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朝、いつものように目覚まし時計の音で目が覚める。
寒いなぁと思いながら時計を止めようとして、目に入ってきた時間に固まる。
7時半。昨日は7時にセットしたはずなのに。
社会科見学のために七瀬さんにお弁当をお願いしたんだ。それを受け取りに行くからちょっと早めにでなくちゃいけないのに。
嫌な汗がダラダラ流れてボクは時計を手にしたまま固まってしまったんだけど、こうしてはいられないと慌ててベットから飛び起きた。
(えっと、どうしよ、とりあえず着替えて、朝ごはん確か食パンあったから齧りながら学校行けばいいかな、お父さん起きてるのかな、あぁ、水筒用意していないや、ボクのバカ…!)
自分を怒りながらリュックを掴んで台所に走っていく。
そしてキッチンの光景にまた固まってしまった。
流しの前にうつ伏せになってお父さんが倒れていた。
えぇぇ?と思っていると、いつもまな板を置いて食材を切るスペースの上に、おかずの詰められたお弁当箱と、お皿に乗った大きなおにぎりがあるのに気づいた。
なんだろうこれ?と思いながら、お父さんを起こした。
「うぉ!朝?何時?」
飛び起きたお父さんはキョロキョロとあたりを見回したんだけど、ボクの顔を見るとヘラっと笑ってくれた。
「おはよ。晴れて良かったな」
「お、おはよ…。お父さんここで何してるの?」
「何って!!うぉ!!弁当!?よかった!!夢じゃなかった!!」
立ち上がってお弁当箱を見ると、ほぉっと嬉しそうに胸をなでおろしていた。
何が何やらわからないボクを放っておいて、お父さんは蓋を閉めてバンダナに包んでいく。
「それ…どうしたの?」
「父ちゃんが作ったんだよーん」
「お父さんが?え?だって、お父さんお料理できないじゃないか?」
「いや、弁当くらい朝飯前だって。ホラ、俺天才だし?」
ドヤ顔していたんだけど、呆然としているボクに気まずくなったみたいで、頭をかきながら「嘘です」とつぶやいた。
そのままボクの手を取ると、お弁当箱を持たせてくれた。
「特別委員会を結成して、みんなに手伝ってもらったんだ。とりあえず持って行っても恥ずかしくないような出来にはなったと思うぜ」
「これ…ボクのために作ってくれたの?」
「おう。あ、味は七瀬くんに教わったから多分マズイってことはないと思う。でも一応、森崎くんの胃薬入ってるから、何かあったら飲めよ!で、もしどうしてもヤバくなったら俺か間宮くんに連絡しろよ!?」
「お父さんがこれ全部?」
「へへー。そう、全部。冷食使わないって決めたから、すげー頑張った」
誕生日をお祝いした時くらいの嬉しそうな笑顔のお父さんの手をよく見ると、絆創膏が貼ってあったり火傷の跡なんかがあって。
「こう太に喜んでもらいたくて頑張ったんだ。たまには、お父さんらしいことしねぇとな」
そういえば、最近仕事が忙しいからってあんまり会えなくて、お父さんの手なんて気にしてなかったよなぁ、とか。
あぁ、七瀬さんも実習で忙しいみたいなことを言ってあんまり会ってなかったよなぁ、とか。
色々と思い当たる節がたくさんあることに気づいた。
そうやってお弁当作りを練習してくれていたんだ、と思った瞬間。
こらえきれなくてボクは泣き出してしまった。
「うぉ!?どうしたんだよ!?」
「うっ…うえーん!」
ボロボロとおっきい粒の涙が零れていくのが自分でもわかる。
心の底から「嬉しい」って気持ちが爆発して涙が止まらない。
ボクはお弁当を握り締めたままお父さんに抱きついた。
「おいおい、これから学校なのに泣くなよ」
「だって…だって…嬉しいんだ…ひく…えぐ…うわー!」
「へへ、そりゃ良かった」
「だいすきー!お父さんだーいすきー!だい…すき!!」
「おう、父ちゃんも大好きだよ」
お父さんはボクの背中を優しく撫でてくれる。
それがますます嬉しくて、ボクはお父さんの胸に顔を埋めたまま泣きじゃくった。
*
「…そういえば、先生。こう太くんのお弁当どうなりました?」
身内に不幸があったとかで、森崎くんにあったのは一週間ぶりだった。
刀鍛冶の人に宛てた提案に対する回答をFAXで待っている間、あれこれ話をして待っている時に「そういえば」と森崎くんが尋ねてきた。
俺はグッと親指を上げて「バッチリ」と答えると森崎くんは嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「頑張ったかいありましたね」
「本当だよ。みんなのおかげだ、ありがとうな」
「お役に立ててなによりです」
お茶を運んできてくれた間宮くんの声が優しい。
間宮くんにも社会科見学の当日に「お弁当どうでしたか?」とすぐ聞かれた。やっぱり、バッチリだったと答えるとちょっと嬉しそうに雰囲気を和らげていた。
「もうさ、すげー喜んでくれちゃってさ。台所でわんわん泣き出したんだよ。何とか泣き止ませたんだけど、朝飯に作ったおにぎり齧ったとたん、また泣き出して」
俺の脳裏に、こう太の顔くらいあるおにぎりを両手に持ったこう太が浮かぶ。
泣きながらおにぎりを食うという光景が、なんかの映画で見たような気がして面白いなぁとか思っていた。
「ハハハ、よっぽど嬉しかったんっすね」
「嬉しかったんだろうな。森崎くんは知っていると思うけど、パソコンの置いてあるリビングにカミさんの写真を飾ってあるんだよ。それの前に座って『お父さんに作ってもらったんだよ!』って弁当見せてるんだぜ」
「微笑ましいですね」
うん、一見して微笑ましいんだけど。
多分、こう太はパティに報告ていうよりかは、「羨ましいでしょ?」って自慢するつもりで見せつけているんだと思う。
こう太にとってパティは母親でもあるけど、俺を取り合うライバルだから。
パティに料理なんて作ってあげた覚えがないとこう太に言ったら、口に出さねど小さくガッツポーズしていた。
「それでさ、学校行く時も帰ってきた時も、もうすげーニコニコしちゃってさ。ニコニコしたまま俺にピトー!ってくっついて離れねぇんだよ」
「可愛いなぁ」
そう森崎くんが笑った時、俺のスマホが着信を告げる。相手はこう太からだった。
俺は画面を操作して、スピーカーモードで電話をとった。
画面の向こうから、こう太の弾んだ声が聞こえてくる。
「おう、どしたー?」
『お父さん、あのね、今日は帰るの何時になりそう?』
「あー、ごめん。今、ちょっと刀鍛冶の人からのFAX待ってるんだ。もう少し待って、それでも返事来なかったら帰るけど、あと一時間くらいかかるわ」
『そっかぁ…』
「先、飯食ってていいぞ?」
『んーん。お父さんと一緒に食べたいから待ってる!あのね、今日のお夕飯肉じゃがだよ。コツを七ちゃんに教わって来たから、今日は美味しくできたよ!』
「そっか、楽しみ。俺もこうちゃんと食べたいから、なるべく急いで帰るな」
『うん!早く帰ってきてね、待ってる!気をつけてね!!』
こう太は俺のこうちゃん呼びに「クフフ」って嬉しそうに笑ってから甘く優しい声でそう言うと、電話を切った。
通話が終わったので俺が画面を操作してから森崎くんと間宮くんに顔を向けると、二人は信じられないと言った顔をしていた。
「…デレッデレじゃないですか…!」
「旅行の時でさえ、こんな声聞いたことないのですが」
「この一週間ずっとこうだ」
俺の言葉に二人は驚いた顔をしたまま固まった。森崎くんの呟いた「デレ期到来ですね」っていう発言に俺は妙に納得してしまった。
ちなみに、向こうから電話がかかってくることは何回かあっても「早く帰ってきてね」っていうのは今まで言われたことはない。
あと、俺が愛称で呼んだっていうのもあるんだけど、俺との電話にこんなに明るい声を出すっていうのも今まで全くと言っていいほどなかった。
これは電話に限った事じゃなくて、家の中でもずーっとこんな感じだ。
なんかもう、語尾全部にハートマークついてそうな勢いで喋り、俺の腕にぴったりくっついて離れない。
一日に三回は俺のこと大好きって言ってくれるし、「お父さんとチューしたい」って甘えてくる。
それほどまでにこう太はこの一週間機嫌が良い。
「よっぽど先生のお弁当が嬉しかったんでしょうね」
「ねー。先生、今度俺美味い焼きそばの作り方教えるんで、こう太くんに作ってあげてくださいよ」
「おう。こう太に仕事しろって怒られそうになったら作るわ」
「いや、仕事はちゃんとしましょうよ」
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