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第三十一話
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「なんでって、どういうこと?」
小さな声だったが、目の前にいる颯希には確かに聞こえていた。
不意に溢れた言葉だったらしく、神崎の表情からは「しまった。」と少しの焦りを感じた。
「…なんでもない。」
右手で顔を隠しながら、一言返す神崎。
けれど、いきなり睨みつけられながらキレられた颯希はそんな言葉で済ませる気はない。
神崎自身の話はどうでもいいが、そこに伊織が関係するなら聞くしかない。
「穂積と、何があったの?」
颯希は真剣な表情で神崎に問い詰める。
頑なに口を閉ざす神崎。
その様子を確認して、颯希が一番気になっていたことを神崎に尋ねた。
「穂積に、告白したの?」
神崎は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにその目を細めた。
そして再び怒りでわなわなとその手を震わす。
「してねぇよ。告白どころか話すら…。」
神崎は下唇を噛み、悲しそうな表情を浮かべる。
颯希の発言についカッとなって、話している相手が颯希だと言うことを忘れていた神崎は顔を俯かせた。
「笑えよ。どうせ、ラッキーだって思ってんだろ?てめぇも穂積が好きなんだから。」
恋敵に意中の相手との不仲を知られてしまうという、失態を犯した神崎は不貞腐れた。
一方、颯希は現状を理解していた。
つまり、理由はわからないが、神崎は伊織から避けられて、最近話せていない。
そこで神崎は、なぜ伊織に避けられているのかと考えた末、颯希が伊織に神崎のことをバラしたのだと思った。
そして今日、颯希を見つけてキレた。と言うことだろう。
現状の把握を終えた颯希は、目の前で顔を俯かせる神崎へと視線を向ける。
「別に。笑わないし、ラッキーだとも思わないよ。」
颯希が神崎に気を使って言ったわけではない。
それよりも、なぜ伊織が神崎を避けているのかが気になっていただけだ。
神崎の勘違いという可能性も考えられるが、颯希への態度と、神崎の必死さがその可能性を薄れさせる。
伊織が神崎を嫌っていることは知っていたが、話しかけて無視するほどではなかったはずだ。
颯希はぐるぐると思考を巡らせていたが、一向に答えが見つからないため、目の前の神崎へと視線を向けた。
颯希の言葉を聞いた神崎は照れ臭そうに右手の人差し指で頬を掻きながらもう一度俯き、口を開く。
「え…と。その、だな…。」
言い辛そうにもたもたと声が発せられ、颯希は不思議に感じた。
「何?」
颯希の神崎に対する認識は変わらず、早く話を終わらせたいし、できるだけ近寄りたくもない。
神崎を急かすように颯希が発した言葉で、覚悟を決めた神崎が目線だけは颯希に向けて口を開く。
「ごめん…な。勘違いして、怒ったりして。」
颯希は目を見開いた。
神崎が素直に謝ることが意外だったのだ。
数回瞬きを繰り返し、神崎の方を見る。
他人に素直に謝ることがほとんど無いのだろう。
俯いた顔の端からちらりと見えたその頬は赤い。
そうこうしている間に二人を乗せた電車は神崎の降りる駅に停車した。
相変わらず照れたままの神崎は電車のドアが開いた途端、足早に去っていった。
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