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冬休みは結構短い。
ずっとお父さんからもらっていたブレスレットをしていたいけど、学校に持って行って怒られたり取り上げられるのが嫌だから、学校を出る時に外して家から帰ってきたらすぐにつける。
綺麗な物だから盗られたりしても嫌だし。
最初は外すのを忘れて慌てて学校に行く前に筆箱の中にしまう。もう、その日一日ブレスレットが気になって仕方がない。
そんなドキドキが嫌だから、毎朝キチンと外す癖をつけるようにした。
今日も学校から帰ってからすぐにブレスレットをつける。
ラピスラズリと並んだオニキスを見ると、ちょっとだけニヤニヤしてしまう。
だけど、この後七瀬さん家にお菓子を食べにいく約束していたことを思い出し、ボクは自分のほっぺたをペシペシと叩いてにやける顔を引き締める。
でも、七瀬さんに会った途端「ご機嫌だね?何かあったの?」って聞かれてボクは恥ずかしくて俯いてしまった。
お夕飯をお父さんと一緒に食べて、お皿洗いも終わって、明日は土曜日だから、ってお父さんの膝の上に乗って甘える。
色々おしゃべりをして、お父さんと掌を重ねてギュッと握ったり、お父さんが頭を撫でてくれるから嬉しいって言ったりしていたら、お父さんにキスされてそのままゆっくりと押し倒された。
前はお父さん越しに天井を見て頭が真っ白になっていたのに、今はそんなに怖くない。
お父さんの部屋に入るのはまだちょっと怖い時があるんだけど、それでも今は床に寝転がったままキスしても平気になった。
だけど…。
「…リビングでするのは…ちょっと…」
「ちゅーはできるのに?」
「そ…それはいいんだけど…。せ…背中も痛いし…」
「じゃあ、今度マット買いに行くか」
バカ、って言おうと思ったらキスで口を塞がられた。それから「好きだよ」って言いながら服の中に手を入れてきた。恥ずかしくて目をつむろうとしたら。
ピンポーン
ってチャイムが鳴った瞬間、お父さんの首がガクッと項垂れた。
そのタイミングにボクが苦笑しているとお父さんは嫌そうな顔で「何だよ!いいところなのに!無視だ無視」とかブツブツ言っていた。
だけどもう一回チャイムがなったら「あ」と何か思い出して慌てて玄関に走っていた。
しばらくしてお父さんは中くらいのダンボール箱を抱えて戻ってきた。
「忘れてた!理代子から今日届くって言われてたんだ!!」
お父さんは満面の笑みでダンボールを床に下ろすとガムテープを剥がした。
中を開けると大きなアルバムが五冊と細めのアルバムが10冊くらい。それから袋に入ったばらの写真と、あとDVDディスクが3枚入っていた。
クリスマスプレゼントをもらった子供みたいにお父さんは大喜びで箱の中を覗いていた。
理代子おばさんから連絡があったのは、年末のある日。
おばさんの家が引っ越すとかで、大掃除と引越準備をしていたらボクのアルバムが出てきたとのことだ。
それを送るからボクの家の住所を教えろっていう電話だった。
「いや、悪いよ。俺が取りにいくよ」
『嫌よ。アンタみたいな人相悪い男を家に入れてるのご近所さんに見られたら、なんて噂されるかわからないわよ』
「えー…」
『それにね。ちょうどこの頃、旦那が写真とかビデオに凝ってた頃なのよ。娘の思い出だ、って。ついでにこう太も、ってことで多分まだあるのよ。もうちょっと探してみて、全部見つけたら送ってあげるから待ってなさい』
おばさんの言葉に渋々お父さんも頷いて電話を切った。
それから一昨日くらいにまた連絡があって、送るわね、って話になってたみたいだ。
ダンボール箱を見ながらこんなに沢山あるなんてとお父さんは大喜びだった。
前の家にボクの赤ちゃんの頃の写真は一枚もなかった。
おばさんも送らなかったし、お父さんが欲しがらなかったみたいだった。
まぁ、ボクのこと忘れていたんだから仕方ないと思っているので怒ったりはしなかった。
「忘れる前におばさんに届いたって電話しなよ」
「えー?見てからじゃダメ?」
「もう。じゃあ、ボクが電話してあげるからスマホ貸してよ」
「へへー。頼んますー」
おばさん出てくれるかな、とドキドキしながら電話をかけると、おばさんはすぐに出てくれた。
届きましたありがとうございます、ってお礼を言うと「お父さん喜んでるからこう太が変わりに電話してきたのね」って笑われた。
何でわかるんだろう。
『こう太、今幸せ?』
色々おばさんに話していたら不意に、すごく優しい声でおばさんにそう尋ねられた。
何だか泣きそうになって、言葉がすぐに出てこなかった。
前のお家でおじさんに、「本当のお父さんのところで暮らしなさい」って言われたあの日の夜。
おばさんには「それがあんたの幸せなのよ」って言われた。
そう言われてもよくわからなかったけど。
今は。
「うん。毎日楽しくて、すっごく幸せだよ」
『そう、良かった』
「お父さん優しいし、お友達も、仲のいいお隣さんも一杯できたよ。あのね、お隣のお兄さん、お料理の学校に通っているから、ボクもお料理教わっているんだ。いつか、理代子おばさんにご馳走作ってあげるから、食べてね」
『ふふふ、嬉しい。楽しみにしてるわ』
うん、と頷いてそれからね、と続けようと思ったら。
後ろからバターンという大きな音が聞こえて、思わずスマホを落としそうになった。
慌てて後ろを振り返るとお父さんが床にうつ伏せになって倒れていた。
えぇぇぇ?と思っていたら電話の向こうにもその音が聞こえていたらしくて『何今の音?』と驚いている。
「ごめん、お父さんが転んじゃったみたいだから。おばさん、またね。アルバムありがとう」
そう言って慌てて電話を切ると、倒れているお父さんに駆け寄った。
お父さんはアルバムを開いたまま床の上で大の字になっている。
「どうしたの?具合悪いの?」
「…や…」
「え?」
「天使が…おるんや…」
お父さんはゾンビみたいに上半身を起こすと、寝っ転がって笑っているボクの写真の上にばたりとまた倒れた。
何で関西弁なんだろうって思いながら、とりあえずその背中を揺すった。
*
「きゃー!!何これ可愛い!!」
「うわー!!小さい!!唇可愛い!!ほっぺたプクプク可愛いー!!」
ボクのアルバムを開いて大はしゃぎをするマリアちゃんと垓くんのお母さんを見て、ボクは恥ずかしくて真っ赤になる。
「うわぁ見て、檸檬ちゃん。こっちのこう太くん兎の耳がついてる帽子かぶってるの」
「蜜柑ちゃん、こっちはお砂場で泣いちゃってるの」
さらにはそんなボクを真ん中に挟んで、垓くんのお兄さんの彼女さん達が両脇でアルバムを見ながらキャッキャと喜んでいる。
垓くんのお家で保村さん家とボクの家、それから熱志さん達の彼女を交えての新年会。
なのに、ボクのアルバム鑑賞会になってしまった。
「こうたくん可愛い♪」
「あ…ありがとう…璃子ちゃん」
「あ、こっちの写真、こう太お風呂入ってる」
「!?垓くん見ないでぇぇぇぇ!!」
「あらー、こっちの写真、こう太お漏らししてる」
「影司さんやめてぇぇぇぇ!!」
何これ?ボク何かしたの?何かの罰ゲームなの?
みんな口々に可愛いって言ってくれるけど、恥ずかしすぎる。
こんな恥ずかしいものを持ち込んだのは勿論。
[あぅあ~あ~ぶ~]
「喋ったぁぁぁぁぁぁ!!!」
「汚ね!お前、うちのテレビに顔つけんな」
…うちのお父さんだ。
元凶であるお父さんは、赤ちゃん語を話すボクのビデオを映すテレビに顔をくっつけて、垓くんのお父さんに頭を叩かれていた。
アルバムが来てからお父さんはおかしくなってしまった。
朝起きてアルバムを見て、アトリエに一冊持って行ったから多分アトリエでも見て、家に帰ってきてからもアルバムを眺める。
写真一枚一枚を見てはため息をついて、泣く。
「…何で泣くの?ボクがこんな大きくなっちゃって可愛くないから?」
「違う。こう太は今も昔も可愛い」
ボクの胸の中でむせび泣くお父さんに嫌味を言ったつもりなのに、そう返されて何も言えなくなる。
「でもさ、なにこの可愛らしさ?これ暴力だよ。暴力的な可愛さだよ」
そんな言葉は無い。
「俺、こう太がこんな暴力的な可愛さ振りまいてた頃何してた?パティの死を引きずって廃人生活だぜ?後追いとか考えちゃってたんだぜ?キャポー!とか叫んで親友二人に迷惑かけまくったんだぜ?何やってんだよ俺ぇ…」
「そうなんだ…」
初めて聞くことにボクは驚いた。
理代子おばさんからは、仕事していない無職だったからボクを育てられないって聞いただけだった。
だけど、多分精神的にも辛かったからボクを育てられなかったんだろう。
ボクはお父さんの頭を撫でてあげると余計に肩を震わせた。
「ちくしょう…ちゃんと会ってればよかった…抱っこしておけばよかった…ちゃんと現実と向き合ってればよかった…就職でも何でもしてお前と暮らせばよかった…お前を赤ん坊の頃から愛してればよかった…」
「うん、うん…」
「ここでエロ小説的展開だと、どうしても赤ん坊が欲しくなって『お前がパパの赤ちゃん産んでくれ』ってことで俺が襲ってこう太に中出ししちゃうんだろうけどさぁ…」
「ん?何?ゴメンよく聞こえなかった」
「くそぉ…俺のバカ野郎…。十年間、3650日何やってたんだよぉ…。そのうち600日くらいは森崎くんと酒飲んで遊んでたぞおいぃ…」
「仲良しだね」
間宮さんに言っちゃうよ、と心の中で思って頭を撫で続けた。
お父さんは今、うちにDVDデッキがないため垓くん家のデッキを借りてボクの小さい頃の映像を食い入るように見つめている。
そして、当時のボクの様子に可愛いとため息をつき、当時の自分の不甲斐なさに泣きそうになってる。
「こんな可愛いこう太をほったらかして俺、何やってたんだろう…」
がっくりと肩を落としているのを見ると、可哀想な気持ちと同時にちょっと…ヤキモチを焼いてしまう。
聖斗さんじゃないけど、昔のボクばっかり可愛がられていて、今のボクは面白くない。
「こう太、うちのパパが作ったんだけど、焼きそば食う?」
そんなこと考えていた時、熱志さんが焼きそばの入ったお皿を渡してくれた。美味しそうな匂いにお腹が鳴ってしまったのを熱志さんに聞かれて、ちょっと恥ずかしい。
「いただきます」
「召し上がれ」
受け取って食べ始めると、台所からニコニコしながら保村さんがやってきた。
「こう太どう?おっちゃんの焼きそば」
「はい、すっごく美味しいです」
「そっか、よかった」
美味しくて食べていると、保村さんが段々とあれ?と首を傾げた。
どうしたんだろうと思っていたら、お父さんに近づいていってからボクを指差して、
「おい石川。こう太デレねぇんだけどどーゆーことだ?」
「はぁ!?だから俺の前でしかデレデレしねぇんだって!!」
「えぇ!?焼きそば食わせたからじゃねぇのかよ!?」
ボクの目玉がポンっと飛び出した。
お父さん達の話はバッチリ垓くん達にも聞こえており、「デレデレ?」「デレデレってなぁに?」って首を傾げられた。
デレデレとか言われて恥ずかしいのと、ボクのそんな姿を話してしまったお父さんへの怒りと、垓くんに聞かれてしまってやっぱり恥ずかしいのでボクの頭はパーンとなり。
ボクはアルバムを持つと、お父さんの脳天に振り下ろした。
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