個展については、社長の会社の利益も絡んでいるみたいなことを言われ、下手に打ち切られると双方の損害が大きい的なことを社長に言われて、地味に牽制された。
そして金曜の帰り際、社長からはしばらく間宮くんを本社に戻すと言われた。
代わりのマネージャーが来るかはこれから検討すると言われ、社長はそのままリムジンで帰っていった。
アトリエには珍しく先に森崎くんが来ていた。
彼は金曜も休みだったので、三連休明けのせいかいつもより元気溌剌としていた。
それじゃノルマ進めるか、と腕をまくった時のことだ。
尻のポケットにいれたスマホが震える。
着信は社長からだった。
「社長?どうし…」
『石川先生、シロはそちらに来ていませんか?』
俺の言葉を遮っての社長の開口一声。
普段の社長からは考えきれないほど焦った口調の社長に「へぇ?」とアホっぽい声がでる。
何を言っているんだこのオヤジは。
自分で本社(社長の手元)に戻すって言ったくせに。
「来てないけど…何かあったの?」
『そうか…いや、大したことではないんだ。申し訳ないが、シロがもしそちらに行ったのなら連絡をもらってもいいかな?』
社長は俺がうんと言う前に電話を切った。
一応、森崎くんに間宮くんが来たか聞いてみるも知らないみたいだ。
なんかあったんかなーと、二人首を傾げた。
それから五分後のことだ。
また、社長から電話が来た。
『シロはそちらにいるかね?』
「いや、いないって。なんなの?どうし…切れた」
そこから約五分間隔で社長から電話が掛かり続ける。
たぶん五分、間宮くんに電話して繋がらないから俺に電話してきているんだと思う。
いい加減うるさいので、スマホを仮眠室のベットに叩きつけていると、不意にインターホンが鳴った。
森崎くんが出てくれたので俺はノルマやるか、と筆をとると。
「せ、せんせーい!!」
玄関口から慌てた様子で森崎君が叫んだ。
うるせぇなぁと思いながら玄関に向かうと、そこには玄関口で土下座している銀髪頭。
「ブっ!!ま?間宮くん!?」
「おはようございます、石川先生」
盛大に吹き出した俺を気にすることなく間宮くんはそのまま朝の挨拶をする。
いや、挨拶なんかいいから頭を上げろ。
こんなのご近所さんに見られたら、それこそこのアトリエがヤバイ所だと噂されちまう。
無理矢理起き上がらせると、間宮くんはいつもの無表情じゃなくて何だか悲しそうな顔だった。
「お願いがあって参りました」
「なんだよ?」
「…先ほど、会社に辞表を出してまいりました」
「ファ!?」
「もう私は会社とは無関係です。ですのでどうか…。社長の元を離れるというのを考え直してください」
そういうなり、またも土下座を始める間宮くん。
その後ろを、ご近所さんと思われるおばちゃん二人がヒソヒソしながら立ち去っていく。
「やっぱり…アトリエだなんて言うけど…」
「子供達は近づけないようにしないと…」
「ちょ…土下座をやめろー!!」
*
「で…なんでそれで来るのが俺のトコなんだ?」
眉間をこれでもか、ってくらいシワを寄せて嫌そうな顔の保村が低く唸る。
保村の興信所は駅からほど近い、真新しいビルに入っている。
一階全てを使ったそのオフィスは中も真新しく、清潔感に溢れている。
そこの応接室の一つを俺達三人が占拠する。
「ほら、アトリエだと社長突撃してくるかもしれないだろう?華田のとこは診療所で、こんな広い部屋ないだろうし」
「ホントは?」
「お前が困ると思って」
「お前喧嘩売ってのんか!?あぁ!?」
保村が俺の胸元を掴んで揺さぶっていると、秘書らしき男が入ってきて来客を伝える。
舌打ちしてから俺を突き飛ばすと、忌々しそうに睨みつけながら部屋から出ていく。
「茶飲んだらさっさと帰れよな!!」
力いっぱいドアを閉めると、怒りを含んだ足音が部屋から遠ざかっていった。
「…保村さんに迷惑をかけて良いのですか?」
俺の対面に座る間宮くんは紅茶のカップをテーブルに置いてから静かに尋ねる。
その声もいつもよりも沈んでいる。
「いいって。それより、会社辞めたって?」
間宮くんがこくりと頷く。
間宮くんの隣に座る森崎くんも心配そうに彼を見つめていた。
サングラスで顔は見えないけれど、すがるような声で間宮くんは叫んだ。
「はい。私はもう、石川先生のマネージャーではありません。すぐに本社より違うマネージャーが派遣されるかと思います。ですので、どうか社長の援助を断るというのは考え直していただけないでしょうか」
そう言って彼は頭を下げる。
それは社長への忠誠心の言葉なのか、それとも、愛情とかそういうやつか?
「今社長の回答待ちなんだけど、もし今回支援を続けたいと言われても、いずれは支援を終了してもらうと思うぞ。で、やっぱりちゃんと会社なりなんなり作って独り立ちしようと思う」
「何故ですか?」
「なぜって…。むしろ俺の方が、間宮くんに聞きたい。無職になってまで社長に尽くすのってなんで?あの社長、面白半分…いや下衆い理由で君を俺のマネージャーにしたんだぞ」
「それは知っています…私は…」
そう言ったっきり、間宮くんは黙りこくってしまった。
重い空気が流れて、防音設備バッチリと保村の自慢だけあって部屋は静まり返っていた。
静寂は本っっっっ当苦手なんだ。
正直、頭をかきむしって発狂しそうになった時、先に森崎くんが発狂した。
「ぶっちゃけますとね!!間宮くん勿体無いですよ!!だって、世界的企業に勤めていて!秘書で!すごい月給取りじゃないですか!!それを、こんな親父のために仕事辞めるなんて、勿体無さすぎですよ!!」
「こんな親父ってどういうことだ!!」
「お金の問題ではありません!私は…社長が先生の作品を好きだと知っている…ので…」
「よーし、ぶっちゃけるとな!そのウジウジしたような態度が気に食わねぇ!!言いたいことがあれば言わんか!!」
続いて俺も発狂して、隣にも発狂した森崎くんがいて、いつもの鉄仮面は見る影も無く、間宮くんは困ったようにオロオロとしていた。
そして、意を決したのか唇を強く噛み締めると俺に向き直る。
「…何でもします。お金はいりません。お願いです、先生のマネージャーでいさせてください」
お願いします、と必死な声で言うともう一度間宮くんは俺に頭を下げた。
隣の森崎くんは思ってもみない言葉にポカーンとしたバカ面で口を開けていた。
俺の方は何となく予想していた言葉だったので、ため息をついてソファーに深く腰掛ける。
「ホント、俺のファンって男ばっかりなんだよなぁ」
*
「石川先生は特別な方なんです」
今までの彼の態度が嘘だったように、間宮くんは何時もの冷静な調子でポツポツ話してくれた。
「私たち兄弟を児童養護施設から引き取って面倒をみてくれたのが、道源寺社長でした。私のIQが他の人より高いということで、学問にお金をかけてくれました。同じように、パソコンに詳しい妹や格闘技に優れた弟にも、その才能を伸ばす教育を施してくださいました。社長の命じるままに勉強し、秘書と呼ばれる役職に就いたのは19歳の時でした」
児童養護施設という単語に、ちょっと反応してしまう。
こう太に行きたいと泣かれたのは、確か十月くらいで、聞いた時の様子がショックすぎて忘れられない。
お、もうこう太と暮らし始めて半年経ったのか。
ていうか、あの親父は息子同然の間宮くんに手を出したのか。屑か。
あぁ、でも実の息子にキスした俺が最低とか下衆とか言えないよなぁ。
でも、俺のは親子愛だし。親子愛だし。
「20歳の時、石川先生の個展に社長のお供でついて行きました。社長の趣味が絵画鑑賞ということで、美術館や個展などにはよく連れていかれました。しかし、古今東西の芸術作品の知識があっても、私はその良さがわかりませんでした。別段、お供が嫌ということはありませんでしたが、先生の個展にも無関心の状態で会場に入りました。…今でも最初に目に飛び込んできた龍は忘れられません。私は、先生の黒と白の世界に一瞬で惹き込まれました」
龍っていうのはたぶん、ホームページのフラッシュムービーで最後に出てきた奴のことだと思う。
『墨龍の世界』というキャッチコピーが恥ずかしいから早く変えてくれ、と三角ちゃんに言ったけど彼女は気に入ってので、とうとう最後まで変えてくれなかった。
金も結構入ったし、そろそろまたホームページ変えるかなぁ。
「先生の作品が呼び水となって、私は絵に興味を持ちました。古典絵画ではなく、現代美術やイラストの類ですが…。今まで、社長に言われるがまま生きてきて、なんの感動もなく、社長やその御子息様に抱かれている時でさえ何も感じなかった私の世界が、色彩豊かになったんです」
俺と森崎くんは同じタイミングで茶を吹き出した。
すごいサラッと言ったけど、とんでもない発言したよな?
社長のお手つきだというのは知ってたけど、その息子にも抱かれたって…え?
何、世界的企業にはよくあることなのか?
「だ…抱いて抱いてホールド?」
…あぁ、何も知らない森崎くんが壊れ始めている。
「ま?間宮くん、社長に抱かれって…え?」
「はい。肉体関係を…」
「うららあーらーらー!!」
森崎くんは発狂したのち、そっと肩に手を置いてやって「間宮くん、自分を大事にしないとダメだよ?」と慰めていた。
「…正直、先生の作品よりも綺麗だと思ったり、好きだと思った作品はたくさんあります。けれど、先生の作品は私の中では原点であり、私から切り離せないものです。…だから、先生のマネージャーを命じられた時…本当に、嬉しかった」
間宮くんの声が涙声になる。
なんとなく先ほどから喋る様は、年相応…いや、もっと幼く見える。
何かの本で、最大の敵は感動だ、みたいな文章を読んだ。
感動してしまうと、エリート人生を歩んでいても、簡単に道を外してしまう、と。
間宮くんは、社長の英才教育を受けてロボットのように完璧な人間になったんだと思う。
だけど、幸か不幸か俺の作品に感動しちゃったわけで。
「この方の作品をもっともっと世界に知ってもらおう、こんなに素晴らしい作品があるんだと認めてもらおうと、思った結果が…これです。社長という後ろ盾を最大に生かして、先生をもっと有名にしたいと一人息巻いた結果が、先生を不幸にしただけなんて…本当に申し訳ないことをしました」
「不幸ってな、大袈裟だ。まぁ、あれだ。自分の創作スタイルっていうのがよくわかったしな」
本当は何度心の中で彼を罵倒したかわからないが、それを言ってしまうと間宮くんが泣いてしまいそうな気がした。
人間てな不思議なもので、悪者にはなりたくないものだ。
ただ、こう太のことを放ったらかしにするようなノルマの組み方には文句を言ってやろうかと思って、やめた。
俺もちゃんとフォローしていないんだから、自分のことを棚にあげちゃいけねぇな。
「…今でも、私の幸福論は変わっていません。名誉と地位と巨財を貯えることが幸せだと思っています」
「あぁ」
「しかし、私の考える幸せと、先生の考える幸せは違うというのはわかった気がします。私は絵を集めたり眺めたりすることが好きですが、絵は描けません。先生に『楽しいから描け』と言われても戸惑うだけです。一人一人違う考えだから、お互いの考えを尊重する…そういうことなんですよね?」
なんだか教育番組のまとめみたいなことを言われ、俺は困ったなと頭をボリボリかく。
間宮くんはちょっと口角をあげて、俺に尊敬してます!というオーラを出している。
そこまで大袈裟なことじゃないんだけど、なんかますます彼の中のファン率が上昇してしまったみたいだ。
…まぁ、いっか。
「ま、そんな感じだな。あー、俺の考えホントに尊重してくれる?」
「はい」
「週一は必ず休みたいとか、こう太と過ごしたいって言ったらスケジュール変えてくれる?」
「もちろんです」
「16時前に帰りたいとか、昨日飲みすぎたから仕事休むとか、週一回しか働きたくないって言ったら融通効かせてくれる?」
「働けオッサン」
森崎くんのツッコミが入る。
「じゃ、そのままマネージャーやってくれや」
俺の言葉に、間宮くんは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「しかし、道源寺社長の後ろ盾を絶ってしまっても本当に良いのですか?メリットよりもデメリットの方が…」
「いいんだよ。お前、ファンの癖に俺のこと信じてねぇな?社長の後ろ盾無くした瞬間、俺は路頭に迷うのか?」
「…そんなこと、私がさせません」
冷静な表情なのに、声はどこか弾んでいた。
俺は森崎くんと間宮くんの真ん中に立つと、二人の背中をバンと叩いて活をいれる。
「まぁ、むさい三人組だけど頑張っていこうや」
「あー、可愛い女の子のファンつかないかな」
「じゃー可愛い息子に合わせてやる。こう太の飯食わせてやるよ。よーし、俺ん家行くぞー」
二人を伴い、俺はこう太の待つ家へと帰った。
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