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朝からこう太が不機嫌だ。
ムスーっと感じが悪い表情じゃなくて、ほっぺたを膨らました感じで不機嫌そうな顔をしているからなんだか可愛い。
昨日の夜、寝る前にこう太を膝の上に乗せてウフフなことをしてしまったせいで、朝からこう太に怒られた。旅行に来て何するんだ、恥ずかしい、最低って。
「気持ち良かったからいいじゃんか」って俺が本当のことを言ったのに、こう太は口をきいてくれなくなった。何故だ。
「おい、いい加減機嫌治せよ~」
俺はこう太の膨らんだほっぺたを突きながら機嫌をとった。
こう太はぷい、と顔を背けながら俺から離れていく。距離をとって俺に怒っていることをアピールしているわりには、小さな足湯スペースに付き合ってくれているんだから何だかんだ俺の傍にいたいってことなんだよな。
「ニヤニヤしないでよ、気持ち悪い」
チラと冷たい目で俺を一瞥してから冷たい口調でそう言われた。はいはい、ツンデレツンデレ。
旅館にほど近い足湯スペースは丁度いい温度でゆっくりした気分になれる。
足湯スペースには、俺達以外には小さな女の子のいる若い夫婦が近くにいるだけだ。女の子は華田のとこの娘と同じくらいで、ギャーギャー大騒ぎすることなく、ピンクのリボンをつけたポニーテールを揺らしながらお父さんとお母さんの間でニコニコ笑っていた。両親も品の良い雰囲気で、まったりとした空気が流れる。あぁ、癒されるな。
そんな静寂を破ったのは、露天風呂に行っているはずの森崎くんの大声だった。
無粋だなぁと思いながらそっちを見ると、子供のようにはしゃいでいる森崎くんが興奮気味に走ってきた。
「こう太くん、猿!猿が温泉入ってきた!」
「さる!?」
「そう猿!子猿も一緒だよ!」
こう太の目がキラキラと輝いていた。だけど、ちょっと困ったような顔で俺の方に振り返った。ここの足湯に行きたいって駄々をこねたのは俺だった。そんな俺を気遣っているみたいなんだけど、行きたいって素直に言えば良いのに。
「いいよ、行ってこいよ。もう少ししたら俺も行くから」
「う、うん。じゃあ先に行ってるね」
こう太はさっきまでの不機嫌が嘘のように明るい顔で森崎くんの元に向かっていった。
やっぱりせっかく旅行来たんだから楽しんで貰わねぇとな。
なんて、思っていると「おさるさん!?」と可愛らしい大声が聞こえた。
そちらを振り向くと、女の子がお母さんに見たいとねだっていた。
確か混浴の露天風呂で仕切られてたりしてない温泉だから、女の子も見れるんじゃないかな、と思って俺は場所を教えてあげた。
そしたら、嬉しそうに目を輝かせて楽しそうな声をだしていた。
隣に座る若いお母さんが何度も頭を下げて女の子と立ち上がった。
「パパも…」
「パパはいい」
「さびしくない?ないちゃわない?」
「泣かねぇよ」
女の子の言葉にお父さんは短く返すと、お母さんに促されて足湯から出て行く。そのピンクのスカートの裾の持ち方が、おとぎ話のお姫様みたいで可愛かった。
女の子もいいなぁ。俺、絶対甘やかして何でも買っちゃう気がする。…あんまり今と変わらねぇか。
「パパ、いってきますね。はなればなれじゃありませんからね」
「…いいから早く行ってこいよ」
お父さんが恥ずかしそうにそう答えているのがおかしかった。女の子は何回もお父さんの方に振り返って、永遠の別れのような悲しい顔で手を振りながら露天風呂に歩いて行った。
それが更におかしくて俺は笑いを頑張ってこらえた。
「娘さん可愛いですね」
「…口ばっかり達者になりやがって」
吐き捨てるようにいう割には頬がちょっと染まっているから、多分照れ隠しなんだろうな。お父さんは軽く縛っている後ろ髪を解くと、ガリガリと頭をかいた。
図らずもハゲとロン毛のツーショットになり、内心ちょっと楽しくなってくる。
お父さんは寡黙そうな雰囲気なんだけど、わりと話しかけると返してくれた。当たり障りのない世間話から、なんのきっかけかは覚えていないんだけどお互いの職業の話になった。
お父さんは何となく普通のサラリーマンじゃないなぁと思ったら、料理人だと教えてくれた。何となく意外ですね、と俺が言うと鼻で笑われた。
で、俺が書道家だと答えたら滅茶苦茶胡散臭そうな顔を向けられた。うん、俺の知名度低すぎ。
「えーっと、あるかな」
尻ポケットの財布の中を探ると、奇跡的に名刺が一枚入っていた。
それを見たお父さんも、ジャージのポケットをまさぐった。
「石川でーす」
「…結城だ」
結城(ゆうき)さんと軽く名刺交換をしてから、また色々と取り留めのない話をしていた。
だけど、やっぱりなんのきっかけかは覚えていないんだけど、お互いの子供自慢みたいな感じになって。
「うちの子すっごく良い子なんですよ。ほんと、天使かってくらい」
「いや、うちの子の方がお利口っすから。地上に舞い降りた女神だし」
露天風呂から戻ってきたこう太に「恥ずかしいからやめろ」と怒られるまで、ムキになって結城さんと張り合っていた。
*
楽しい時間はあっという間だね、とこう太が呟いた。
三連休も終わるから高速が混む前に帰ろうということで、午前中には宿を後にする。
土産なんか買っている時はニコニコしていたのに、今は少し元気がない。
ちょっと寂しそうにしているこう太の頭を撫でてやる。
「また来ような。皆ででもいいし、二人っきりでもいいし」
「ふ、二人っきりなんて、またエッチなことする気でしょ!?」
「え?しないの?」
「するか!!」
こう太は顔を真っ赤にしながら俺をポコポコと殴って抗議する。
だけど、そのうちそのまま俺のトレーナーの裾をギュッと握って俺の胸の中に顔をうずめてきた。
「…でも、また旅行しようね。みんなでお出かけしようね」
甘えるような口調が普段と違ってなんだか幼い。その様子がいじらしくて、俺の顔も緩む。
こう太の頭を撫でながら、そうだな、と頷いた。
「先生、用意できました」
「ぴぇ!」
襖を叩く音を聞いてこう太が変な声をだして慌てて離れた。それがすっごく面白かったので、もう一回やってと笑いながら言ったら尻を殴られた。
ロビーへ向かう廊下を歩いていると、前の方から昨日会った結城さんの奥さんと娘さんが歩いてきた。向こうもこっちに気づいたみたいで、笑顔を浮かべて挨拶してくれたので、俺達は軽く会話してから離れた。
その時になって、間宮くんに結城さんと名刺交換したことを伝えていないことを思い出した。
以前から間宮くんにはなるべく名刺交換や仕事上で知り合った人なんかは教えてくれと言われていた。何かのきっかけがビジネスのチャンスに繋がるかもしれないから、なるべく把握しておきたいとのことだ。
「間宮くん、さっきの母子の旦那さんと名刺交換したわ。料理人だって」
「結城…遙(はるか)!?」
間宮くんに名刺を見せた途端、間宮くんは固まってしまった。突然のフリーズに、俺と森崎くんは不思議そうに顔を覗き込んだり、肩を揺すったりした。
しばらくしてから、ハッとした顔になってから興奮気味に、
「どちらでお会いしたんですか?先生も名刺を渡されたんですか?何かお仕事の話はされたのですか?」と矢継ぎ早に質問してきた。
「いつもの間宮さんじゃない」というこう太の言葉に、俺と森崎くんは大きく頷いた。
間宮くんは俺達がぽかん、としている顔に気づくと恥ずかしそうにサングラスを直した。
「先日、ミシュランガイドで星をもらった和食料理屋の料理長を勤めている方です。その包丁さばきは日本のみならず、外国でも高い評価を受けています。若いながらも高い技術力と繊細な味付けで…」
「知ってる?」
「知らねっす」
「…道源寺社長もファンでいらっしゃいます」
「ぶ!」
まさかここで俺の支援者の名前を聞くとは思っていなくて俺は盛大に吹き出した。
なんなの?華田といい保村といい、俺が仲良くなる奴はなんであのオヤジが関わってくるの?
しかし間宮くんによると、どんなに社長が支援するよとラブコールをしても「めんどくせぇ」と一蹴されてしまっているらしく、社長は失恋し続けているらしい。
「そんな方から名刺をいただくなんて、さすが石川先生です」
「あーなんか新しい店作るとか作らないとかで、なんか書を飾りたいんだって…」
「その件について、東京に戻ったら詳しくお願いします」
尊敬の眼差しを俺に向けたり、キリとした表情になったりと、こんなに忙しい間宮くんは初めて見る。
俺よりも仲のいい森崎くんが心配するくらいに、間宮くんがテンション高く張り切っていた。
挙げ句の果てには。
「忙しくしますね」
「忙しくなりますね」じゃなくて「忙しくしますね」という発言に俺は今から嫌な予感しかしない。
助けを求めるようにこう太に視線を持っていくと、素晴らしい笑顔で。
「働け」
と言われた。
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