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「こう太、顔色悪いよ」
普段無表情の垓くんが心配そうにボクを見ていた。
確かに、朝起きた時から調子が悪い。頭が重くて体も熱い。
いっぱい寝たはずなのに、気づいたら泣いていたり、怖い夢で目が覚めてしまったり、ずっとご飯を食べていないのにお腹が空いたという感じがしなかったりと、なんだかこのお休みの間でおかしくなってしまったみたいだ。
「…平気だよ」
本当は笑って答えたかったけど、心が落ち込んでしまって表情が作れない。
本当は喋りたくないんだけど、大好きな垓くんを無視なんてできない。
「どこが?今にも死にそうなんだけど?」
ちょっと垓くんの声が不機嫌そうになる。
それが怖くて、思わずビクついてしまう。
しまった、と思ったんだけど、悲しそうな顔の垓くんの方が先に「ごめん」と謝ってしまう。
「ちが…」
「こう太、保健室行こう。さっきの時間も辛そうだったよ?」
「大丈夫…」
「僕が一緒に行くから、ね?」
垓くんはボクの手を握ると、優しい声で言ってくれる。
そんな風に言われたらボクはうんと頷くしかないから、やっぱり垓くんはずるいと思う。
垓くんに手を引かれて歩くんだけど、腰が痛くて早く歩けない。
壁に手をついて足を引きずって歩くボクを、垓くんが不思議そうに見ていた。
何か言いたそうだったけど、先に「朝に足ぐねっちゃったんだ」と嘘をつく。
垓くんはそう、と短く言うと歩く速度を落としてくれる。
優しい垓くんに嘘をついてしまったことが、胸をざくざく傷つける。
垓くんと一緒に保健室に入ると、保健室の先生には垓くんが説明してくれる。
「じゃあ後は私が…」
と保健の先生が言おうとしたら、他の先生に呼び出され出て行ってしまった。
垓くんが小さく「良し」と呟いてニヤリと笑った。
ボクをベットに寝かせると、垓くんは布団をポンポンと叩いてくれた。
「添い寝してあげようか?」
「大丈夫だよ…」
垓くんはちょっとニヤっと笑ってから、ふ、とボクの首元に手をあてる。
「こう太、熱あるよね…?」
手の甲が首元を触って熱を確かめ、そのまま掌がボクの額を触る。
冷たい手が気持ちよかった。
「体温計探してくる。ちょっと待っててね」
そう言うと棚の方に探しに行ってしまう。
真っ新なシーツや布団がなんだか落ち着かなくて、早く垓くん戻ってこないかなと考えてしまう。
「あったよ。ちょっと測ってみよう」
はい、と手渡された体温計は古いガラスの奴だった。
そのまま服の裾をめくろうと思ったが直前で気づく。
あんまりめくると、お父さんに吸われてところどころ赤くなった所が垓くんに見られてしまう。
それは嫌だ。恥ずかしい。
「?どうかした?」
「う…ううん。何でもないよ」
そのまま首周りを引っ張って上から体温計を脇の下に差し込む。
冷たいなぁ、とぼんやりしていると垓くんがベットの上に腰掛けた。
「…おじさんに何かされたの?」
一瞬、ボクはあからさまに動きをとめてしまった。
垓くんに顔を向けると、垓くんは真剣な様子でボクを見ていた。
ベットに手をついてボクの顔を覗き込むように身を乗り出して、真剣な声で尋ねた。
「うちのお父さんに言いつけようか?」
「いい…!えっと…大丈夫だから…」
「大丈夫なわけないだろ?こう太、ちゃんとオレに言えよ」
「だ、大丈夫だから…」
その時、ボクの目からポロっと涙が出てきた。
垓くん以上に自分が驚いてしまい、止めようと思うのに涙が止まらない。
別に悲しいわけじゃないのに。
手の甲で必死にこするのに涙が止まらなくて目がヒリヒリしてくる。
垓くんはボクがいきなり泣き出したので珍しく慌てた。
「ごめん…怒ってるわけじゃないんだよ、こう太」
「ごめ…ボク…最近、おかしくて…」
「泣かないで」
悲しそうな声が申し訳なくて、ますます涙がこぼれる。
垓くんはボクの頭に手をのばすと、胸の中に抱きしめてくれた。
本当はお風呂に入ってないから抱きしめてほしくないんだけど、逃げようにも垓くんが離してくれない。
だから、結局ボクも胸の中に顔をうずめてしまった。
「ごめんね」
垓くんの声はとっても優しくて温かいのに、涙が止まらない。
本当にボクはおかしくなってしまったんだ。
垓くんの胸でベソベソ泣いていたら、扉の開く音が聞こえてきた。
「あらあら、どうしたの?」
「石川くん、不安になっちゃたみたいで。僕ついててあげても良いですか?」
「華田くんは友達思いね。でも、先生が戻ってきたから大丈夫よ。授業も始まっちゃったから教室に戻りなさい」
「わかりました」
保健の先生の言葉に垓くんは不満そうにベットからおりた。
ボクの顔をハンカチで涙を拭ってくれてから、「またお昼休みに来るからね」と優しく言ってくれてから保健室から出て行った。
ボクは体温計を先生に見せてから、ベットに潜り込む。
先生がカーテンを閉める音を聞いてから、眠ろうと必死に目をつぶった。
本当は、一人になりたくなかった。
教室にいたかった。教室にいてクラスの他の子の話し声や騒ぐ声とか、先生の声を聞いているほうがまだ気持ちが楽になる。
一人になってしまうと、ずっと同じことを考えてしまう。
必死に違うことを考えようと思っても、頭はバカみたいに同じことを繰り返す。
また、涙が出てくる。先生に聞こえないように必死に声を押し殺しながら泣いた。
「う…」
――どうしてもお母さんには勝てないの?
「ふぇ…うぅ…うぐ…」
お父さんは何度も「パティ」って呼んでいた
一度も「こう太」とは言わなかった
なんで?ボクにあんなことしたのに?
ボクのこと好きだって言ったのに?
ボクはお父さんが好きって言ったのに?
なんで?なんでお母さんなの?
お母さんはもう好きって言えないのに
お母さんはもうキスすることもできないのに
ボクが今一番近くにいるんだよ
ボクが今一番お父さんのそばにいられるんだよ
ボクがお父さんのこと抱きしめてあげられるんだよ
ボクがお父さんのこと慰めてあげられるんだよ
どうしてボクの名前を呼んでくれないの?どうしてボクのことを見てくれないの?どうしてボクのこと愛してるって言ってくれないの?どうしてボクのこと抱きしめてくれないの?
どうして、ねぇ、どうして
ボクがお父さんの一番じゃないの?
「ふっ…ふぇ…」
手の甲に涙があたって熱い。
悔しくて涙が止まらない。また、目がヒリヒリしてくる。
この間からずっとこんなことばっかり考えている。ボクはきっとどこかが壊れちゃったんだ。
苦しくて辛くて悲しくて。
誰かにこの涙を止めてもらいたい。誰かに苦しいのから助けてもらいたい。
誰でもいいのに。
「…おとうさん」
だけど、名前を呼んでしまうのはやっぱりお父さんだった。
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