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フェアリーテールハウス
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ロニは提示されたたったひとつの条件の意図を測りかねて「はあ」と分かったようなわかっていないようなどっちつかずの声をあげたが、今の自身の生活を思えば比べるまでもなく首を縦に振るべきだった。
「…本当にそれだけでいいのか?」
「うん。それで十分なんだ」
目の前の人物は、くるくると跳ねる癖毛とは反対に随分と落ち着いた雰囲気の青年だった。
おっとりとしているというよりは、間が抜けているように彼よりずっと年下のロニは思った。
つい先ほど狭い路地裏で出会ったばかりの青年はウォルトというらしい。
絵を描き、それを売って暮らしているという彼にロニが案内された一室はアパートの外壁と同じように部屋中が真っ白に塗りつぶされており、所々に絵の具が飛び散っているのであった。
部屋の隅に飛び散った彩度の低い青色はざらついている。
多分、この街で人気のある貝の絵の具をつかっているのだろう。絵などとは縁のない生活をしているロニにもそれは分かった。
部屋の中にいくつか並んだ絵の具の乾きかけているカンヴァスにはどれも美しい風景が描かれている。
ただどこまでも美しい風景を切り取って四角に閉じこめた絵だった。
この海に面した白い街は、富裕層はほんの一握りで、あとはどっこいどっこいといった感じだ。
贅沢をしなければ食べていけるといった生活を送っている者が半分。趣味の範囲で娯楽を楽しみながら暮らしている者が半分。
そんな街の外れ、貧民街で生まれ育ったロニにはあまり縁のない光景で、そして心の動かされない絵だった。
更に目の前の人物もどちらかというとロニの長くはない人生において関わりのないタイプの人間であった。
妙に浮き世離れした雰囲気で柔和で…それが路地裏で会ったときと今とでロニがウォルトに抱いた印象だ。
ロニはたまたまやってきた路地裏でウォルトと出会った。
途方に暮れた様子で肩を落とし立ち尽くす彼の眼前にはボロボロのブーツで走り去っていく子どもの姿がある。
「追いかけねえの?」
「え?」
逃げていくのはほんの7、8歳の子どもだ。
この大人が少し走れば追いつけるだろう。
「財布とられたんじゃないの」
「…すごいな、よく分かったね。絵の具をばら売りしてるって言うから貰おうと思ったらそのままひったくられてしまって」
財布をとられたのは彼自身だというのにウォルトはどこか他人事のように話す。
「可哀想だって思った?」
「え?……可哀想…どうだったかな。いや、でも本当に絵の具は欲しかったんだよ。ちょうど黄色を切らしてしまっていたから…ああ、僕、絵を描いてるんだ。別に有名とかそういうんじゃないんだけどね」
ウォルトはそう言って苦笑する。
「ふうん。で、財布は逃げていってるけど」
路地裏を抜けた先には白い壁で反射した光が溢れ、みすぼらしい子どもの姿はまるで豆粒のようになり、そして人波に飲まれていった。
身なりで言えばロニも同じだ。昼と夜の温度差や強い日差しから身を守るために肩からかけた大きな羽織物はすっかり汚れてしまっている。
「うん…困っているんだ。僕だって暮らしに余裕がある訳じゃないから出来ることなら財布は返して欲しいな」
「だったら追いかければいいじゃん」
「そうなのだけれどね、追いかけていいものだか…大した金額じゃないけどあの子の食事代くらいは入っているし。…それとも追いかけて叱りつけてやるべきなのかな、僕は」
君はどう思うかい、と初対面の年下の子どもに真剣な表情で訊いてくる青年にロニは開いた口が塞がらなかった。
海に面した町なので強い日差しから遮られた日陰の道にも潮と熱を含んだ風が吹き込んで渦巻いている。まだ成熟していない少年の細い首を汗が伝う。
なんとなく、その様子をウォルトは目を細めてみていた。
「自分で考えな」
ロニは愛想なく答えた。
実のところロニにも正解は分からない。
今回の収穫であの子どもは少しの間飢えないで済むのだろうが、今回のことで味をしめて次を行えば確実に痛い目をみるだろう。こんな性格の人物に当たることなどそうはない。
やるのならば、もっと確実にやらなければ。
「例えばもし、オレがさっきの奴みたいに誰かからものを奪うくらい困ってるんだとしたらあんたはオレにも黙って財布を渡してくれるのか?」
特に他意もなく尋ねたことがウォルトの部屋に招かれるという結果を招いた。
財布は渡せないけれど、と口を開いたウォルトはただロニに部屋にいてくれればいいのだという。そうしてくれるだけで大した金額ではないが金を支払うというのだ。
それだけでいいのかと訝しがるロニに、薄手のテーブルクロスをかけた丸テーブルを挟んで紫色の瞳を向けているウォルトは「君がいてくれればなにか描けそうな気がする」と言った。
続けて「この間まで手伝いをしてくれていた子にも急に辞められてしまって」とも。
ロニがアシスタント代わりはできないと言うとウォルトはそれで構わないと言う。
なにか裏があるんじゃないかとロニは思ったが、雨風凌げる場所を提供してくれる上に金まで払うという申し出を断る理由はなかった。他人と同じ空間に長居するのは好きではなかったけれど。
実際にウォルトと生活を始めてみて、なんだかんだでいいように使われるのだろうと思っていたロニは初めて会った日に言われた言葉が少しも破られず忠実に守られていることに驚いてしまった。
ウォルトは提案はしても強制は一切しなかった。
ロニが泊まっていっても、どこかへ行っても、ウォルトの家で食べてごろごろしているだけの日でも、ただにこにことして黙々と絵を描いているのだ。
「あんた余裕あるんだなあ…」
「そんなことないよ。ただ、最近は少し仕事が増えたかな」
白い部屋の白いベッドの上で昼間から寝ころんでいる手持ちぶさたの少年はなんだか申し訳なく思いながら開け放した窓からの風で揺れる薄手のカーテンを目で追った。
申し訳なく思う必要などきっとどこにもないのだろうが、他人と比較するという久しぶりの行為は億劫な憂鬱を積み上げる。
目を閉じると街の喧噪が微かに入り込んでくる。
アパートの最上階…とは言っても3階程度だが灼熱の地面から遠く離れた部屋には誰かたちの声はリアリティを伴わないまま入り込んでくる。
ごろん。
もう一度寝返りを打つと少しの仕切りで分かれた隣の部屋でカンヴァスに向かっていたウォルトと目があった。
「ウォルトは外で絵描かないんだな」
「どうも外で絵を描くのは苦手で。この街はごちゃごちゃしているから頭がこんがらがってしまって」
だから部屋も真っ白に塗りつぶしてしまったのかな、とロニは思った。
「風景の絵ばっかり描いてるみたいだったからいっつも外にいるんだと思ってた」
「うん。外にはね、行くよ。それで描こうと決めていたものは大概覚えてしまうから後はここで描いているんだ」
ウォルトは一度見たものはその距離や輪郭、細かなものの配置まで正確に覚えてしまう。だから彼のカンヴァス中にはいつかの日のいつかの時間、その瞬間が生々しく時を止めて生きているのだった。
すごい才能だなとロニが言うとウォルトは「つまらない絵だって言われることもあるよ。創造性のない絵だとか…ね」と言って苦笑した。
ウォルトは一度見たことのあるもの以外…つまり想像ではまるで何も描けないのだった。
本人はそれを困ったことだと話すが実際に彼の生活を支えているのはその能力と画力なのだ。
ロニはまだウォルトの絵は風景画しか見たことがなかったが連絡がくればウォルトはなんでも描いた。
たとえば海の近くで行われた結婚式の絵や初めて子どもの生まれた夫婦の絵。手入れされた庭の絵、依頼人の近しい人物が死んだ日の夜の絵。
ひとの記憶は曖昧なものだ。
正確に残しておきたい光景や気持ちも時の経過につれて褪せて上書きされ、最初の輪郭からはみ出していく。
気持ちは保存しておけなくてもせめてその光景を。
そう思うひとたちが彼らにとって特別な日をウォルトに絵に残してくれと依頼してくるのだった。
「だから僕の絵は、買ってくれたひとたちだけに価値があるものでその思い出が不要になればそこら辺の埃と変わらなくなってしまうんだよ」
ウォルトがあんまり寂しそうな目をするものだから、ロニは喉元まででかかった肯定の言葉を飲み込むのに苦労した。
まるで彼の言うとおりだった。
彼の絵はその所有者だけに価値のあるもので確かにロニにとって価値のあるものではなく、そして特別好きな訳でもなかった。
けれどとロニは思う。
こうしてベッドに寝ころんでいるだけの自分とカンヴァスに向かっているウォルト。どちらが他人にとって有用なのだろうと。
窓の向こうの通りから馬車の走っていく音が聞こえた。
馬の蹄が石畳を蹴る音。思えば…というような年でもないが今も含めて誉められた人生はおくってこなかったと思った。
読み書きができるわけでもなく、14という年齢に対して小さなからだと細い体格は肉体労働に従事するには不向きで、他人が眉をしかめるようなことばかりしていのちを繋いだ。
大ざっぱだが面倒見のいい性格だったので同じ地区のスラム育ちの年下たちには慕われていたが前にひとりが流行病にかかったのをきっかけにしてみんなあっけなく息をしなくなってしまった。
よく懐いていた弟分の亡骸を仰向けにしたときに、窪んだ瞳にうつった影はロニにとりつき、ロニは今も寝ころんだまま、ぼうと影のように息をしている。
「愚痴を聞かされても困るね。今日はどうする?泊まっていくかい」
「考え中」
「考え中なら泊まっていかないかな。食料の買い足しにも行きたいし…もちろん、ロニが構わないならだけども」
買い足さなくても貯蔵庫にはウォルトひとりなら十分な量の食材が残っている。ウォルトは寂しいのだろうと思いながらロニは買い物に付き合うことにした。
強い日差しの和らぎ始めた夕方に部屋を出たふたりは完成した絵を客の元へ届け、代わりに得た報酬の一部から食費を出した。
海の近い街なので魚介類を売る店が多い。
閉店準備を始めている店もある中、保存の利く干物を買った。
普段は果物は買わないらしいのだがロニが一度食べたことのあるオレンジがおいしかったと話すと、それ以来、買い物の度にオレンジを買ってくれるようになり今日もひとつ買った。
それからコブパンを買って、ブリキ缶の牛乳を買って食料の調達は終了した。
ひとの疎らな通りを歩きながらロニがふいとウォルトを見上げる。
「前にウォルトの絵手伝ってくれてた子がいたって話してただろ」
「…ん」
ロニの唐突な切り口の会話にウォルトは首を傾げた。
白い街は夕焼けで燃えて色を変えている。その道の大小の影が落ちてゆっくり歩いていた。
「女の子だったんじゃないのか?」
「どうして分かったんだい」
「やっぱり。辞めるとき怒ってただろ」
「…それも当たってるね」
「酷いことするんだな、ウォルトって」
「酷いって。急に怒って出て行かれてしまって僕はなにがなんだか分からなかったし大変だったんだよ」
「それからその子とは会った?」
「僕が顔をだしたって喜ばないさ。顔も見たくないどころか名前を聞くのも嫌だと言われる始末で」
やっぱりそうだ。
内心で呟きながら本当に分からないといった様子で困り顔をしたウォルトをみて小さく笑ってしまった。
多分、その子はウォルトと寂しさを共有する以上にウォルトに踏み込みたかったのだろう。だからだめになった。
抱えた紙袋から香る柑橘類の匂いを感じながら考える。
あの日路地裏で財布を盗んだのが自分で後から来たのが子どもだったなら、いまウォルトの隣にいるのも擦れたブーツを履いていた子どもだっただろう。
そういうことに気づいて耐えられなくなってしまったから辞めてしまったんだ。
隣にいて欲しいと願われながら必要とされていない。
簡単に言えば欠けたピースは誰でもいいということだ。
なんて寂しい、反面、心地よかった。
ふたりの間には常に冷たい水が佇みながらも穏やかな時間が流れた。
ロニがウォルトの元に居候するようになってからだいたい2年。
その日もいつもと変わらず晴れていて、じっとりと汗をかく日だった。潮の匂いは部屋中にこびりついていた。
「来月から隣町の屋敷で絵を描くことになった」
ぽつりと小さな声でウォルトは言ったが、それをなんでもないことのようにロニはとらえた。
今日の朝食はトーストとミルクとクリームチーズだ。
クリームチーズの上にブラックペッパーを挽きながら尋ねる。
「いつまでだよ」
仕事の依頼は大抵、同じ街の住人からだったが絵のモデルの対象となる場所が遠くてウォルトが何日か家を空けていたことは前にもあった。
最近部屋の掃除をしていなかったからその間に部屋を綺麗にでもしておいてやろうかなんて考えながらトーストにかじりついた。
出会った時の、内心でウォルトを間抜けとよび都合良くつかってやろうと思っていた頃に比べて随分と棘が抜けた。紐であることは相変わらずだったが。
「……」
「ウォルト?」
「ごめんね、わからないんだ」
「…へ」
思わず間の抜けた声がでたロニから視線を外してウォルトは続ける。
「住み込みで描くことになって…モデルは住み込み先の屋敷のひとり娘なんだけど。病気がちなんだそうだ。まだ笑っていられるうちの絵を描いて欲しいって。…空いている時間はなにを描いてもいいそうだけど、逆にその娘さんからはあまり目が離せないんだ」
そういえばここ最近、ウォルトは仕事以外の絵をクロッキー帳に描いていることが多かったとロニは思い出す。
すっかりこの生活に落ち着いていたがウォルトが他人の思い出以外も描きたがっていたことも。
生活があったからどうしても糧になる絵を描くことが多かったが住み込みで生活が安定すれば描きたい絵に時間を注ぐこともできるだろう。
想像でものが描けないという彼の描きたい絵がなにかは知らなかった。
「ロニのことも連れていければよかったのだけど…」
ロニはトーストを握ったままだったが、言葉を濁すウォルトの様子にようやく時間の流れを思い出したように手を起き、わらった。
「…そっか。悲しい仕事だけどウォルトの描きたいものも描けるといいな」
ウォルトは暫く黙り込んでから「ありがとう」と一緒に謝罪をした。
別れの日、部屋を出ていくウォルトは左手に持ったトランクを地面に置き、一度両腕を差し出し、まるで抱きしめるような素振りをみせたがすぐに首を横に振った。
ウォルトは一度も振り返らずに出ていった。
元々静かだった白い部屋はいまはまるで死んだようだ。
絵描きの青年は別れの言葉の代わりにこの部屋を置いていった。いままで通り自由につかっていいとのことで貯金も全部置いていった。
ロニは寝ころんで時折水を飲んでまた横になった。
からだをおけるスペースがあればどこでも寝ころんだ。
食事をしたテーブルの上、絵の具の匂いが残るアトリエの床、窓のある壁に背を預けたまま日が暮れたこともあった。
ぼおとして部屋を瞳の表面に映しながら、もう夜中に微睡みの中で鉛筆が紙の上を走る音を聞くこともない、唯一でなくともピースのひとつでさえなくなったのだと感じて、誰かの影のように亡霊のように生きていた少年はついに本当の抜け殻になってしまった。
そんな中、ふとクロッキー帳の存在を思い出した。
仕事で描いているカンヴァスの絵は部屋に置きっぱなしなので目にすることも多かったがクロッキー帳の中はみたことがなかった。
部屋のどこかにあると思い、アトリエの引き出しを空けてみたら空っぽの棚の中に1冊だけ残っていたのでそれをベッドに持っていき開いた。
「…なんだよ」
数ページ開いて漏れた声は数日ぶりに発したものだった。
埋まっているページはすべてこの部屋の風景で、そしてどの絵の中にもロニがいた。
食事をしているところ、郵便を受けているところ、寝る前にストレッチをしているところ、寝顔…。
どうして誰でもいいピースのひとつだなんて思ってしまたのだろう。
それ以上ページをめくれなくてクロッキー帳を抱きしめたまま何度めかわからない眠りについた。ウォルトはいつ帰ってくるのだろうか。…そもそも帰ってくるのだろうか。
目にしたものしか描けない絵描きのクロッキー帳の中に彼自身はいなかった。
それから数ヶ月した朝、ウォルトは少しばかり懐かしいアパートの前に立っていた。
住み込み先の娘は先が長くないと言われていたにも関わらず、医者も驚くほどの回復力をみせ、幸いなことにウォルトのいくつもの絵は少女の成長録となったのだった。
屋敷には絵の講師もいたので学ぶ機会も与えられ、ウォルトにとって非常に有意義な仕事となったが心配なことがひとつある。
この中にいるだろう少年に手紙をだしたが一向に返事がこなかったのだ。
スラムで育ち教育を受けていないために読み書きのできなかったロニに、一緒に暮らしている間、暇をみつけては文字を教えていたので簡単な文章なら読めるし書けるようになっていたはずなのに。
最初の手紙は部屋を出てから1ヶ月半後にだした。
本当はもっと早く出すつもりだったが、屋敷のひとり娘というのがまた酷い人見知りだったためになかなか本業ができず、ご機嫌をとるのに忙しく手紙を出すのが遅れてしまったのだった。
次の手紙はその半月後に、次は2週間後、1週間後、4日後…と気づけばほぼ毎日返事のない手紙を出していた。
これだけ手紙を出して返事がないのだからロニはもうここには住んでいないのかもしれないと考えないわけではないが、他に当てもない。
アパートの階段を上がると、部屋のドアは出ていったときと寸分違わぬ重さで開いた。
ドアを開けた瞬間、やっぱりかとウォルトはため息を吐いた。
ドアから玄関直通の郵便受けに放られた手紙が封を切られずに床に散らばっている。
いままでひとりで生きてきた子だったのだから、自分がいなくてもどこかで上手くやっているのだろう。
仕方なく自分で出した手紙を自分で回収してから室内に進んで目を開いた。
ベッドの上でクロッキー帳を抱いたロニが眠っている。
「ロニ…」
しっかりと瞼を閉じている少年の髪を撫でながら声をかけたが反応はない。
今度は少し強めにからだを揺すったが起きることはない。
一瞬、死んでいるのじゃないかと背中が寒くなったが、眠っているロニの胸は緩く上下していてきちんと呼吸をしている。
ほっと胸をなで下ろしながら、見下ろした頬に乾いた涙の跡を見つけた。
その意味を条理を逸したところで理解してウォルトは膝をついた。
ああ、この子は寂しくて眠ってしまったんだ。寂しさを抱えて待ち続けている間にそれに飲まれてしまったんだ。
いつも自分は気付くのが遅い。
ロニの前にいてくれた子が怒って出ていった意味もこの間ようやく気付いた。ウォルトは彼女に慕われていたのだ。
多分、彼女が追いかけて欲しくて言っただろう言葉を言葉通りにとってウォルトは追いかけなかった。
今回だって気持ちをきちんと伝えてから家を出ていれば寂しくて寂しくて夢からでられなくなってしまうような想いをさせなかったかもしれなかったのに。
隣街へ向かう日、どうして抱きしめるのをためらってしまったのだろうか。…好きだって。
同性だからとかそんなことを考えてためらっていたんじゃない、好きだということすら、いま気付いたのだった。
気付くのが遅いふたりのうち、青年は眠る子の髪を撫でながら、少年は隣で夢を見ながらもう一度出会うときを待っている。
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