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家から電車に乗って隣の駅の神社にお父さんと行く。
お父さんは去年もやった新年書道イベントのゲストとして参加するためで、ボクは垓くんと春ちゃんと初詣のためにやってきた。
一月二日だっていうのに、結構人は多くて賑わっていた。着物のお姉さんとかもいるからちょっと意外だなぁと思ったらお父さんに声をかけられた。
依頼主の神主さんと打ち合わせだとかで、お父さんは二人に会うことなく社務所へと向かっていった。着物を持ってきていたから着替えもあるみたいだ。
繋いでいた手を離すのがちょっとだけ寂しいと思ったけど、口に出したら負けだと思ったからそのまま手を振った。
早く来すぎたみたいで、入口の近くで二人を待った。
本当は翔平と紫音も一緒だったら良かったんだけど、二人ともお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に行くだとかで来れなかった。
二人とも行くのが嫌だと騒いでいて、垓くんが「冬休み、またどっかで集まって遊ぼうよ」ってなだめるまでうるさかった。
お祖父ちゃんの家、という言葉を聞いた時になってはじめて、今までお父さんから「お祖父ちゃん」とか「お祖母ちゃん」とかいう言葉を聞いたことがないのに気づいた。
だから、冬休み始まってすぐくらいに「うちはお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に行ったりしないの?」って尋ねると、お父さんは「いかねぇよ」って短く答えた。
なんで?って聞いたら笑いながら「イギリスに行くのはこう太がもう少し大きくなってからな」って頭を撫でてくれた。
それもそうか、ってその時納得したんだけど。
イギリスのお祖父ちゃんお祖母ちゃんっていうのは、お母さんの方の両親だ。
じゃあ、お父さんの方は?
お父さんは日本人だから、日本にいるはずなのに。
そういえば、去年はお父さんが風邪ひいてそれどころじゃなかったんだけど、思い出して見ると親戚だと思う人から年賀状は来ていない。去年も、今年も。
まず、親戚とかいう単語をお父さんから聞いたことがない。俺の親、とかいう単語も。
(お父さんは天涯孤独の人なのかな)
何となくそんな気もする。うちのお父さんの子供の頃とか、全然想像できなかった。
「こう太、お待たせ」
そんなことを考えながらボーッとしていたら声をかけられて顔をあげた。
茶色いコートを着ている垓くんだったから、ちょっとだけ嬉しくなって笑顔になる。
「垓くん、あけましておめでとう」
「おめでとう。春幸は?」
ボクは首を横に振った。むしろ、垓くんと一緒に来るものだと思っていたんだ。
それを言うと、垓くんはちょっとだけため息をついた。
「僕は彼女のところに挨拶に寄ったから、別々なんだ。…困ったよ、お義父さんにお義母さん作のおせち食べさせられそうになってさ」
「何でダメなの?」
「…カレーの匂いのする栗きんとん食べたい?」
何それ怖い。
垓くんは残念そうに「紹介したかったのに」ってため息をついた。
例の彼女を連れて来たかったみたいだったので、ボクもちょっと残念だと思った。まぁお父さん曰く、温泉旅行で一緒に猿を見た女の子だというから一回会ってはいるんだけど。
「垓く~ん!こうちゃ~ん!遅れてごめんねー…」
それから10分くらいしてから、春ちゃんがやってきた。
何でか知らないけれど、泣きそうな感じでトトトって一生懸命走ってこっちにやってくる。
何時もだったら一人突っ走る翔平や、気が短い紫音に「遅い!」って怒られるんだけど(実際、クラスで一番走るのが遅い)、その二人がいないから春ちゃんもホッとした顔だった。
「春ちゃんあけましておめでとう」
「何で新年早々泣きそうなの?」
「あのね、おばあちゃんが横断歩道で困ってたから手を貸したんだ。そしたら、『お嬢ちゃんありがとう』って言われて…」
涙ぐむ春ちゃんには悪いんだけど、ボクと垓くんは笑ってしまった。
春ちゃんはクラスの女子よりも小さくて、声も高くて可愛い。
ボクなんかと違って、髪の毛は細いし真っ黒でサラサラで、いっつも眉毛が下がってて困ったような顔なんだけど、笑った顔がふにゃっとしてて可愛い。
だからしょっちゅう、女の子に間違われる。
「笑わないでよぉ。昨日も知らないおじさんに『可愛いね』って言われたばっかりなのに」
「それはちょっと笑えないなぁ…」
「とりあえず、格好から変えたら?そんな白いファーのコート着てさ」
「だって…母ちゃんが買ってくるんだもん…」
白いモコモコしたコートの裾をつかみながら春ちゃんは眉毛を八の字に下げて口を尖らした。
可愛い春ちゃんの「母ちゃん」呼びにモヤっとしながら、ボク達は鳥居をくぐった。
*
神社はそこまですごいっていうわけじゃないけど、結構人が多いから何度となくぶつかりそうになる。
そのうち、ボクと垓くんの歩く速度に春ちゃんが着いてこれなくなって、気づいたら「うわぁん」と春ちゃんははるか後ろで泣いていた。
「仕方ないなぁ」
垓くんはそう言って困ったように笑うと春ちゃんと手を繋いだ。
ちょっと恥ずかしそうにしてたけど、春ちゃんが嬉しそうに笑うからつい、良いなぁと思ってしまった。
そしたら、垓くんが空いている方の手でボクの手を握ってくれた。
「春幸にヤキモチ妬かないの。こう太も繋いであげるから」
そう言ってニッと笑った顔がかっこよくて、ほっぺたが熱くなる気がした。
「垓くん!」
「垓くん…」
ボクと春ちゃんは垓くんの腕にしがみつくと、お賽銭箱まで歩いて行った。
お参りをしてから、ついでだからと言ってお父さんの出るイベントを見ていくことにした。
甘酒を配っていたから三人で飲みながら、イベント会場近くの植え込みで時間を待った。会場にはまばらだけどボチボチ人が来ていた。男の人ばっかりだというのが気になるんだけど…。
「春幸はあんなに長い時間、何お願いしていたの?」
「えっと、家族が健康に過ごせますように、父ちゃんのお仕事が増えますように、走るのが早くなりますように、背がもっと伸びますように、頭が良くなりますように、来年もみんなと同じクラスになりますように、あと…」
「春ちゃん欲張りだなぁ」
指を折って数える様子に笑ってしまうと、こうちゃんは?って尋ねられた。
「ボクも春ちゃんと一緒だよ。お父さんが風邪ひきませんように、とかね」
あと、お父さんのだらしないのを治してください、とすぐボクにセクハラするのやめさせてください、ってお願いした。言わないけど。
…それと、もっともっとお父さんと一緒にいられますように、って。
「こう太のこれ何?石?」
そう言って垓くんが左手にしたブレスレットに軽く触ってきた。
お父さんからもらったブレスレットは、クリスマスにもらってから外したことはない。
石だからって、お風呂に入る時も外さない。
「そう、青いのはラピスラズリっていうパワーストーンなんだよ」
「黒いのカッコいいねぇ」
「えへへ」
自分が誉められているようでくすぐったい。垓くんも「綺麗な色だね」って言いながら石を一つ一つ触っていく。
そんなことを話していると、イベントが始まるみたいで人が段々と集まってきた。
やっぱり、女の人よりも(女の人はおばあちゃんばっかり)男の人が多くてちょっと怖い。
そのうち神主のおじさんが舞台の上にやってきて、色々とスピーチしてから、お父さんの名前を呼んだ。
「昨年はフランスで個展も開催されました、石川飛嶽先生です」
「どうも、あけましておめでとうございます」
お父さんが出てきた瞬間、拍手と一緒に野太い黄色い声が聞こえてくる。怖い。
お父さんは灰色っぽい袴にサラシを巻いていて、上に黒い色の羽織をはおっただけの格好で出てきた。
黒い羽織の間から腹筋とか胸筋といった筋肉が見える。
(あんな寒そうな格好するから風邪ひくんだ。)
ボクは去年のことを思い出してため息をついた。
ちょっと神主さんとトークしてから、お父さんは神主さんに促されて大きな半紙の前に立った。
それと同時に、上の黒い羽織をバサっと脱ぎ捨てて上半身裸になった。
途端、観客席からどよめきと黄色い声が聞こえてきた。野太い声の。
それを怖がって春ちゃんが涙目になっている。
だけど、ボクはちょっとドキってしてしまう。
お父さんの右手にはお揃いのブレスレットがしてあった。垓くん達にはお揃いとは言わなかったからわからないと思うんだけど、何だか照れくさくて自分のブレスレットを袖で隠した。
お父さんは普段ボクが小学校で使うよりも大きな筆をバケツに入れて、墨をたっぷりつけると、少しも躊躇うことなくサラサラと何やら書いていく。
小さい漢字を何個も書いていくからどうやら水墨画を書いているみたいだ。
「じっと見られると緊張しちゃうなー。間違ったらもう一枚紙ください」
「はい、勿論用意しておりま、せん」
「えぇー?」
なんて神主さんと漫才をしていると笑いがおきる。
ガハハっと大笑いしながら、お父さんはあっちこっち移動して文字を書いていく。
その顔がいつもよりもちょっと真剣で、だけどすごく楽しそうで。
見とれてしまうくらい格好良いと思った。
水墨画が完成するにつれて、観客席からはため息が漏れる。
最後にお父さんのサインを隅っこに書くと同時に拍手が沸いた。
「寒いのに長いこと待たせてゴメンなさいね」
お父さんが書いたのは麒麟だった。
麒麟なんだけど、いつもよりもタテガミが強調されて、ポーズも馬っぽい。
今年の干支が午だから麒麟を書いたみたいで、お客さん達よりも神主さんが興奮していた。
あれこれと意味とかを説明してからお父さんは舞台から降りていった。
神主さんが次のちびっこ書道イベントの説明をしていると、舞台裏から大きな「へぇーっくしょん!!」というくしゃみが聞こえてきて、観客席と神主さんが大笑いした。
そのくしゃみはどう聞いてもお父さんのもので。
ボクは二人のことなんか忘れて、慌てて舞台裏の方に駆け出していった。
*
「さみぃよぉーさみぃよぉー」
舞台裏のすぐ近くに社務所があったので、息子だと名乗ってから中に入れてもらうと、ガタガタ震えながらコートを着てストーブの前でお父さんが座り込んでいるのが目に入ってきた。
お父さんはボクが入ってきたことに気づくと明るい顔になって「俺のカイロ来た!!」とボクに抱きついた。
抱きついたというか、抱きしめたというか…。
「やめんか!」と頭をひっぱたいてもお父さんはボクを抱えて「寒い寒い」「でもこう太あったけー」と繰り返す。
「寒いなら何で脱ぐのさ?」
「俺が脱ぐと喜ぶんだよ」
「男の人のファンがでしょ?」
「…おう」
ボクを抱きしめたまま心底辛そうにため息をつくお父さんを見ていると、さっきの野太い歓声を思い出してそこだけ同情してあげる。
だけど、そのうち垓くんと春ちゃんもやってきたので、恥ずかしくて慌ててお父さんから離れた。
「あー俺のカイロー」
「うっさい!あぁ、もうボク先帰るね!」
「えー?じゃあ俺は誰で暖をとれば良いんだよ?」
「ストーブがあるでしょ?それか早く服着替えてきなさい」
「…ちぇ、じゃぁいいよ。…春ちゃんで暖をとるから」
「ひぃぁぁ…!」
「やめろや!!」
軽々と春ちゃんを抱っこすると、ぎゅーっと抱きしめた。
「春ちゃんあけおめー。相変わらずちっちゃくて可愛いなぁ」
「ふ…ふぇぇぇぇん」
怖がって春ちゃんが泣き出した。
自分の父親が友達にそんなことして恥ずかしいっていう気持ちと。
…ボク以外を抱っこするのが嫌っていうヤキモチでボクは真っ赤になりながらお父さんを引き剥がそうとあっちこっち蹴りをいれる。
それを見て珍しく垓くんが大笑いしているという珍しい光景を、冬休み明けに翔平と紫音に話した。
そしたら、しばらく春ちゃんを抱っこする「カイロごっこ」がクラスで流行ったことを、この時のボク達は知らなかった。
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