アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
(6)
-
八月にとうとう入ってしまった。
実はボクのお誕生日強化月間はまだまだ続いている。
だけど、あんまりうまくいっていない。
(6)
今日は八月三日。
今日からお父さんの個展が百貨店の催し物コーナーのところで開催される。
老舗だという百貨店の三階でやるんだけど、広いスペースなのにそんなにお客さんがいなくてなんだか心配になってくる。
初日だから遊びに行ったら迷惑かな、と思ったんだけどそんなことは全然なかった。
お父さんの捻挫はもう良くなってきて、海から帰ってすぐは結構辛そうに歩いていたけど、今はもう平気そうだ。
ただ、会う人会う人みんなに「海行って泳がずに帰ってきたバカ」みたいな感じでバカにされて不機嫌そうにしていた。
最初はお父さんのせいだから仕方ない、と思っていた。
だけどみんなにそんな感じで言われているもんだから、ボクがお酒飲ませなければ怪我しなかったのに、って遠まわしに責められているみたいで、だんだんボクも悲しくなってきた。
だから、保村さんや垓くんのお父さんに「ボクがお酒飲ませないようにすれば良かったんです。ボクのせいなので、あまり言わないであげてください」って言ったら、さらになんかお父さんがお説教されていた。訳がわからない。
とりあえず、お父さんはいつ作ったのかわからない金色のメガネと、どこから持ってきたのかわからない紫色のスーツを着て会場中をウロウロしていた。
ホント、授業参観あの格好じゃなくて良かった。
「いやー暇でいいなー♪」
「ほ、保村くん、暇とか言っちゃダメだよ」
受付とグッズ販売のアルバイトには七瀬さんと、何故か保村さんのところの熱志さんがいた。
お父さんが保村さん経由で熱志さんに声をかけてたみたい。
熱志さんが言うには、高校が厳しいところみたいで、バイトの許可が中々おりないけど、短期ということで今回許可がおりたんだって。
こういう受付とかには森崎さんがいると思っていたから、いないのが珍しいですねと間宮さんに尋ねると、交代制らしくて午後から来るみたいだった。
そんな間宮さんもちょっとお父さんと話をしたら、どこかに行ってしまった。
間宮さん忙しそうだなぁ。お父さんは暇そうにしているのに。
暇とか言った熱志さんを七瀬さんが注意するけど、実際見ているお客さんは殆どいないからこうやってお喋りもできる。
会場を伺うお客さんは何人かいるけど、ちょっと見たらすぐ出て行ってしまう。
ボクは受付のお手伝いってわけじゃなくて、熱志さんがつまんないからいてくれとお願いされて近くの椅子に座っていた。
ホントはしっかり受付しなくちゃいけないんだけど、ついついお喋りしていたらお父さんに見つかってしまい。
「あんま喋ってんなよー。お前らの笑顔で俺の女性ファン増やす作戦なんだからな」
と、よくわからない注意を受けた。
ふ、と七瀬さんの右手を見ると薬指に銀色の指輪をしているのが見えた。
飾りとかついていなくて、すごくシンプルな指輪だった。
「七ちゃんがアクセサリーしているの珍しいね」
ボクは普通にそう聞いたのに、七瀬さんがすごい慌てて顔を真っ赤にした。
「う、うん。誕生日プレゼントなんだ。…変な奴に手をだされないようにつけろって…」
「うわぁ…」
「そんなこと言われなくてもしていくのにね」
七瀬さんはそう嬉しそうに言うと、指輪を幸せそうに眺めていた。
誕生日プレゼントってことは、聖斗さんからのプレゼントか。聖斗さん、ずーっとバイトしていたもんな。
「ね、綾凪さん。アレ知り合い?」
「え?」
熱志さんの指差す方を見ると、会場の入口近くの柱からジーッとこっちを見ている聖斗さんがいた。
なんかすっごい不機嫌そうな顔で、主に熱志さんを睨みつけていた。
「聖斗…来ないって行っていたのに…」
七瀬さんが右手を額に当てて大きなため息をついた。
*
見つかった聖斗さんは「ういーす」と言いながら受付にやってきた。一応七瀬さんが熱志さんに弟ですと紹介すると、熱志さんも軽く頭を下げた。
なんでも、大学に行く前にちょっと七瀬さんの様子を見に来たとかで、お父さんの個展には一切興味がないと言い切った。逆に清々しい。
そんなところにまたお父さんがやってきた。ホントに暇してウロウロしているので、10分に一回は受付にやってくる。
聖斗さんをみるなり、よ、と手をあげた。
「おう、聖斗来たんだ。何か買え」
「買うか!っていうか、なんで兄ちゃんにはバイトの声かけて俺には声かけねぇんだよ!」
「ほら、俺の個展だから気品が欲しくてよ」
「紫色のホストスーツ着たオヤジが何言ってんだよ!!」
そんな言い争い?を二人がしているのを呆れながら聞いている時に、熱志さんがお父さんの本を見ながらボクに話しかけてきた。
「これ小説だっけ?こう太読んだ?」
手にとったのは、小説から挿絵、表紙の水墨画と題字まで全てお父さんが書いた本。
グッズ販売で一番の売りなのに、今ひとつ売れていない。
パラパラめくりながら、熱志さんは顔をしかめた。
「この本のタイトル何て読むんですか?おにいち…?」
「『鬼市(きし)の夜』っていうんですよ。泥棒市みたいな感じかな」
七瀬さんがボクの代わりに答えてくれた。一応、家にも何冊か置いてあるから読んでみようと思ったんだけど、漢字ばっかりでボクもまだ読んだことはない。
「へー。あー…ダメだ俺、漢字多いの苦手だわ」
「ボクもまだ読んでないんです。ボクにも難しくて…。早く大人になって、読みたいな」
「あ、これそうでもないぞ」
そう答えたのは意外にも聖斗さんだった。本を読まなそうっていうのもあるんだけど、お父さんの本を読んでくれたっていうことに驚いてしまった。
更に驚いたのが、聖斗さんの言葉に七瀬さんも少し考えてから「そうだね」と頷いたことだ。
それが意外すぎてボクは思わず変な声が出た。
「漢字多いけど、内容はそんなに難しくはないよ。ねぇ?」
「な。挿絵だなんだで立派そうにみえるけど。要はあれだ、『布団がふっとんだ』レベルのギャグを勢いと大声で笑わせにかかるようなもんだ」
「う、うちのお父さんの本をギャグと一緒にしないでください!!」
「どんな内容なんですか?」
熱志さんの質問に、二人はうーんと考え込む。
ボクはほんとに小説の内容はわからないし、お父さんに聞いてもいないからどんな小説なのか、これっぽっちもしらない。ドキドキしながらどんな話なのかを待つ。
「こうちゃんの前で言っていいのかな。小説っていうより、自伝なんだよね」
「自伝?」
「自分のこれまでの人生を小説にしました、って感じかな」
「で、最後みんな死ぬ」
「死ぬの!?」
聖斗さんの言葉に、「ネタバレするな」って七瀬さんがちょっと怒った。
え?じゃあやっぱり死ぬの?
「えーっと、舞台が昔の中国で。一人の武将が天女と恋に落ちるんだけど、天女が天界に戻らなくちゃいけなくなって、二人は離れ離れになるんだ。それで、武将が落ち込みながら日々を過ごしていたある日、武将の息子だっていう麒麟が現れて二人で生活を始めるっていう内容だったよ」
それ、どっかで聞いたことあるような話なんですけど。
武将がお父さんでキリンが息子とかって、すっごく前に聞いたことがあるんですけど。
っていうか挿絵でおじさんとキリンが仲良さそうにしてるの見たけど、あの絵はつまり「ボク達仲のいい親子なんです」ってことですか?
「武将が麒麟のことチュッチュペロペロしたいって書いてあるぞ」
「嘘だ!!」
聖斗さんの冗談に真っ赤になって怒ると、七瀬さんと熱志さんになだめられる。
っていうか、お父さんに問いただしてやると思ってお父さんを探しに行こうとしたら。
「お前の父ちゃん、師匠の先生だかにスーツが派手だって怒られてるぞ」
お父さんがすごい勢いでおじいさんに頭を下げていた。
ボクはもう恥ずかしさとか情けなさだとかで、頭がぐちゃぐちゃになってため息しかでなかった。
*
聖斗さんが大学へ行くために会場を出て行くと、途端にまた静かになる。
気分転換に、という事で熱志さんがボクと七瀬さんにちょっとブラブラしてこいと言ってくれた。
「会場内一周してくるだけでも違うだろ、この分なら俺一人でも見れるわ」
そう言うと、まばらな会場を見て苦笑いした。
ボク達は熱志さんにお礼を言ってから、会場の展示物を見て回ることにした。
だけど。
とりあえず、この個展が今ひとつなのはお父さんの写真がこれでもか、ってくらいに飾られているからだと三歩歩いてすぐわかった。
白黒の写真でやたらとカッコつけているポーズのお父さんの写真が作品よりも多いコーナーなんかもあって、ボクと七瀬さんは思わず無言になってしまう。
うん、写真すっごいカッコイイと思うよ。スーツよりも着物や袴がカッコイイんだ。すごくかっこよくて、好きって思うんだけど、ウザイとも思ってしまうのはなんでだろう。
それでも入口から奥の方になってくると、間宮さんに見せてもらった「仙人と麒麟」シリーズがたくさん並べられていた。
キリンを優しく撫でる仙人とか、木に絡みついている蛇を不思議そうに見つめるキリンとか、キリンが走っている背中に必死にしがみついている仙人とか。
「僕ね、芸術とか書道とかよくわからないけど、このシリーズは好きだよ」
一番大きな水墨画の前でそう七瀬さんが言ってくれた。
それがまるで自分のことのように嬉しくて。でもなんだか照れくさくて。
仙人とキリンが幸せそうに頬を寄せ合っている画を見ながら、「ボクも」って答えた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
58 / 203