アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
Day first in the last
-
私はアナタの一番になりたい
私はアナタの一番でありたい
(1)
森崎さんがうちにやって来て最初にやったことは、お茶碗を買いにいったことだ。
最初はお父さんのお茶碗を使いますか、と言ったけど「丼はちょっと大きいかな」と苦笑いされた。
普通に使っていて気付かなかったんだけど、お父さんのは丼くらいの大きさなのか。
反対に森崎さんは自分の家の持ってこようかと言ってくれたけど、お客さん用のは前から買おうと思っていたからいい機会なんですと断った。
とりあえず、お茶碗を二つ。緑色のと紺色のやつを買ってきた。
それから、家に帰ってきてくつろいでくださいと言ったら、森崎さんがなんか思い出したみたいで立ち上がった。
「こう太くんさ、習字やらない?」
「習字ですか?」
そう言って持ち出してきたのは、お習字セットだった。
森崎さんは主にお父さんの代わりに習字教室の先生をやっている。確かに、教え方とかも慣れていると思うんだけど。
ボクの字が下手だからお父さんに頼まれたのかな。
「ボクの字が下手だから、お父さんに頼まれたんですか?」
「もし君がやりたいって言ったら教えてくれって言われたんだけど。どうせだったら、お父さんがいない間に練習してびっくりさせようよ。こう太くん、そこまで下手じゃないからすぐ綺麗な字になるよ」
ね?と森崎さんに笑顔で言われて、ちょっと良いなぁと思い始める。
お父さんに習うよりも、森崎さんだったら聞きやすいし。
何より、びっくりさせるという言葉がボクの気持ちを刺激する。うん、サプライズ良いな。
お願いします、と言ったら森崎さんはすぐに教えてくれた。
森崎さんとの一週間は楽しくてあっという間だった。
交代でご飯作ったり、七瀬さんのところにご飯食べに行ったり(聖斗さんが森崎さんを威嚇しては七瀬さんに怒られてた)
たまに美味しいラーメン屋さんに連れてってもらったり、ゲームセンターでぬいぐるみとってもらったり。
お習字の方も、森崎さんはすっごく教え方が上手だからボクの字もちょっと上手くなった。
それと同時に、お父さんの書いた本を読み始めた。
わからない文字は辞書を引いたり、森崎さんに聞いたりして何とか頑張って読んでいく。
七瀬さん達が言っていた「最後みんな死ぬ」が怖いんだけど。
内容は、七瀬さんが教えてくれた通りだった。
昔の中国に、曹灰針という元武将の男がいた。曹灰針は都にいたけど、怪我をしてしまったので故郷の村に戻ってきた。畑を耕しながら暮らしていたんだけど、ある日山菜を取りに山へ入ったら美しい天女に出会う。天女は気まぐれに遊びに来たということで、曹灰針に話し相手になってくれとせがむ。
天女は無邪気で主人公を振り回すんだけど、段々と二人は恋人同士となる。幸せな日々が続いていたんだけど、天女が人間界に頻繁に来ていたことがバレてしまって、戻らなくては行けなくなった。二人は涙を流しながら別れることになってしまった。
主人公は毎日落ち込んで、ついには病気がちになってしまった。そして、別れてから何年か経った頃、家にこもっていてはいけないと言う旧友に誘われて、鬼市(きし)に遊びに行った時。
[…灰針は己の目を疑った。濃紺の空を割り、黄金ほどに輝く光を放ちながら七色の雲を纏い己の元へ向かって走ってくるのは、漆黒の毛並みも艶々しい麒麟であった。
その絹糸のような鬣(たてがみ)が緩やかに風にたなびく様は、嘗て己の愛した天女の美髪が風に遊ぶ様によく似ていた。
麒麟が灰針の前に現れると、其の金色の無垢なる瞳で灰針を見上げた。
(父上)
灰針の心に麒麟の声が流れてくる。その澄んだ声は、川の和流(せせらぎ)を思わせる。驚きに声が出ないでいたが、灰針は吸い寄せられるように麒麟の体に手を伸ばした。痩せて骨と皮になった白い手がゆっくりと慈しむようにその背を撫でる。
麒麟は喜んでいるのか、嬉しそうに瞳を閉じると、灰針へと鼻先をこすりつけて甘える。
麒麟への愛おしさに灰針も嬉しそうに目を細めた…]
そこまで読んで、ボクは本から顔を上げた。
するとメールをしていた森崎さんがどうしたの?って声をかけてくれた。
「今ようやくキリンが出てきたんですけど、何時になったらこれ妖怪とかでるんですか?」
「え?いや、妖怪は出てこなかったと思うんだけど…」
「じゃあ、西遊記の孫悟空みたいなヒーローは?」
「あー出てこないねぇ」
「なんだ、つまんない」
ボクの言葉に森崎さんは苦笑いする。
みんな死ぬっていうから、悪い妖怪とか、正義のヒーローとか悪の将軍とかがやってきて、武将が戦ったり、麒麟が戦いの中で死んじゃうような、バトル物になるのかと思っていたのに。
二人で生活を始めるって、もしかして日常系ってやつなのかな。
でも、ボクの予想は外れることはなかった。
主人公と麒麟は貧乏だけど幸せに暮らし始める。
主人公はちょっとずつ元気になってきたり、動物と話せる麒麟に蛇の友達ができたり、麒麟の背中に乗って空を飛んだり。
そういう小さな出来事を繰り返して日々が過ぎていった。
だけど、天界の綺麗な空気と違って、人間界の空気というのは神聖な麒麟には毒ということで、段々と麒麟が弱っていくんだ。
「も、森崎さん!死亡フラグが!麒麟が死にそうなんですけど!」
「大丈夫だから、読みすすめてみなって!」
[…麒麟は弱々しく首を持ち上げると、甘えるように灰針に鼻先をこすりつける。灰針はその背中をそっと撫でてやるも、その毛並みに艶やかさはなく、死んだ獣のような手触りだった。それでも父に撫でられて喜んでいるのか、麒麟は苦しさに瞳を潤ませながらも笑みを浮かべた…]
「森崎さぁん!!」
「大丈夫じゃないけど、大丈夫だから!!」
森崎さんはそう言ってくれるけど、ボクは怖くてその先が読めなかった。
最後に読んだところは、
[…麒麟を助ける最善とは、麒麟を天界に戻すことだ。しかし、麒麟はそれを拒む。父上も一緒でなければ厭であると。けれども、天界へは人は踏み入れてはならない神聖なところである。世俗の身で天界へ足を踏み入れれば忽ち裁きを受けるであろう。
それを説くも、麒麟は頑なに拒む。今一度天界に戻れば、もう二度と会えないことを知っていたからであった。其の間にも、日に日に麒麟は弱っていく。
灰針は悩んだ。そして、己の天命を憎んだ。灰針は嘗てないほどの憎悪を含んだ声で絶叫した。『天よ、また我より愛するものを奪うのか』と。…]
ボクのテンションはガンガン下がっていく。どうみてもバッドエンドになりそうな展開に、落ち込んでしまって立ち直れない。
主人公も病気がちだから、もしかしたら麒麟と一緒に死んじゃうかもしれない。
「ほら、元気だしてよ。そうだ、また習字やる?明日、先生帰ってくるからお習字見せてあげようよ!」
森崎さんがボクの背中をさすったりして元気づけようとしてくれるけど、ボクの気持ちは回復しない。
そう、お父さんは明日帰ってくるんだけど、全然楽しみじゃない。
むしろ帰ってこなくていいよ。
*
一週間は結構あっという間なのに、日本に帰ってきて最初の感想は「あぁ、ようやく帰ってこれた」だった。
とりあえず、フランス個展は順調な滑り出しだった。わりとフランス美女のファンができたことが嬉しかった。まぁ、男女比が相変わらず8:2くらいなんだが…。
あとは十月にまたフランスに行って締めの挨拶をするくらいで、ほとんど俺の役目は終わった。
「先生、間宮くん、お帰りなさーい!」
空港まで迎えに森崎くんとこう太が来てくれた。
すっげー嬉しくて、こう太―!と駆け寄ったら何やらこう太の機嫌が悪い。
むすーっとした顔で、隣にいる森崎くんが仕切りに機嫌を伺っていた。
何かしたか?と思いながらとりあえず家に帰ったら、開口一番。
「なんで殺したのさ!?」
そう言いながらいきなり俺をポコポコ殴り始めた。
何か親の敵のようなことを言い出したので、何が何やらわからない。
「なんで麒麟殺す必要があるのさ!?」
「麒麟?あぁ、小説読んでくれたのか?ありがとな!」
「バトルもないし、ヒーローも出なくてつまらないのに頑張って読んだのに!」
「ぐへぇー…!」
いや、うん、つまんない本ですよ。わかってますよ。英雄も戦闘もない、ただの俺とこう太の日常を下敷きにした自伝という名の小説ですよ。
華田とか保村とかみんな読んでくれたけど、反応は「あぁ、うん。いいんじゃない?」とかいう微妙な反応ですよ。
だからって、だからって…。
直球投げなくてもいいじゃんか…。オブラートっていうもんがさ…。
テンションがガンガン下がって体育座りする俺の肩をこう太が揺さぶった。
「…麒麟と主人公は離れ離れになるの?」
顔をあげてこう太を見ると、悲しそうな顔をしていた。
「あれ?最後まで読んだんじゃねぇの?」
「こ、怖くて読んでない…。ねぇ、二人は幸せになれるの?」
不安そうな瞳が俺をじっと見つめる。
多分、俺とこう太がモデルっていうことはわかってくれてるみたいだ。だから、麒麟が死んでしまうことが怖くて、自分達が幸せになれるのかが気になるんだと思う。
俺はこう太を抱き寄せると、頭を撫でる。麒麟の背を撫でるような気持ちで。
「それはネタバレになるから言えねぇな」
「でも、最後みんな死んじゃうんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどよ。父ちゃんがこうだったらいいなぁ、っていう願望を込めた終わり方にしたんだ。だから、それが幸せかは読んでもらわないとわかんねぇと思うな」
俺の言葉にこう太はちょっと不満そうに唇を尖らせる。
でも、俺の首にギューっと抱きついてきた。
「ボクは、離れ離れになりたくないよ。だから、天界にもどこにも行きたくないからね。お父さんの側にずっといたいよ」
不覚にも、感動してちょっと泣きそうになった。
こう太の背中に手を回すと、もう片方の手で頭を撫でる。
暑いと言われるかと思ったけど、俺に体を預けてくれる。
「おう。父ちゃんもだからな」
耳元で、嬉しそうな笑い声が聞こえた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
60 / 203