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【中編】ラントルディア4
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リーシアは、世間から徹底的に隔絶された環境で育てられた。
それを憐れに思った義父が礼儀作法等の最低限の教育は行っていた為、世間一般と常識がずれていたりする事はなく、字を書いたり読んだりすることは出来た。しかし、自分が住んでいる土地や国の事すら知らない超絶世間知らずに育ってしまった。
生まれてから一度も外の世界を知らないリーシアは、外の世界に出たいとも思わない。彼女の世界は、山奥に作られた小さな屋敷に大きな庭園。小さな頃から親しんでいる数人の使用人と義父しかいなかった。
世間ずれしていない、花畑で遊び回る美しい無垢な少女。誰かの手がなければ、すぐさま枯れてしまう大輪の薔薇のような少女。
そんな少女を育てていた義父は、娘を憐れに思った。また、自分が死んだ後、この少女をどうやって守っていけば良いのか思い悩んでいた。そんな時、たまたまリーシアの絵姿を見たアベルが、絵の中の少女に恋をした。
実は、義父はアベルの父親の兄であった。アベルの家族だけは憐れな少女の事を知らされていた為、秘匿されているリーシアの絵姿を見る事が出来たのだ。
この時、アベルは十五歳、リーシアは五歳だった。
この時のアベルは人形のような少年だった。壮絶な美貌と、大の男すら倒す格闘センス。比類なき知性を誇り、家庭教師すらも言い負かす程だったが、家族以外の他人に対する興味は皆無であり、淡い恋心を寄せてくる少女達を辛辣な言葉で泣かせる事は多々あった。家族に対しても無感動であり、母親すらも息子が笑った日には、息子の体調を心配するほどであった。
そんなアベルが一人の幼女を好きになった。しかも、家族すらがドン引くレベルのノロケ具合で……。
年齢的にギリアウトだが、義父はアベルに、光明を見いだした。リーシアとアベルが結婚すれば良いのだ。そうすれば、リーシアはある程度の自由が手にはいる。
幸いな事にアベルは三男で軍人志望である。アベルが赴任先の田舎娘に恋をして、それを嫁にしたと言っても不自然ではない。貴族は貴族同士でしか結婚できないので、平民に恋した貴族師弟が恋人を知り合いの貴族に養子にだし、書類上では貴族同士の結婚とする事は昔からあるからだ。
田舎の出生証明書等は簡単に偽造可能であるし、リーシアの存在が、一部にしか知られていない事も幸いだ。死体を用意すれば、簡単に死を偽装できる。
リーシアの死を偽装して一旦死亡したことにする。そして、アベルが見初めた田舎娘として、義父が再び義父となり、アベルと結婚させれば良いのだ。
アベルはこれに了承し、義父はリーシアの偽りの出生証明書を手に入れ、あとはリーシアが十五歳になるのを待つだけだった。しかし、それは叶わなかった。
とある紛争に赴いたアベルが負傷した。その報せを聞いたリーシアが、屋敷を飛び出して誘拐されてしまったのだ。
犯人は姫の乳母だった。姫の乳母は、真実を知る数少ない人物の一人だ。乳母は、姫を壊した男の罪の証であるリーシアが幸せになる事を許さなかった。たまたま屋敷を飛び出したリーシアに出会った乳母は、リーシアを捕らえて人買いに売り払ってしまった。
銀貨三枚。
それがリーシアの値段だった。姫とリーシアの見た目は瓜二つである。大切な姫と同じ容姿を持つ少女を見た老婆が、どのような気持ちで凶行に及んだのか分からない。何故ならば、捕らえに来た義父とアベルの前で罪を告白した乳母は、泣きながら喉を短剣で突いて自殺してしまったからだ。
人買いと取引した老婆が死んだ事で、リーシアの行方は検討がつかなくなった。リーシアは存在しない少女なので、大規模な捜索も行えなかった。一族はは独自で必死の捜索を行ったが行方も知れず、五年の月日が経った。もはや、生存は絶望的と言えよう。
「アベルが偉くなったのも、リーシアちゃんの為だもんねー」
アベルが二十代で師団長になる異例の出世を行ったのも、リーシアの捜索の為である。軍人の指揮官ならば、一般軍人が扱えない情報を閲覧できるし、人身売買組織の情報も手にはいる。リーシアが居なくなってから5年間、アベルは軍務をこなす傍ら、リーシアの捜索を続けていた。
「無意味だったがな……」
机を挟んだ対面の席に座っていたリックの言葉に、深い溜め息を吐くアベル。そう、優秀な彼が職権を最大限に利用し、彼が全力をもってしても、リーシアは見つからなかった。
「沢山、探したんだけどねぇ」
その探索に付き合わされていたリックは、しみじみと過去を思い出す。闇の人身売買組織を潰したり、誘拐に鉢合わせてカーチェイスならぬ馬チェイスを繰り広げたり、最強の暗殺者に粘着されたり。まあ、よく生きているなと当事者ながら感心する。
「あのさ、言いにくい事だけどさ。リーシアちゃんが居なくなって、もう五年だ。リーシアちゃんが死んでたらどうすんの?もっと最悪な場合もあるけど……」
唐突な言葉。
アベルは、リーシアが居なくなってから約五年の間、リーシアを探し出す事だけを目的としていた。そんな彼がリーシアを失った時、どうなってしまうのか?アベルは一途な男であるからこそ、心配だった。
しかし、アベルは揺るがなかった。
「見つけるさ、どんなリーシアであろうとも、私はリーシアを見付けてみせる。例え幾多の男に抱かれた娼婦になろうとも、例え病に窶れた姿になろうとも、例え白い骨になろうとも、私はリーシアを救い出す。そして、彼女と約束した通り、リーシアと一緒に世界中を旅する。リーシアが見たいと言っていた光景を全て見せてやる」
まるで運命に挑むかのように不敵に笑いながら言いはなつアベル。そんな彼は、急に改まった雰囲気でリックを見つめる。
「リック、私はそろそろ軍を辞めようと思う。この国にはリーシアはいない」
「へぇ」
「驚かないな?」
「まぁねぇ、何となく予想はしていたから」
クスクス笑いながら、度の強い酒が入ったグラスを傾けるリック。そう、近隣諸国を含めた一帯は調べ尽くしたが、リーシアの情報は一切なかった。非合法な組織は横の繋がりが強いものだが、こんなに情報が少ないのは異様である。予測できる可能性としては、異国からの人買いに買われた事が考えられる。
「言いたい事は分かるよ。良いよ、俺もリーシアちゃんを探しに行くのに付き合う。どうせ、ジェインも行くんでしょ?アベルとジェインだけの旅だなんて恐ろしいことさせないよ」
「すまない」
「謝らなくて良いよ。お互い気楽な貴族の末っ子同士、楽しんでいこーよ」
「ああ、そうだな……」
アベルとリックは笑い合い、今後の方針をつらつらと語りながら酒盛りを続ける。暫くして、ふと、アベルがリックに尋ねた。
「そう言えば、ジェインはどうしたんだ?マダム・ポセイドンに引き摺られて行ってから見てないが……」
「ああ、あいつぅ?あれから、とんっっっでもない事になって、俺も巻き込まれて大変だったんだよぉ」
頬を膨らませたリックが、何かを思い出したのか額に青筋を浮かべながら語気を荒げ、そこから盛大な愚痴大会が始まった。
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