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第十七話
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浴槽を出て、自室に戻り、ベッドの上へ転がる。
ズキズキと痛む胸。イライラとした気持ち。
颯希の中で、何かが軋む音がする。
その何か、は今はまだわからない。
けれど、まるでパンドラの箱のようなそれは、やはり開いたらまずいものだということだけはわかった。
もう何も考えたくなくて、静かに目を閉じる。
これ以上はダメだと、全身で警報がなるのを感じた。
暗闇の中、伊織の背中が見えた。
「穂積?」
声を開けても振り返らず、声を返すこともない。
色白で、男にしては華奢な背中がだんだんと遠ざかる。
ふと、伊織の隣にもう一人、別の人物が現れる。
その相手は…神崎だ。
二人の後ろ姿が遠くなっていく。
神崎が怒っているような、照れているような顔をして伊織に話しかけると、伊織は神崎の方へと顔を向ける。
それは颯希や悠馬に見せるふわりとした柔らかい笑顔。
仲が良さそうに二人で歩いていく。
「待って。穂積っ!」
いくら声をかけようと、伊織は振り返らない。
「俺っ、穂積のことが好…」
目を開ける。
いつもの天井。
自分の部屋だ。
「夢…。」
目からは涙が溢れ、呼吸は荒い。
うなされていたことが明らかだった。
「やばい。俺、穂積のこと好きすぎ…。」
寝ている時でさえ、伊織を考える。
颯希は自分の気持ちの重たさを実感し、朝一番のため息をつく。
涙を拭き、手元に置かれた眼鏡をかけ、窓を眺める。
外はすっきりと晴れ、暖かい日光が降り注ぐ。
昨日でテストが終わり、終業式までは特別進学クラス強制補習で学校は昼から。
心地のいい朝であるはずが、颯希の心の中は嵐でもくるのではないかと感じるほどの静けさが漂っていた。
昨日の出来事から落ち込んだ気持ちは上昇する気配すらない。
清々しい朝は、暗くなった自分の気持ちが浮き彫りになるようだ。
過去は変わらないことはわかっているけれど、体の中を駆け巡る悲しいような、悔しいような曖昧な気持ちがおさまらない。
こんな中、午後に予定された補習授業。
そのタイトルから強制参加が決められている。
つまり、伊織も来る。
昨日、伊織に、神崎とのキスシーンを目撃して泣いている姿を見られ、慰められもした。
思い出せば出すほど恥ずかしくて死にそうになる。
伊織のことだ、何もなかったようにいつもどうりに接してくれるだろうけれど、颯希はそうではない。
今日はきっと、伊織の顔をまともに見れないのではないかと思うと自分に呆れるばかりである。
午前十時。
玄関で深呼吸をして玄関を出る。
いつもよりも遅い時間の電車はあまり混んでいなくて、そっと端の席に座って目的地を目指す。
ぼんやりと眺める外の景色は一瞬にして移り変わる。
それと同じように、颯希の考えていることもまた変わった。
思い出すのは慰められた時の伊織。
相変わらず少し冷たい手のひら。
今でも忘れない優しい表情。
そして、その唇が発した言葉。
颯希は咄嗟に自らの右手で顔の半分を隠す。
その表情を隠す為に。
あの時、そっとなぞられた唇。
その傷はまだ消えてはいない。
けれど、一生消えなければいいのに、と感じた。
颯希の心臓の鼓動は、今日も加速するばかりだ。
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