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困った。すごく困った。
お父さんの誕生日に何をあげるかもそうなんだけど、お父さんが誕生日に日本にいないかもしれないんだ。
もし午前中まで日本にいるとしても、空港への移動だなんだでゆっくりおめでとうを言っている場合じゃないかもしれない。
前日に祝うしかないんだけど、なんかすっごく嫌だ。
お父さんにそう言ったら、「じゃあ一緒にフランス行こうや」って言われた。
あっちでお祝いしてくれって。
実はそれもちょっと考えたけど…嫌なんだ。一回、理代子おばさんの家にいたとき、旅行で飛行機に乗ったんだけど、高いし気持ち悪くなるしで、飛行機が怖くなってしまった。
自分がわがまま言っているのはわかっているんだけど、何とかしてお父さんを喜ばせたいんだ。好きな人が生まれた日だから、一杯お祝いしてあげたい。
そんな時、ボクは出かけた先で良いことを思いついた。
「…ということで、何が欲しいか、して欲しいことはないか言ってください」
キチンと正座してボクが尋ねたというのに、お父さんはポカンとしていた。
お父さんは首を傾げながらカレンダーを眺める。
八月のお父さんの誕生日にはボクが大きな字で、誕生日と書いておいた。
「えーっと、まだ俺の誕生日一ヶ月以上先なんだけど」
「知ってるよ。だけど、当日お祝いできないかもしれないから、先に祝うんじゃないか」
「いや、だけどまだ七月だぞ?」
「知ってるってば!」
ちょっと声を荒らげたボクを見て、お父さんが困ったように頭をかいた。
それでもボクが本気だとわかってくれたみたいで、お父さんは腕を組んで考え始めてくれた。
夕方、七瀬さんとお夕飯の材料を買いに行った帰り、隣に入っている本屋さんに、何かいい方法はないかなと思って二人でちょっと入ってみた。
そしたら、なんかレジ前にコーナーが出来てた。
『ラノベ強化月間』と赤い文字で大きく書かれたポスターと、山積みのアニメみたいな表紙の本が沢山並んでいた。
「強化月間?」
「うーん。『今月はこれに力を入れて頑張ります』かな。このコーナーなら、『今月はライトノベルに力を入れます』ってところだね」
七瀬さんの説明を聞いて、ボクの頭の上に電球がピコーンと着いた。
これだ。
お父さんの誕生日は八月の二十三日だけど、今から強化月間をしよう。
毎日大げさなことはできないけど、喜んでもらえるようにお父さんのお祝いに力をいれるんだ。
ということで、お父さんに何がほしいかを聞いて、それをゆっくりと叶えていくことにした。
だけど…。
「…とくに無いんだけど」
お父さんは腕を組んだまましばらく考えてからそう答えた。
いきなりボクの計画がピンチになる。
このままだとボクの強化月間が終わってしまう。ボクはお父さんの服の裾を引っ張った。
「そんな、何かあるでしょ?欲しいものとか!」
「いや、あるけど。物理的に無理だし」
「何!?言ってみてよ!」
「シャンデリア」
「いりません!?」
いつもの勢いで頭をひっぱたいてしまったので、慌てて謝る。
いや、でもシャンデリアとか何に使うっていうのさ。
お父さんはたまにすっごく高い時計とか、金ピカものを欲しがったりする。
いいなぁ、と言うだけで買ったりすることはない。
確かに、それを欲しいと言われてもボクは買ってあげられない。
「他には?」
「えー。じゃあ、毎日ちゅーしてくれる?」
「こっちは真面目なんだよ!?」
「ほら、やっぱり怒るんじゃんかー」
お父さんがブツブツ文句を言い始めたので、ちょっとボクも反省する。
「お前だって物欲ないじゃんか。クリスマスなんか…」
って言うしで言い返せない。
あんまりしつこくしちゃダメだよな。お父さんに喜んでもらいたいのに、困らせちゃいけないよな。
ごめん、って小さく謝ったら、お父さんの顔がパッと明るくなった。
「あ、あった。欲しいもの!」
お父さんの嬉しそうな顔に、ボクも思わず釣られて笑顔になる。
*
テーブルの上には、のりやハサミ、色画用紙に色ペンとかクレヨン。
お父さんの欲しいものは、幼稚園児とかが作る「肩たたき券」とか「お手伝い券」だそうだ。
お父さんはテーブルの反対側に座ってニコニコしながらそれを見ていた。
ボクは五回くらい、それで良いのか?って聞いてもお父さんはうんとしか言わない。
「…ちっちゃい子みたい」
「だって、そのちっちゃい頃は一緒にいなかったじゃん」
「まぁ…そうだけど」
「華田っているじゃん。あいつさ、すっげー目つきも悪いし性格もひん曲がってるのにさ、財布に娘からもらった「肩たたき券」ずーっと大事に入れてるんだよな。娘が一番最初に作ってくれたプレゼントだって。そういうの見ちゃうと、父ちゃんもイイなぁとか思ってしまうわけですよ」
ボクはお父さんによる垓くんのお父さんの話を聞きながら、十枚綴りの画用紙に「肩たたき券」と文字を書いていく。
お父さんがそういう物をもらったことが無いみたいに、ボクも作るのは初めてかもしれない。
今よりも小さい頃は、おじさんやおばさんには確か似顔絵を上げていた気がする。
お父さんの似顔絵だったら簡単そうだ。
本当は、切ったり貼ったりする図工はそんなに得意じゃないんだ。
「でも、あれだな。父ちゃんは、こう太と暮らし始めてから物欲なくなったぞ」
「え?」
「前は、アレ欲しい、コレ買おうとか思ってたんだけど、今はあんま思わなくなったな。代わりに、家族でいる時間がもっと欲しくなったなー。だから、誕生日なんかくれるつもりでいるなら物はいいからな。こうやって構ってくれるだけで父ちゃんは嬉しいからな」
「そんなの…」
そんなのわかっているから、ボクが必死なんじゃないか。
実際何をすればお父さんが喜ぶかわからないから聞いているというのに「無い」とか言うし。
ボクがちょっと不機嫌になったのが伝わったのか、お父さんがボクの顔を伺ってくる。
「何?また俺何か言った?」
「…知らないよ」
「あ、でもその拗ねてる口可愛いな。タコっぽい」
そんなことを急に言われて恥ずかしくなる。
慌てて口元を隠して色ペンを投げて攻撃すると、お父さんはやめろって言うけど、その顔は笑っている。
十枚綴りの肩たたき券をホッチキスで止めると、お父さんに投げつけた。
だというのに、お父さんは嬉しそうにニコニコしながら「あざーす」と喜んでいた。
お父さんは一枚一枚ペラペラめくっていく。
一応、色とか字とか変えてみたんだけど…。
「あれだよな。うん、お前の字個性的だよな」
「下手って言えばいいだろ!!」
そう、ボクは図工も苦手だし、字も下手なんだ。書道家で水墨画なんかもやるお父さんの息子なのに。
だから、最初の頃は結構本気で血が繋がっていないんじゃないかと疑ってた。
「どうせ下手だよ!お父さんの子なのにね!」
テーブルに突っ伏したボクの背中をお父さんの大きな手が撫でる。
なんか色々慰めてくれているようだけど、とりあえず聞かない振りをしておく。
そう、図工が苦手で思い出したことがある。
その思い出したことをどうお父さんに隠せばいいのかを、ボクはお父さんのお誕生日強化月間のことなんか忘れて、ずーっと考えることにした。
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