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お父さんを何とか送り出して、ボクはそのままお隣の聖斗さん家に向かう。
聖斗さんの「I LOVE DAD」ハンカチに文句を言うためだ。
聖斗さんに中身を確認しないままあげるボクも悪いけど、あのプレゼントで大変な目にあった。
お父さんに抱っこされて、畳の上ゴロンゴロンされて、興奮したお父さんにほっぺた、ぶちゅーぶちゅーって…。
思わず自分のほっぺたをゴシゴシ吹いてから、チャイムを押した。
「どうしたのこうちゃん?」
中から出てきたのは七瀬さんの方だった。
この間会った時よりも元気そうで、優しそうな笑顔にホッとする。
…いや、違うだろ。
「すみませんいきなり。聖斗さんいますか?」
「ごめんね。今ちょうど、バイト先の先輩に呼び出されたとかで出て行っちゃった」
おのれ、逃げやがった。
「最近ラスクにハマっててさ。一杯作ったからお茶していきなよ」
本当は文句言ったらすぐ帰ろうと思っていたんだけど、七瀬さんにそう笑顔で言われてしまったので、ボクは大きく頷いた。
一回食べて感動したラスクに釣られたからじゃない。ラスクのせいじゃない。
本で読んだからとかで、七瀬さんは色んな種類のラスクを出してくれた。
ラスクは通常フランスパンを使って作るお菓子だそうだ。
だけどその本は他のパンでもラスクになるのかということで、食パンとかでもラスクを作るとかいう面白い本だ。
それを七瀬さんが見よう見まねで作ったとかで、たくさんのパンを買ったり作ったりしては片っ端からラスクにしていったそうだ。
「聖斗は飽きた、ってもう食べてくれなくなっちゃって」
「うわぁ…いただきます」
クロワッサンとかライ麦パンのラスクをかじりながら、向い合わせになって七瀬さんとお喋りする。
七瀬さんはもう心配事はなさそうで、注意力散漫じゃないし、ボクの話をニコニコしながら聞いてくれる。
それが、なんだか嬉しかった。
「もう、悩み事は解決しましたか?」
ボクの質問に、最初はちょっとビックリしたような顔だったけれど、ちょっとほっぺたを紅くして照れくさそうに答えてくれた。
「うん、心配かけてごめんね。あのあと、話し合ったというか…まぁ、僕の不安を解消してもらったかな。とりあえず、もう悩まなくなったよ」
「良かった」
「こうちゃんには迷惑かけたね。ごめんね」
「いえ。ななちゃんが元気になってくれて良かった」
七瀬さんが元気になったのが嬉しくて、ボクが笑って答えると七瀬さんも優しく笑ってくれた。
不意に七瀬さんは立ち上がると、ニコニコしたままボクの隣の椅子に腰掛ける。
そして、脇腹を人差し指でつついて来た。
「じゃあ、次はこうちゃんの番ね。最近、何か悩んでるだろー?」
「ふぁ!?」
「お父さんの再婚話じゃないとは思うんだけど…。お兄さんに教えろよー」
こういうの何ていうんだっけ?図星?
七瀬さん何でわかるんだろう。
それともボクがわかりやすいのか、と七瀬さんの笑顔を見ながら不安になった。
*
金曜日の夕方だった。
家に訪ねてきた聖斗さんにいきなり、
「お前の親父が、こう太冷たいって愚痴ってたけど、あの親父なんかしたの?」
そう尋ねられて、思わず固まってしまった。
なんてことを他の人に喋っているんだあの親父は。
イヤミか?ボクへのイヤミなのか?
「再婚の噂のせい?それとも、普段の生活態度?」
「さ、再婚の噂とかは関係ないです…!あと…別に…」
お父さんがなんかしたとかじゃないんだ。
普段だらしないのを怒ったりはするけど、それで嫌いになったりはしない。
むしろ、反対だから困っている。
答えないで黙っているボクを見て、聖斗さんは急かしたりしなかった。
ただ、頭をかいてから「よし、わかった」と一人何か納得していた。
「じゃ、俺がこないだのお礼に良いものをくれてやろう。それを親父にあげれば少しは黙るだろ」
「そんな、いいですよ」
「苦しゅうない、褒美をとらせる。幸い父の日も近い、最近のつれない態度を勝手にサプライズとかって勘違いしてくれるだろうよ、半蔵」
聖斗さんはボクの肩に手を置いてウィンクすると、手をひらひらさせながら自分の家に入っていった。
何が何やらわからないけど、とりあえず言うとおりにしてみようと貰ったプレゼントを渡したら。
…渡したらあんなことに…。
「どうしたの?」
思わず考え込んでしまったボクを見て、七瀬さんが首を傾げた。
慌てて首を振って何でもないことをアピールすると、七瀬さんは笑いながらお茶のお代わりを入れてくれた。
それがちょっとプレッシャーになる。
飲むまで帰らせないよ、っと。
「僕にも言えない感じかな?」
「い…言えません…」
七瀬さんの言葉に、ちょっとだけ心が揺れる。
むしろ、七瀬さんになら言える内容かもしれないからだ。
聖斗さんが兄弟だけど恋人同士でもあるって言っていたから、ボクがお父さんを好きになってしまったことを言ったらわかってもらえるかもしれない。
でも、わかってもらえなかったら?
お父さんに嫌われるのと同じくらい、七瀬さんに嫌われるのは嫌だ。
「…そっか。うん、言いにくいことくらいあるよね」
七瀬さんはそう言ってから、ボクの頭をポンポンってしてくれる。
この間と逆の立場になってしまった。
ボクみたいに無理に聞き出そうとしないで、自分もこんなことが言えたらなぁと思ってしまう。
やっぱり、早く大人になりたい。
そしたら誰にも気づかれないように、もっとうまく笑えるのかな。
「でもね、もし言えなくても、辛くなったら甘えていいからね」
その言葉に顔を上げると、七瀬さんはにっこり笑ってくれて、肩を抱き寄せて頬を寄せてくれる。
ギューッと抱きしめてくれて、肩を掴む手もほっぺたもあったかくてすごく落ち着く。
「僕は聖斗みたいに気の利いたことは言えないから、本当に甘やかすだけなんだけどね。もっと甘えていいんだよ?遠慮しないで、子供なんだから」
「ボクは、早く大人になりたいです」
「それは困るなぁ。僕が、お兄さんぶれないじゃないか」
なにそれ、と笑うと七瀬さんも笑ってくれる。
あったかくて、優しい七瀬さんの声が心地いい。
頭をよしよしとされてると、七瀬さんだけなら話しても良いかなと思ってきた。
まだ、ちょっと怖いんだけど。
「あ…あの、ね」
「なに?」
「だ、誰にも言っちゃダメですよ!?お父さんにも、聖斗さんにも!!」
「言わないよ。絶対」
七瀬さんの腕から離れると、ボクは一度大きく深呼吸した。
何度も頭で繰り返しても、ちゃんと話すのは苦手だからゆっくり話すことにした。
「お…お父さんが…好きなんだ」
僕の言葉に七瀬さんはちょっと不思議そうな顔をしていた。
もうそれだけで心臓がバクバク言っているんだけど。
一度つばを飲み込んでから続きを言う。
「えっと…、聖斗さんと七ちゃんみたいな、れ、恋愛感情で好きなんだ」
「ふぇ!?」
「せ、聖斗さんが恋人として七ちゃんのこと好きって言うみたいに、ボクもお父さんが好きなんだ…」
そこまで言って七瀬さんの顔を見ると、七瀬さんは呆然とした顔をしていた。
その顔がショックで、嫌われるかもと思っていたのでボクはパニックになって泣きたくなってきた。
「あの、変だよね?ボク、お父さんの息子なのに、おかしいよね?気持ち悪いよね?あの…」
「…聖斗が、僕達が恋人とか言ったの?」
「え?」
七瀬さんがボクの肩をガシリと掴んで、優しく微笑む。
ニコニコしながら聞いてくるんだけど、なんとなくいつものオーラと違ってすごく怖い。
そんな姿を見て、聖斗さんに「兄ちゃんには言うなよ」みたいなことを言われたというのにすっかり忘れていた。
まずいこと言っちゃったかな、と思ったけど七瀬さんの問いかけにボクは小さく頷いた。
「あの、余計なこと言って…ごめんなさい」
「ううん。いいんだよ。小学生にこんなこと言った聖斗が悪いんだ。あとで、ちょっとだけ、お 説 教 しておくから」
あ、血の雨が降るってきっとこんなことを言うんだろうな。
*
前、お父さんが何やら考え込んでいてボクをあんまり構ってくれない時があった。
あの時、何か悩んでいても周りの人に心配かけないようにしようと思っていたのに、同じことをしている。
ボクは七瀬さんに、思っていることを話した。
…お父さんが何かしたから冷たくしているわけじゃない。
反対に、お父さんが好きだから、お父さんの近くにいるともっと好きになっちゃうんじゃないかと思ったんだ。
もう考えないようにしようと思っていたのに、それから毎日、ボクはお父さんのことを考えている。
本当はもっと手を繋ぎたいし、頭を撫でて欲しい、好きって言いたい。
ずっとそばに居て欲しいし、そばに置いて欲しい。
本当はボクのことも好きって言ってほしい。
だけど、お父さんの一番はお母さんだからきっと言ってくれないし、お父さんを困らせるだけだ。
変なこと言うなって、怒られるかもしれない。
何より、ボクがこんなこと思っているって知られたらどうなってしまうんだろう。
気持ちが悪いって嫌われるかもしれない。
それが怖くて、お父さんと距離を置いた。
女々しいって笑われるかもしれないけど、気づいたら泣きじゃくっていた。
七瀬さんがオロオロしながらも、ボクの頭を撫でてくれる。
どうしたらいいんだろう、て聞いてみたら七瀬さんはすごく困った顔をしていた。
それを見たら申し訳なくなった。
「あの、ホント、僕気の利いたこと言えないんだけど…。好きな人なら、優しくしてあげて?」
「優しく?」
「うん。えっと、わがままを甘やかすとかじゃなくて、好きな人が嬉しいと思ってくれるように優しく接するの。正直、お父さんは君のこと息子として見ているだろうし、こうちゃんの気持ちがこの先どうなるのか、どうすればいいか僕にはわかんないんだ。ごめん…」
悲しそうな顔で謝るので、慌ててボクも謝る。
七瀬さんはそんなボクをギューッと抱きしめてくれた。
「だけど、好きな人に冷たくするのもされるのも辛いよ。こうちゃん、お父さんと距離を置いてみて楽になった?」
ボクは首を横に振る。
そう、お父さんと距離を置いてみたら、自分の気持ちもやっぱり気のせいだと思えるかなと思っていたのに、お父さんの寂しそうな顔を見てしまうと自分がすっごく悪いことをしているような気持ちになる。
「だったら、距離を詰めてもいいんだよ。お父さんが好きっていう気持ちを、お父さんへの優しさにかえてあげて。好きな人が嬉しいとね、自分も嬉しくなるんだよ。多分それは、恋人とか家族じゃなくても同じだよ。誰かに優しくすると、それだけで幸せな気分になるんだよ」
お父さんと暮らしてきて、何度もそんな時があったと思う。
お父さんに優しくされて、お父さんに優しくして、それだけで幸せだったのに。
何でボクはそれをすぐに忘れてしまうんだろう。
「あ…でも、これじゃ問題の解決にはなっていかな…。えっと。あのね…」
またオロオロし始める七瀬さんを慌てて止める。
「あの、大丈夫ですから。へんなこと言ってごめんなさい」
「えっと、これだけは覚えておいてね。もしお父さんに何か言われて君が傷ついたら、僕がお父さん殴りに行くからね。なんだったら、聖斗も引き連れるから」
「は、はい…」
「僕は、こうちゃんの味方だからね」
七瀬さんが真剣な目でそう言ってくれたので、また泣きそうになった。
*
そろそろお父さんが帰ってくる。
ちゃんと上手く笑えるかわからないけど、もうちょっと距離を縮めよう。
お父さんに優しくして、喜んでもらうんだ。
お父さんに、自慢の息子だって言ってもらえるように。
「ただーいまーっと」
玄関の開く音と、お父さんの声が聞こえてくる。
ボクは急ぐ気持ちを抑えながら、玄関まで走って出迎えにいった。
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