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「えーっと、一週間ご苦労さまでした!乾杯!!…すいませんおかわり!!」
「ちょ!おっちゃん早っ!!」
お父さんは乾杯をすると、一気にビールを飲み干した。そしてすぐにビールのおかわりを呼んだ。
いつもだったらペースが速いと怒るんだけど、まぁ今日はいいか。打ち上げだもんね。
お父さんの一週間の個展は無事に終わった。
個展の成功とお疲れ様を兼ねて、スタッフの森崎さんと間宮さん、アルバイトの七瀬さんと熱志さん、それとボクら親子をいれてまた焼肉屋さんに来た。
一週間はあっという間で、割と後半はお客さんも結構来てくれたみたいだった。
忙しかったよと七瀬さんが言ってくれて、本も結構売れたみたいで嬉しくなる。
結局、ボクの方は本読んでいないんだけど…。
「次はフランスかー。日本がこの調子だったから、どうなるんでしょうね?」
そう、日本の個展が終わってあと二週間もしたら、今度はフランスで個展を開く。
少しは有名であるはずの日本でこんな調子だったのに、有名じゃないフランスではどうなっちゃうんだろう。ボクもそれが心配だった。
森崎さんがキムチを食べながら心配そうに言うと、間宮さんは無表情のままサングラスをクイ、と持ち上げた。
「心配ありません。この一週間の流れを監視カメラで全て録画してあります。その統計に基づいた人の流れ、人気作品に立ち止まる時間などを全て計算済みなので、日本のようにはなりません。更にすでにフランスで…」
「わかった、わかった。頼りにしてるって!」
間宮さんは冷静に解析をしはじめたので、お父さんが大声でそれを遮った。
森崎さんも苦笑いしながら間宮さんのお皿にお肉を盛ってあげて、そのまま渡してあげていた。
喋り足りないのかそれとも途中で止められたせいなのか、間宮さんはちょっと不満そうにお皿を受け取って食べ始める。
「間宮さんて頭いいけど、たまに面倒くさいですね」
「保村くん!」
熱志さんの直球に間宮さんはフリーズしてしまった。
「あ、そうだ。こう太、俺がフランス行っている間は森崎くんが家に来るからな」
「え?森崎さんはフランス行かないんですか?」
「俺は行っても仕方ないもん。間宮くんが行くし、現地スタッフもいるからね。だから、こう太くんの面倒見に行くから。よろしくね~」
お父さんがフランスに行く期間は一週間。一週間くらいなら一人でも平気かなと思っていたから驚いた。
森崎さんはすごく良い人だから来るのは嫌じゃないんだけど、森崎さんが来る頃にはお父さんの誕生日も来てしまうことに焦ってしまう。
「森崎さん、こうちゃんの家に来たらうちにも来てください。お夕飯一緒に食べましょう」
「うん、綾凪くんのご飯すごく食べたいんだけど…。弟くんが怖くてなぁ…」
「すみません…」
「なんだ。こう太はうち来るのかと思ってたのに」
熱志さんや七瀬さん達の話を聞きながら、頭はずっとお父さんの誕生日強化月間について考えていた。
*
それからお父さんが出発する日まで、ボクにできそうなことはやったと思う。
まぁできることと言ったら、お父さんの好きな料理の作り方を七瀬さんから教わって作ってあげるとか、肩叩いてあげたり、お掃除してあげたり。
あと、あんまりボクは好きじゃない匂いだけど、お父さんの好きな柔軟剤でお洗濯したり、真っ赤なスーツ着て喜んでいるのを「カッコイイね(棒読み)」と言ってあげたり。
とりあえずお父さんは喜んでくれているみたいだ。
そして、八月二十二日。
お父さんは明日の朝八時には家をでなくては行けないから、やっぱり今日中におめでとうを言うことをした。
お父さんは「どっちでも変わんねぇって」とヘラヘラ笑っていた。
プレゼントはフランスに持っていけるように下着セット。父の日も似たようなものをあげたから、来年からは違うのにしたらいいかな。いや、もう考えるの面倒だからそのままでいいかな。
そんなことボクが思っているのもしらないで、お父さんは嬉しそうに畳の上をゴロゴロしてた。
「あーすっげー嬉しい。ありがとなー」
「どういたしまして。それでね…」
ボクは姿勢を正してお父さんに向き直る。突然真面目な顔になったボクをお父さんは不思議そうな顔したまま、体を起こした。
「今日でお父さんのお誕生日強化月間を終わりにします」
「ぶ!まだやってたのかよ。どうりで、最近優しくて可愛いなと思ったら…」
「可愛い言うな!」
ボクの終わりの言葉を聞きながら、お父さんはへへへと笑うとボクを膝の上に乗せてギュッと抱っこした。
何時もだったら、いや今もすごく恥ずかしいから逃げたいんだけど、強化月間最後くらいいいかなと思ってボクもお父さんに抱きついた。
「じゃあ、こう太の誕生日には俺が頑張らねぇといけねぇな」
「い、いらないよ…」
「またお前はそんなこと言う。ま、嫌って言ってもやるけどな」
またなんか企んでいる顔のままニヤニヤ笑うから、ひっぱたいてやろうかとも思ったけど、「今日中はお誕生日強化月間なんだろ?優しくしてくれよ~」とお父さんに言われてぐっとこらえた。
なんでさっき、「これをもって終わりにします」と言わなかったんだろう。ボクのバカ。
そんなことを考えていたら、お父さんは壁に寄りかかった。ボクの体の向きを直して、ちょうど向き合うように膝の上に座らせる。ニコニコしながら頭をガシガシ撫でる。
「父ちゃん、すげー嬉しいなぁ。息子にこんな一杯お祝いしてもらって。フランス個展頑張れそう」
息子っていう言葉にちょっと胸が痛くなる。父ちゃんっていう言葉は平気なのに。
息子っていうのはもうどうしようもないことで、お父さんにとってボクは息子でしかないから、胸が痛くなる方がおかしいことなんだけど。
それを知られたくなくて、ちょっと嫌味な感じに返した。
「頑張れそう、じゃなくて頑張ってきなさい」
「へーい」
それでもやっぱりなんかズキズキ痛くて、ちょっと落ち込みそうになる。
聖斗さんみたいに、「好き」って言えればいいのに。
「ん?どうした?」
い…言っちゃおうかな。強化月間だし。
「あ、あのね。ボクね、お父さんが、す…好きだよ」
「へ」
「か、勘違いしないでね!お仕事頑張ってるお父さんがだからだよ!だから、フランス…」
ボクが言い終わる前にまたお父さんに抱きつかれた。そしてそのまま畳の上をゴロゴロし始めた。
やめんか!と怒鳴ろうと思ったら、お父さんの動きが急に止まった。
「父ちゃんもこう太が好きだよ」
優しい声がふってきて、好きって言ってもらえて嬉しいはずなのに。
やっぱり口調が「お父さん」の口調だから、ボクの本当の気持ちは伝わっていない。
ちょっとだけ泣きたくなった。
*
昨日は早めに寝たはずなのに、飛行機に乗ったとたん睡魔が襲ってくる。
また隣にいるのが間宮くんだから、会話も最低限しかなくて正直暇である。
一週間ちょっと心配だけど、まぁ彼だって同じように思っているかもしれないからお互い様だ。
俺がうつらうつらしている一方で、間宮くんはシートベルトを外したとたん、手帳を出して何やら真剣にスケジュールを書き始める。
それを見て、言っておかなきゃならんことを思い出した。
「そうだ。九月のスケジュールちょっと緩めにしてくれるかな?まだそんな埋まってないよな?」
「はい、それは平気ですが。何かあるのですか?」
「あぁ、誕生日の強化月間をしたいんだ」
「強化月間」
間宮くんが不思議そうな顔をしている。その感じが面白くて俺は笑ってしまった。
まず聞いたことのない単語だよな。
ほんと、子供って何考えつくかわからねぇや。
「九月の二十七日がこう太の誕生日なんだ。まぁ、ここ最近忙しかった分、もう少しそばにいたくてな。あぁ、だから、その日は絶対一日開けてくれよな」
「誕生日」
「おう。っていうか、日本に帰ったら、皆ちょっとゆっくりしようや。森崎くんも間宮くんも頑張ってくれたから、遊びに行ったりして羽伸ばしてこいよ」
俺の言葉にやっぱり不思議そうに首を傾げながらも「わかりました」と了承してくれた。
間宮くんは気づくと仕事の話ばかりですよ、と森崎くんが苦笑していたのを思い出す。
逆に休ませる方がストレス溜まるのかもしれないな。
でも、俺は何があろうと休むぞ。石にかじりついてでも。
自分の誕生日なんかどうでも良いが、こう太の誕生日は大事なんだ。
愛しい息子の生まれた日で。
パティの命日でもあるんだから。
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