アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
79
-
*
まどろみの中で、暖かい何かに包まれている。
(先生……?)
そう思ったけど、すぐに温度と香りが違うことに気づく。先生は俺よりも体温が低くて、爽やかな石けんの香りをまとってる。
だけど、この匂いは──
「……っ」
目を覚ますと、すぐ近くに綺麗な顔があった。長いまつげと赤い髪の毛。鼻腔をくすぐるのは、花の香り。
(戸塚君だ……)
どうして一瞬でも先生だと思ったのだろう。先生とはちゃんとさよならしたのに、未練がましい自分が嫌になる。
目を伏せて唇をきゅっと噤むと、責めるような声が耳元で響いた。
「おい、あからさまに残念な顔してんじゃねえよ」
「へっ!?」
いつの間にか起きたらしい戸塚君が、ジトッとこっちを見ている。
「ご、ごめっ……」
びっくりして思わず飛び起きて後ずさってしまったが、ここはベッドの上。すぐにまずいと思い、目をつぶって衝撃に備えたけど、いつまで経っても痛みが襲ってくることはなかった。
「あ、れ……?」
(なんで落ちないんだろう……)
シングルベットでこれだけ後ずされば落ちると思ったけど、変わらず身体はベッドの上にある。
恐る恐る顔を上げると、戸塚君は呆れたようにため息をつきながら身体を起こした。
「お前、マジ暑苦しい」
「え……」
見れば、戸塚君が寝ていたスペースはそのまま戸塚君の身体の大きさくらいしかなくて、俺が大部分を占領していたのが分かる。
(占領っていうより……)
「寄ってきすぎ。どんだけ人肌恋しいんだよ」
「ご、ごめんなさい……!」
俺はどうやら、一晩中戸塚君に抱きついて寝ていたらしい。
(いくら寂しいからって……)
恥ずかしいやら申し訳ないやら、土下座する勢いで謝る俺に、戸塚君はため息をひとつ。
「つーか、早く準備した方が良いんじゃない?お前の学校、ここから遠いだろ」
「あ……うん」
戸塚君は「顔洗ってこいよ」って言いながら、服を着替え始めた。洗面所を先に譲ってくれる優しさを感じながら、なるべく急いで顔を洗って部屋に戻ると、ふと疑問が浮かぶ。
「戸塚君、私服?」
戸塚君は俺と同じ高校一年生のはずなのに、戸塚君が来ているのはパーカーだった。そういえば、バイト先でも戸塚君の制服姿を見たことがない。
「私服登校なんだよ、ウチの学校」
「え……それって……」
「南高」
「えっ」
南高校と言えば、ここら辺では珍しく私服登校ができる学校で、難関国公立大学への合格者が毎年多い進学校だ。
「じゃあ、進学のために一人暮らし……?」
「……まあ、実家田舎だからな」
「そっか。戸塚君、頭良いんだね」
「なに、意外とか言うわけ?」
その言葉に慌てて首を振る。
「ううんっ。むしろ、やっぱり戸塚君はすごいなって」
勉強だけじゃない。戸塚君は俺にないものをたくさん持っていてすごいって、いつも思ってる。
俺にない心の強さとか、さり気なく人を気遣えるところとか、色々なところを見習いたい。
俺の言葉に「ふーん」と心なしか満足そうな顔をした戸塚君が洗面所に向かったので、俺も干させてもらった制服に着替える。ワイシャツに紺色のベスト、スラックスを着て、借りたスウェットを畳んでいたら、戸塚君が戻ってきた。
「お前、朝飯食う派?」
「うん」
「パンでいいよな?」
冷凍庫からパンを取り出した戸塚君が、レンジで解凍を始める。まさに至れり尽くせり、テキパキと何でもやってしまう戸塚君。
(でも……先生も……)
穏やかに見えて、いつのまにか色々なことをしてしまう。俺がやるって言った掃除も洗濯も、気がついたらやってくれてて、申し訳ないことが何度もあった。
(もしかしたら、俺がどんくさいだけかもしれないけど……)
そんな風に、俺はまた無意識に先生のことばかり考えていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
80 / 340