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そう言った浅海に、佐和田は苦笑いをして見せた。「何かと思えば……何、今日の授業のこと?」
「あぁ……だって、あれは誰が聞いたって素晴らしかったと思うし、何か演技指導を受けてると思うだろ?」
浅海は身を乗り出して佐和田を囃し立てた。自分でも少々引いてしまうくらいには熱心であったし、佐和田もそんな浅海を見て少し戸惑っているようだった。
「なぁ、すごい才能じゃないか。もっと磨いたら、カッコいい上に演技も一流って、立派な評価がもらえると――」
「カッコいい……ねぇ」
浅海はビクッと身体を震わせた。背中に悪寒が走る。目の前の男から出る猛烈な何か――しいて言うなら殺気のような――が浅海を恐怖で包んだ。
「酷いよ、先生。フったくせに、簡単にカッコいいなんてさ……。そんなんじゃ、諦められないよ」
佐和田はにこりと笑って、浅海が防ぐ間もなく、軽く浅海の頬にキスをした。リップ音が鼓膜を犯して、浅海の顔に熱が集まる。唇が触れたところを掌で確かめる。
「教えたげる。確かにオレね、声優になるためにスクールに通ってたんだ。でも、両親が死んでさすがに通えなくなって……諦めた」
「あ……そ、そうか。悪かった……オレ、こんな傷を抉るようなこと」
自分は教師失格だ。生徒を傷つけてしまった。哀しい顔をさせてしまった。気を使わせて無理に笑って――
「――なんで先生が泣きそうなの」
浅海は今にも泣き出しそうな顔をしていた。よく見るともう双眸には涙の膜が張られていて溢れ出そうな状態だった。
「ごめん……佐和田、ごめん。家族になれなくてごめんな」
「……ははっ、そんなの、もう、わかって……っ」
浅海の頬を包んだ佐和田の双眸からはもう涙が溢れ出ていた。綺麗だった。夕日に照らされて、本当に、綺麗だった。
気づけば浅海の目からも塞き止められていた涙が零れ出ていた。
ごめん、ごめんよ。自分はもう、瀬世しか愛さないから。
でもこれで最後だから、せめて……――
佐和田は浅海の唇にそっと触れた。その手は震えていた。浅海は何も抵抗しなかった。
浅海の意図を察した佐和田は、歯を食い縛り、苦い顔をしてから笑った。その顔はもう、作り笑いなんかじゃなかった。
これで終わりだ。全部最後だ。全部諦めて――
佐和田は綺麗に泣きながら、浅海の柔らかい唇に接吻をした。それは余りにも甘く、哀しい接吻だった。
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