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【中編】ラントルディア(魁偉雑技団)2
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「きゃーん!見せ物の化物が脱走してるぅ。こわぁぁーい」
唐突に甘ったるい声のわざとらしい悲鳴が響く。振り返ると、そこにはピンク色のシフォンのドレスを着た小柄な少女が、大袈裟な動作で傍らにいる少年にしがみついて騒いでいた。少女の砂糖菓子のような可愛いらしい顔を見た瞬間、マダム・ポセイドンの額に青筋が浮かぶ。
「あぁーらぁ、チワワ娘。今日は何とも個性的で素敵なアクセサリーを着けてるわね?私だったら恥ずかしくて無理だわ」
「確かに、おばさんには理解するのは無理かもしれないですわね?リリアーナったらうっかりさん」
「確かに、年中無休頭の中がお花畑なチワワ娘にはピッタリかもね?」
「ウフフ」
「おほほ」
「ウフフフフフフフフ」
「おほほほほほほほほ」
互いに近付きながら笑う二人。双方笑ってはいるが、目は笑っていない。相手を噛み殺そうと対峙している狼も真っ青な気迫が瞳に宿り、小刻みに吐き出す笑い声もヒンヤリと寒気を感じるような音程である。
「開演のお時間デス」
その雰囲気をぶち破るように、雑技団の団員が開演を告げてジャーンと銅鑼を鳴らす。その音を合図にして、二人はスッと離れた。
「今日はジョシーちゃんの晴れ舞台だから、これくらいにしてあげる」
「ジョシー様の舞台にケチがついたら大変ですものね」
もの足りなさそうな二人であったが、無理矢理自分を納得させて互いのエスコート役の男性の腕を引っ張って、自分の席に向かって行く。擦れ違う瞬間、ジェインは少女と一緒にいた少年と目が合い、【互いに大変だな】と目線で会話したのだった。
テント内は簡易的に組み立てられた観客席が、舞台を囲むように半円状に設置されており、無数のランプが設置されており、昼間のように明るかった。案内されたのは、スポンサー専用の特等席であり、舞台の真ん中の一番前の席である。
普通の観客席は簡易な椅子が設置されている物だが、二人の席は高価なソファーが置かれ、周りには仕切りが設置されており、プライバシーがある程度は守られている特別席である。
そのソファーに座りながら、ジェインはマダム・ポセイドンから渡されたパンフレットを眺めていた。どうやら、この雑技団では演劇の中に芸を組み込むという、見たことのないやり方で行うらしい。パンフレットには、これから行う演劇の前章が書かれている。
「ほら、ジェイン。これ!」
「何だこれ?」
マダム・ポセイドンに手渡されたのは、ピンク色のハートとJ・Hが描かれた派手な団扇と垂れ幕であった。舞踏会に行けそうな佇まいのジェインが、両手にそれを持つ様子は異様である。
「ジョシーちゃんが来た時に、これを振って応援するのよ!今日はね、ジョシーちゃんと姫ちゃんの晴れ舞台なの、気合い入れて応援しなさい」
「だから、さっきから言っているジョシーとは誰なんだ」
「今日の主役の子。初主役なのよぉ」
マダム・ポセイドンが誇らしげに告げた瞬間、周りのランプが一斉に消え、雑技団の演技が始まった。演目の内容は、魔物の姫と従者の物語だった。それは、前回の演劇の続編であり、前回の主人公の敵役が今回の主役である。
前回の主人公を苦しめた魔物の姫は、実は魔王の部下に拐われた妖精の姫だった。姫は愛しい王子から引き離され、顔の半分に隷属の呪いを受け醜く爛れてしまい、魔物になってしまう。姫は自由にしてもらう事を条件に、勇者である主人公達を殺そうとしたが、心優しい彼女は手を下す事ができなかった。魔王の部下はそれに怒り狂い、姫を檻の中に閉じ込め、自分の妻になるように命じた。魔物の妻になってしまったら、もう妖精に戻れない。絶望に泣く姫を見た従者は、勇者に助けを求める為に魔王の部下の監視を潜り抜けて逃げ出した。襲い掛かる魔物と戦いながら勇者に助けを求める従者。勇者は従者に応じ、従者と共に助けに向かった。最後には、魔王の部下から姫を助け出し、姫と従者は妖精に戻り、妖精の国に帰っていく。
登場する団員達の演技力は、雑技団とは思えない技量である。団員達の殆どが異国出身の為か、台詞は全て団長らしき老人と老婆が語っている。その二人の声音の使い分けかたが素晴らしい。老婆が年端もいかない幼女の声で話したと思ったら、次には妖艶な娼婦の声で話始める。老人が厭らしい卑劣漢の声で話したと思ったら、次には凛々しい青年の言葉で話す。
そして、舞台上で舞う団員達が身にまとうのは、金銀で刺繍された色鮮やかな衣装。裾が長い前合わせの民族衣装をはためかせ、絢爛豪華な装飾品をキラキラと輝かせながら、台詞と音楽に合わせて団員達が芸を見せていく様は、まさに異世界が目の前に広がっているようだった。
そして、この物語の従者役の青年が、マダム・ポセイドンご執心の雑技団員であった。
袖の長い異国独特の漆黒の衣装を身にまとい、蜘蛛の巣を模した縄の上を身軽に走り回る長身の青年。彼は東の土地に多い、黄色がかった独特の肌色をしていた。男でありながら長く伸ばされた髪は、まるで黒曜石のように黒く、ランプの光を反射してキラキラと輝いている。男らしくも優雅な雰囲気の整った顔立ちに、口紅等の派手な化粧を施していた。そして、この地方にはあまりない、スウと線を引いたような切れ長の瞳。彼が瞼を開くと、潤みがちの瞳が覗く。夜のような深い黒い瞳が壮絶な流し目を客席に送ると、観客席からは絶叫のような黄色い歓声が上がった。
「ちょっと、ジェイン?ジェイン?」
夢のような劇が終わり、興奮さめやらぬ観客達がざわめきながら退席する。
全ての観客が退席し、シンと静まり返ったスポンサー席。そこにはたった二人だけが残っていた。マダム・ポセイドンの怪力で左右に揺さぶられても微動だにしないジェインに、マダム・ポセイドンが心配そうに呼び掛けていた。
マダム・ポセイドンをガン無視し、ボウと放心しているジェインは、ポツリと「美しい」と呟いた。彼はさきほど見た青年の姿を、何度も何度も脳内で思い出しているのだ。
劇の最中に見たことある少女が、青年の横で歌っていた気がしたが、特に気にしなかった。
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