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④
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「――『私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗に待ち受けました。』」
あれ……なんだ、これ――
浅海を含め、クラス中が佐和田の声に耳を傾けずにはいられなかった。浅海にはまだ奥から沸き上がるものがなんなのかわからなかった。
「『目のくらんだ私は、そこに敬意を払うことを忘れて、かえってそこにつけ込んだのです。そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです。』」
いつの間にか、クラス中が佐和田の声に聞き惚れていた。あまりの美しい声と抑揚のついた語りはクラスの聴衆の心を掴むには役不足であった。
「『するとKは、「やめてくれ」と今度は頼むように言い直しました。私はその時彼に向かって残酷な答えを与えたのです。狼が隙を見て羊の咽喉笛へ食らいつくように。
「やめてくれって、僕が言い出したことじゃない、もともと君のほうから持ち出した話じゃないか。しかし君がやめたければ、やめてもいいが、ただ口の先でやめたって仕方があるまい。君の心でそれをやめるだけの覚悟がなければ。いったい君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」
私がこう言った時、背の高い彼は自然と私の前に萎縮して小さくなるような感じがしました。』」
台詞は語りとまた違う声色であった。彼を見ると昔友人に誘われて観に行った朗読劇を思い出す。浅海は彼にその時の役者のオーラと同じものを感じた。
「『急いだためでもありましょうが、我々は帰り道にはほとんど口をききませんでした。宅へ帰って食卓に向かった時、奥さんはどうして遅くなったのかと尋ねました。私はKに誘われて上野へ行ったと答えました。奥さんはこの寒いのにと言って驚いた様子を見せました。お嬢さんは上野に何があったのかと聞きたがります。私は何もないが、ただ散歩したのだという返事だけしておきました。平生から無口なKは、いつもよりなお黙っていました。奥さんが話しかけても、お嬢さんが笑っても、ろくな挨拶はしませんでした。それから飯をのみ込むようにかき込んで、私がまだ席を立たないうちに、自分の室へ引き取りました。』」
ふぅ……、と一息ついて、佐和田はこちらに向かってにんまりと笑いかけた。教室中が静まりかえっていたが、一人、また一人と拍手喝采を佐和田に浴びせた。
沸き上がったのは間違いなく感動。浅海は佐和田をただただ凝視することしか出来なかった。
こんな顔があるだなんて知らなかった。こんなに美しい声を生かすことが出来るなんて知らなかった。
浅海は佐和田のことはほとんど知らない。聞くのが怖かった、近づかないようにしていた。けれど犯されて、こうやって佐和田を見てみるとどうしても気になってしまった。なんとかしてやりたいと思った。
チャイムが鳴り、男女に囲まれもてはやされているている佐和田に、浅海は目配せをして佐和田を呼び出した。それを見た佐和田は嬉しそうに笑って廊下に出てきた。
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