アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2
-
ストーカーこと佐藤先輩は、和泉が一年生の頃からの知り合いで、出会ってから二年になる。
生徒会への勧誘は今こそ生徒会副会長としての立場にいるが、出会った頃は書記の任に就いていた。そう思えば偉くなったなったものだと、下級生の分際で言ってみる。
勧誘を受けたのは去年の春。そう思えば長い付き合いになるのかも知れない。
毎日飽きずに彼にストーカー紛いなことを受けているのもかかわらず、これといって佐藤先輩という人物を知らないことに気づく。
教室から出れば目的の場所が彼なりにあるのか、その場所へと付いて行くあいだ、いつもはお喋りな彼は一言も話さない。それどころか、普段から余裕すら感じる柔らかい物腰である彼の背中は、心なしか重い空気をまとっている。
和泉はもともとお喋りでない分、話されない限りは自分が話そうとしないため、その背中の後ろを黙々と付いて行くしかないのだ。
見覚えのある場所に到着する。
在り来たりな校舎裏は、建物が陰になっているせいもあり日があまり当たらない。そのせいあってか、お昼休みであるにもかかわらず人影は見当たらない。よく場所を熟知している人だと言いたいところだが、この学校の生徒なら知っていることなのかもしれない。教室からあまり身動きのとらない和泉にとっては利用することは皆無だが。
「こんなところに呼び出すなんて、貴方は何がしたいんですか?」
出てくる言葉は何時だって冷たい。
無愛想ともいえる和泉の言葉は、そうしたいわけではないが自分の意思とは裏腹に可愛げのないことを言ってしまうのだ。本当はあの場所から連れ出してくれたことに感謝の言葉ひとつでもいいたいのに、それを自分は許さない。
たとえその言葉を言ったところで、和泉の失恋の経緯を知らない彼にとっては何のことかさっぱり分からないだろうから。
「何がしたいか…。そうだね、最近の君の様子が少し気になってね」
「この前の僕を見られてましたね、どうかしてたみたいです」
日差しが当たらない校舎裏は、春にもかかわらず少しひんやりとしている。
和泉を見るように振り返ったかと思えば、唐突なことを言われ、つい先日のことを思い浮かべる。ストーカー暦が長いためか観察力がいいのか、それとも自分が思っているよりも分かりやすい態度をとっていたのかは分からないが、感づかれてしまっているらしい。さも何でもないかのように、否定の言葉を述べる。
「どうかな。実は最近様子のおかしい君に一つ、私から提案があるんだが」
見事に否定の言葉を流され、やさしく微笑むストーカー男に何を言い出すのだと呆れたように眉間にしわを寄せる。
今和泉の置かれている状況をまるで知っているかのように、相談すら飛ばして何かを提案してきているのだ。疑わしいことこの上ない。
「ふうん、何を提案してくれるんですか?それで僕の様子はましになるなら聞きたいですね」
挑発するように、自分よりも十センチは高いであろう目の前の人物を見上げて問いかける。
期待はしていないが、何を考えているか分からない思考の持ち主に意見を聞くのも悪くは無い。佐藤先輩は甘い罠に掛かった餌を見るような目で自分を見たかと思えば、笑みをさらに深くした。
「君が少しでも乗り気なようで何より。様子について…だけど、逃げ出したい環境にいるなら逃げ出せばいい。そうは思わないかい?」
他人が聞けば、何を言っているのかといわれるだろうが、和泉にすれば聞きたくない言葉だった。そしてそれが出来ない自分に、さも簡単であるかのように言ってのけるその言葉に苛立ちがこみ上げる。
出来るならやっている。それが出来ないのは、失うことが怖い自分の弱さなのだ。小学校からの長い付き合いである清四郎…そして、同じ寮の同室として無愛想な自分と仲良くしてくれる大切な友人。嫉妬と裏切られた気持ちを精一杯に押し殺してまで大切にしたい友情を、壊したいと思わないのだ。だからこそ、冷静になるまでの期間は一人でいたいと話しかけないでほしいと思うのは当然なのだ。
「…知ったようなこと言わないでよ。僕のこと知りもしないくせに」
仮にも先輩である彼に礼儀が無い言葉を言ったのは失礼に値するが、そんなことを考える余裕は今の和泉には無かった。
そう、余裕が無いのだ。今の自分は明らかに様子がおかしい。
冷静で冷たく感情が乱されない立花和泉という人物がなくなったように、プライドごと崩れ去ってゆく。恋愛とは恐ろしいもので、ここまで人を壊してしまうものなのかと、晴れて恋人同士なった二人を思い浮かべる。
手を痛くなるまでぎゅと握り締めて、爆発しそうな感情を少しでも落ち着かせる。目頭が熱くなってきているのは気のせいで、ましてや目の前の人物に情けない姿を見せるわけにはいかなかった。そんなことをしてしまえば、本当に何かか崩れてしまいそうで、頭を伏せる。
「知っているよ、君のことなら何でも。そう、何でもね」
「…なに言って」
突拍子の無い言葉に思わず顔を上げる。
彼は自分のストーカーなのだからと、後で冷静になれば分かるかもしれない。それでも誰も知らないはずの自分を理解しているはずはない。顔を上げたことにより見えるようになった佐藤先輩の眼差しは、真剣でそれでいて笑みは崩さない。
「君をここまで変えてしまった瀬能君は、まったく持って凄いよ。そして、少し腹ただしい」
「…どうして貴方が腹ただしく思うんですか」
「さて、何でだろうね」
清四郎の名を出されてしまっては、肯定するしかなく。そこで違うといえるような隙もタイミングもそこには無かった。今、和泉の感情が佐藤先輩に見破られていることは事実だが、彼自身の感情と気持ちについてはさっぱりと分からない。
聞いたところで簡単に話さないのが、また彼らしく、それでも崩さない笑みに食えない男だと恐怖すら抱く。優しくて紳士的で王子様といわれる彼の、隠された一面を見た気がした。
「それより和泉君。それで僕の提案なんだけど…僕と付き合ってくれないだろうか」
何処に?と、いえるほど自分は鈍感でも馬鹿でもない。
そして、彼が逃げ出せばいいと言ったその言葉の意味が分かってしまった気がした。
佐藤先輩に恋心はない。一瞬で誰かに恋移りをしてしまうほど自分の感情は軽くは無い。それでも、今の状況からこの人物を利用して瀬能清四郎への気持ちも浅井悠樹に感じる嫉妬という思いから逃げることも一つの手だろう。
何を思って佐藤先輩がそう言ったのかは分からないが、救いの手を自分に出してくれたのは確かだ。
彼が自分に恋心を抱いているのかは本人が何も言わないあたり、想像もつかない。仮に恋心で言ってきたのならば、それは切ない片思いのようで、まずそれは無いだろうと一つの案を出し考える思考をやめる。
「貴方が良いというのなら、付き合いましょう。そして、この環境から連れ出してください」
そしてお礼は言わない。
好意を持って持ち出すその提案に、毎日ストーカーが前にもまして出来る彼にとっても好都合な提案だと思えたから。遠慮はしない、彼にはそんなもの必要ないのだから。彼らしい提案だと思った。そしてこの人にしか出来ない提案。
認めてしまえば肩の力が抜けて、先ほどの空気とは打って変わって柔らかいものへと変えてゆく。
「和泉君がそう望むなら」
綺麗に微笑む晴れて恋人になった佐藤先輩。その優しい笑みにつられて自分もまた表情を和らげた。駆け落ちでもするかのような二人のやり取りが少し可笑くも感じて。
これから仲良くしていくであろう相手に手を差し出した。その手を掴み手を持ち上げたと思えば、彼がちゅっと触れるだけキスを手の甲に落とす。紳士的な彼らしい行動だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 8