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(9)
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「こうちゃん」
「あうー」
「こーうちゃん」
「あー」
「こーうちゃん」
「あーぶー」
「…ダメだ。時間を忘れる…」
「忘れるんじゃねぇ!さっさと帰れ!!」
(9)
俺が長々と保村家に居座っている状態にキッチンから保村が大声を出して怒るが、すぐ隣でレタスをちぎっている熱志に「パパ、大声出したらこう太が起きるよ」と怒られてぐぬぬと渋い顔をしていた。
そんな保村にフォローをいれることもなく、マリアちゃんはこう太のほっぺたをぷにぷにしながら、「パパの抱っこいいわねー」と甘い声をだしてずっと優しく見つめていた。
別に保村は俺が居座っていることに怒っているんじゃない。
俺とマリアちゃんとの距離が近いことに怒っていた。
就職活動は教員免許を取っていたせいか、師匠には主に非常勤講師の職を紹介してもらっている。
筆記試験や面接なんかの毎日と並行して、一般企業も探している。中々俺の容姿が特異なとこがあるので、一筋縄ではいっていないのだが…。
それでも、日中マリアちゃんにこう太の面倒を見てもらっているから安心して就活できる。
今日もこう太を迎えに行ったら、お夕飯どうぞとマリアちゃんに進められた。
もちろん断ったんだけど、熱志がもう少しこう太を見ていたいとせがまれたのでお邪魔させてもらった。
んで。私用で出かけていた保村が帰ってきた時に、擬似親子っぽい光景に怒ってさっさと帰れと言われたけど「疲れちゃった。あなたのご飯食べたら元気になれると思うの」というマリアちゃんの言葉で、保村は夕飯を渋々作るはめとなった。
「何から何までゴメンね」と謝ると優しい笑顔で、「好きでやってるからいいの。それに、熱志もお兄ちゃんぶって好き嫌いが無くなったからこう太くんをうちで育てるのは良い事なんです」と言ってくれた。
その美麗な笑顔にちょっとデレっとしていたら。
「…ずっとうちにいてもいいのに」と言われて、背筋が寒くなった。
要するに、俺からこう太を取り上げて育てたいということだ。
俺は慌てて立ち上がると、マリアちゃんが引き止めるのをやんわりと断って自分の家に帰った。
◇
「こう太が可愛いんだよ」
「当たり前だろ。そうやって庇護欲をそそってだな…」
「ハイハイ。御高説はいいから、垓のおむつ変えてね」
説明中の華田を遮って永子ちゃんが渡してきたのはおむつ。華田は説明を中断されてちょっと不満そうな顔になった。
華田のカミさんである永子ちゃんは、垓の兄貴である影司が小便漏らしてしまったため着替えをさせたり水たまりになった床を拭いたりと忙しなく動いている。
片手で四歳児抱っこしたままシャキシャキと動く姿に、母ちゃんってすごいなぁと思ってしまう。
同じアパートに、やっぱり乳児のいる部屋があるんだけど。そのお母さんは片手で赤ん坊を抱っこし、もう片方ででっかいベビーカーと買い物袋をぶら下げてホイホイと階段を登っていく。俺は落とすのが怖くて両手じゃないとだっこできないのに、俺より遥かに小柄なお母さんがそうやっているから、俺は尊敬しっぱなしだ。
世のお母さんは本当にすごい。
「あう~」
喃語を話す垓の顔を覗き込むようにこう太の顔を見せてやる。
お友達になってな~と言うと、垓は無邪気な笑顔を見せた。あぁ、こんな可愛い時期があったんだ。今じゃ、すっかりひねくれて二重人格だというのに。
「お前、こう太の飯は良いのか?」
「ん?あーそろそろか。お湯貰っていい?」
「どうぞー。こっちのポット使って」
ミルクをつくってこう太に飲ませてやると、小さな唇が一生懸命動いて哺乳瓶からミルクを飲む。おちょぼ口の唇の先がちょっと尖っていて可愛くて仕方ない。
何度もキスをしようとしては周りに怒られ、家でこっそりやろうと思っても理性が邪魔をする。
「あーちゅーしてぇ」
ダメだって言ってんだろ、と垓を膝の上に乗せる華田にキツく言われる。
垓は何が面白いのか、ニコニコ笑っている。可愛い。
夢にこの状態で出てくるってことは、一回現実で見ているっていうことだろうけど。いつ見たっけ。覚えていない。
「まぁ、乳臭いからな。舐めたら甘そうだけどな」
「あ、舐めてみたけど、特に味はしなかったぞ」
「…舐めたのか」
俺が発言した途端、バシバシ華田に頭を何発もひっぱたかれる。結構本気みたいだからかなり痛い。
「何赤ん坊ペロペロしてんだよ!!」
「口じゃねぇよ!!ほっぺただかんな!!」
「お前口舐めてたらこんなもんじゃすまねぇかんな!!マジでガキとりあげっかんな!!」
「うるさいわね!静かにしなさい!!」
ギャーギャー騒いでいる俺達の元に、片手で影司を抱っこした永子ちゃんがやってきて、空いてる方の手で俺達の頭をはたく。
華田よりも痛い。
大人達が叩かれて、子供達は何が面白いのかケラケラ笑っていた。
◇
こう太はすくすく育つ、っていう言葉のとおり順調に大きくなっていく。
何度もそのぷっくりした唇にキスしようと思っては周りに叱られ、じゃあ俺がこう太にキスされればいいんじゃね?とおちょぼ口のこう太に自分のほっぺたを近づけては華田や保村に説教されていた。
とうとうファーストキスを解禁したのは、確か三歳ぐらい。
どっかからか、チューっていうのを覚えてきたので軽くチュってやったら嬉しそうにしていた。それ以来、こう太が泣きじゃくったり、反対にこう太がご機嫌の時にアヒル口のこう太とチュッとやるようになった。その時によって、照れたり嬉しそうにニコニコしているので、本当に可愛い。
「おとーしゃん!」
「はーい」
「おとーしゃん!」
「はーい」
「おとうしゃん!!」
「はーい」
こう太はそのプクプクした手でほっぺたを抑えては照れていた。
この掛け合いに意味はない。
ただ、俺を呼んでみて俺が返事をするだけで嬉しいみたいで、俺が早く帰ってきて家事を終わらせるとずっとこんな風に遊んでいる。
俺は師匠のツテで私立高校の非常勤講師になんとか就くことができた。一日みっちりってわけじゃないから、日によっては早く帰れたりする。まぁ、給料はちょっと厳しいけど。
常勤講師に、って話もなくはないがこう太が保育園に行くまで待ってもらっている。
夕飯を簡単につくってこう太と飯にする。
最初は失敗ばっかだったけど、今ではなんとか食えるレベルになってきた。
「こう太、しいたけ残ってるぞ」
「…きらい」
「好き嫌いしてたら大きくなれないぞ」
「おとうしゃんがあーんしてくれたら、たべるよ?」
こう太の言葉に俺は吹き出した。
食べるよ?って何で疑問形なんだよ。
俺はお望み通り、しいたけを箸で摘むとこう太の口に持っていった。
「じゃ、あーん」
「あーん♪」
こう太はしいたけをちょっと嫌そうな顔で咀嚼してからごくんと飲み込んだ。
そうして、食べたよってことで口を大きくあけて俺に見せてくれる。
それが可愛くて、よしと頭を撫でてやる。
「あーんしないと食べないなんて、こう太はまだまだ赤ちゃんだな」
俺の言葉にちょっと口を尖らせながら、
「ボク、あかちゃんでいいよ。おとうしゃんも、かわいいからそのほうがいいでしょ?」
と呟いた。
こう太の言葉に、今度こそ俺は大笑いした。
毎日、小さくて可愛いって言われているからかな。今の自分が可愛いってこと分かってやがる。
俺は大笑いしながら、こう太の細くて柔らかい、ふわふわした頭をグリグリ撫でた。
「そんなことねぇよ。早く大きくなってくれよ」
「かわいくなくなっちゃうよ?」
「こう太は大きくなっても可愛いんだよ。父ちゃん知ってるんだ」
「じゃあ、ボクのことスキでいてくれる?」
「もちろん。ずっと、ずーっと大好きだよ」
「ボクも、おとうしゃんスキ!!」
そのちっこい両手で俺のほっぺたを挟むと、唇を突き出して俺の唇にキスした。
頬に触れたその小さな手は顔が綻ぶくらい、暖かかった。
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