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第十一話
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颯希が弓道場へ着くと伊織は三人で弓を引いていた。
伊織は一番前。
周りの部員達はじっと静かに伊織を見ていた。
伊織がゆっくりと弓と弦の間を広げると部員の一人が大きく声を上げた。
それに続いて他の部員全員が声を上げる。
「大前一本!」
「一本!」
次の瞬間、伊織は見事に的を射抜き、また声が上がる。
「よしっ!」
一連の出来事に颯希は驚きで黙っていた。
周りの声かけも驚いたけれど、弓を引く伊織がまるで別人のように凛々しいことに最も驚いた。
いつもはだらだらとしていて、悠馬に弄られれば子供のように頬を膨らまして甘えてくる伊織。
今の姿からは想像もつかない。
黙って伊織に見惚れる颯希に気づいた弓道部部長が声をかけてきた。
「俺は部長の橋本。どうかしたんか?」
この鈴風中学高等学校は中高一貫校。
弓道部は中高で分かれていないため、もちろん部長は高校二年生。
三つも学年の上な男に声をかけられ、緊張しながらも用件を伝える。
「二年D組の長谷川です。穂積に話があってきました。」
「ごめんな。穂積は今、立中なんだ。終わるまで中で少し待ってて。」
先ほどから三人で緊迫した雰囲気で弓をひく、あれを”立”と言うのだろう。
理解した颯希は「わかりました。」と答え、道場の隅で正座をした。
周りを確認すると睨むように伊織を見る先輩らしき人々がいた。
妙に緊張した場の雰囲気に違和感を感じると、隣に橋本が座り、口を開く。
「今引いているのは中学生大会で一軍を張っている連中でね。
高校生はあいつらが高校生に上がるのを恐れているやつも中にはいる。
中学生は尊敬と嫉妬で手に汗を握りながらあいつらを見ているだろうな。」
中学二年生の伊織が一軍。
もともと凄いことは知っていたが、こんな風に目の前で見て見るとより実感した。
感心する颯希を見ながら、橋本は伊織について話し出した。
「弓道ではさ、主将は一番後ろに立つもんなんだ。
最後の最後、そいつが当てるかどうかで決まる試合もある。
一番プレッシャーがかかるからな。
学年関係なく、成績から見れば、中学生の主将は穂積だ。それはみんなわかってる。
けど、あいつはメンタルが弱い。
プレッシャーに恐れて、本来の力が出なくなるんだ。
だから逆に前に置いた。」
伊織のメンタルが弱いなんて初めて知る。
だるそうないつもの伊織にはプレッシャーに弱いイメージなんて全くなくて、無表情で「眠い。」とか言いながら淡々と弓を引いているイメージがあった。
颯希は自分が伊織を全然知れていないことに落ち込んだ。
そんな颯希の様子に気づかないフリをしながら橋本は続ける。
「知ってるかも知れないが、今一番後ろにいる奴な。
神崎恭一(かんざき きょういち)。
あいつもお前らと同じ二年。
穂積のことをすっげぇ妬んでる。はたから見てもまるわかりなくらいにな。
穂積が当てると、神崎も当てんだよ。負けてたまるかって顔してさ。」
神崎恭一。
他クラスの生徒。
同じ学年でも会ったことがない。
なぜ自分にそんなことを説明してくるのか不思議そうな顔をしている颯希に橋本がにやりと笑い、次の瞬間、衝撃的なことを言う。
「君さ、穂積のこと好きだろ?最初に見たとき、明る様に見惚れてたし、話してる間、ずっと穂積見てるもんな。」
悠馬にバレるのはまだわかる。一緒に居た時間があるからだ。
けれど、初対面にして見抜かれたことに颯希の顔が赤くなる。
「照れんなって。いいんじゃない?恋愛は自由なもんだしな。」
橋本は相変わらず笑いながら話す。
「んで、こんな話してる理由だけど。
神崎さ、きっと穂積のこと好きになるぜ?もうなってるかも知れないけどな。」
「えっ。でも、妬んでるって。」
そう、先ほどの話から察するに神崎は伊織を嫌っている。
それがなぜ伊織が好きだと繋がるのか意味がわからなくて首を傾げる颯希に橋本は落ち着いた様子で口を開いた。
「まあ、嫌がってるやつほどこの先どうなるかわからんもんだ。頑張れよ。」
何を言われたのか理解できず、悩んでいると立を終えた伊織がこちらへ歩いてきた。
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