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久しぶりにガンガン飲んだので、頭が痛いし気分が悪い。
こう太に昨夜のことを聞くと、間宮さんに送ってきてもらったんだよ、と冷たい目をむけられ呆れられた。
「ごめん。てへぺろ」
「…何それ」
「森崎くんに教えてもらった」
更に見下したような目でこう太に見られた。
昨日の飲みは、森崎くんと間宮くん、音羽くんと俺の四人で飲んでたんだけど。
俺以外20代という若い飲みとなった。
音羽くんなんか、見た目昭和五十年代のサラリーマンみたいなのに、28だというんだから驚いた。
で、若者言葉やネットスラングを色々教わったんだけど。
森崎くんのやつ、何がこれで大丈夫だよ…!
学校に行くこう太を見送ってから、もう一眠りしてからアトリエ行くか、なんてこと考えていたらスマホに着信が入った。
画面には、華田の嫁さんの永子ちゃんの名前が表示されていた。
珍しいな、と思って電話に出ると、永子ちゃんは開口一番。
『石川くん、再婚するってホント?』
「オッフ!?」
朝から変な声が出てしまった。
え?何?俺ってそんな再婚した方がいいの?
それとも、再婚したがっているように見えるの?
「し…しないしない!!何だよいきなり!?」
『やっぱりー!』
今どこにいるのか分からないが、近くに他の女の声がうっすら聞こえる。
永子ちゃんは弾んだ声で何やら近くの女たちに言ってから、また電話口にでる。
「いきなり何なの?」
『何かね、今子供達の見送りに小学校きたらさ、他のお母さん達が噂してるのよ。石川くんが再婚するって』
「はぁ!?いや、しないし」
『アンタ最近、誰かに再婚がどうとか話したんじゃないの?』
「…したけど」
アトリエでの会話は聞かれることないので、誰かに聞かれたとしたら多分、喫茶店での会話だと思う。
最寄り駅から近いとこだから、ご近所さんや小学校の父兄が聞いていたという可能性はなくはない。
ただでさえ、俺結構声でかいし。
『気をつけなさいよねー。最近、売れてきたんだから石川くんの知名度って案外高いのよ?ゲームのCMとかで名前も出たから、小学校の上級生なんかでも石川くんのこと知ってたりするんだから』
「あー…そうか」
『まぁ、まだ石川くんはそこまで有名人ってほどじゃないし、噂の範囲が学校周辺だからいいけど。これからもっと有名になった時、こんな噂がマスコミに知られたら面白おかしく好き勝手書かれるんだからね?発言には気をつけなさーい?』
「はい…」
自分の迂闊さに猛省し、俺は弱々しく頷くしかなかった。
有名人になんかなりたくねぇな。
酒飲んで、「てへぺろー!」とか叫んだ日にゃどんな噂が流れるかわからねぇ。
『じゃ、それだけだから。朝からゴメンね』
そう言って切ろうとする永子ちゃんを慌てて引き止める。
俺は打ち合わせの日以降、考えていたことを永子ちゃんに聞いてみた。
「…やっぱりさ、子供には母親って必要だと思う?」
『え?いきなりなによ』
永子ちゃんは明るく笑っていたけど、俺の声音が真剣だと気づいてしばらく考え込んだ。
「うーん」と悩むような声が聞こえてきてから、彼女も真剣に答えてくれた。
『もし、家事をやってくれる人として母親が欲しいなら、家政婦を頼みなさい』
「ぅえ?」
『アンタが誰かを好きになってこの人と幸せな家庭を築きたい、こう太くんもこの人となら家族になれる、って言ってくれる人。そしてこう太くんを自分の子供として可愛がってくれる人と出会えたらその時、母親になってください、ってお願いすればいいんじゃないの?』
永子ちゃんの言葉を一個一個真剣に聞く。
そうだよな、俺は母親というシンボルだけが欲しくて、母親になってくれる人の中身について考えなかった。
ちょっとだけ、他の誰かと結婚して家庭に入ってもらって、家事してもらったり、こう太の面倒見てもらったほうが良いんじゃないかと考えた。
でもそんなの、本当に家政婦さんと一緒だ。家族ではない。
永子ちゃんは自分の意見を述べてから『なんてね。綺麗事よね』と笑った。
『こう太くんの耳にも入るかもしれないから、なんか聞かれたらちゃんと答えられるようにしておきなさいよ。じゃぁねー』
そういうと電話が切られた。
すっかり眠気は吹き飛んで、だるさだけが残った。
困ったなぁと頭をボリボリ引っ掻いてから、アトリエに行く用意を始めた。
*
お昼休みに、垓くんがボクの隣に座ったかと思ったら、
「こう太のお父さん、結婚するの?」
と尋ねられた。
いきなりそんなことを聞かれてボクの頭はパーンと弾けて、中からピヨピヨとひよこが飛び回っている。
ひよこ達は「けっこんだって!」「けっこんだって!」と騒ぐ。
そのまま周りがお花畑になっていく気がした。
「こう太―?」
垓くんに肩を揺すられて元の世界に戻ってきた。
「え?結婚?しないよ?誰と?」
ボクのことを冗談で「お嫁さん」とか「奥さん」とか言うけど、本当に結婚するとかは絶対にない。
ボクが全力で違うよ、というと垓くんは「やっぱりね」と呟く。
「なんか、クラスの女の子が噂してるみたいだよ。お母さん達が噂してるのを聞いたとかで。こう太に新しいお母さんができるのなら、うちのお父さんやお母さんが話しているはずなのに、おかしいなぁと思って」
「新しいお母さんとか、できるわけないよ。だって…!」
お父さんは今でも死んだお母さんを好きだから。
そう言いそうになったけど、止めた。
というよりも、口に出しちゃいけないような気がして言えなかった。
「…ハゲでクマでお酒飲んでテヘペロとか言っちゃう親父なんだもん」
「…それはモテなさそうだなぁ」
代わりに、言い訳するようにお父さんの悪口を言う。
普段のお父さんを知っている垓くんも、うんうんと頷いてくれた。
そうだよ、いっつもちゃらんぽらんで、ボクが怒ってもだらしなくて、お酒飲みすぎてマネージャーさんに迷惑かけるような、ダメ親父なんだ。
だから。
ボク以外の人がお父さんの側にいられるわけないんだ。
「こう太?」
垓くんの声にハッと我に返る。
今、ボクは何を考えていたんだろう。
とたんに胸がドキドキしてきて、それでいて何だか胸が締め付けられるように痛い。
「ごめんね…、変なこと聞いて」
「う…ううん。大丈夫」
「もうこの話はやめるね。あぁ…そういえば、聞いてくれる?」
垓くんが苦笑いしながら話題を変えてくれた。
ボクはその話に頷きながら、頭の中は別のことを考えていた。
もしも。
お父さんが他の人と結婚することと、家にずーっと帰ってこないこと。
この二つのどっちが嫌かを考えてみたら。
家に帰ってこないことの方がすごく嫌だった。
お父さんが死んじゃったお母さん以外の人と結婚する、っていうのも確かに嫌なんだけど。
心のどっかでそれは絶対にないと思っている。
お父さんは今でもお母さんのことが大好きだからだ。
お母さんのことを忘れられないから、他の誰かを好きになることはないと思う。
チクリ
(…まただ)
最近、このことを考えると心臓なのか胸なのかわからないけど、どっかが痛くなる。
お母さんが恋しいからかな、とか。
お父さんがお母さんを忘れられないことが可哀想だと思うからかな、とか。
色々考えてみたけど、どれも違う。
でも、体のどっかが痛くて、苦しくなってくるから、あんまり考えないようにしている。
だけど、考えちゃいけないと思えば思うほど、ゴールデンウィークのことを思い出してしまう。
『パティ…』
優しい声でお母さんの名前を呼ぶお父さんの声を思い出してしまう。
それえを自分で思い出したくせに、胸が痛くなって、勝手に苦しくなって、勝手に悲しくなる。
ボクはどうしたいんだろう。
垓くんなら何か知っているんじゃないかと思って聞いてみたいんだけど、なんとなく人に話しちゃいけない気がして誰にも言えないでいる。
ボクはひたすら『早く痛いのがなくなりますように』、と必死に心の中で誰かに祈った。
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