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恋というものは一方通行では成り立たない。
ましてや、自分とは違う赤い糸が結ばれている二人を前にしてなら尚更。そして、通じ合っているその赤い糸を故意を持って切ることは許されることではない。そんなことをしてしまっては、自滅行為に等しく、自分をさらに惨めな気持ちにさせて最低人間のレッテルを貼るだけになりかねない。
今朝の出来事の後、佐藤先輩の言葉を信じたわけではないが、教室に登校してみれば普段と変わらない二人がいた。重い空気はなんだったのかとそんな気持ちが頭をよぎったが、考えすぎだったかと、軽く安堵の息を漏らした。
そう、普段と違っていて同じなのだ。
清四郎と悠樹は付き合っていて、和泉もまた佐藤先輩と付き合っている。前にはなかった普通がそこにはあった。
「和泉がまさか佐藤先輩と付き合ってたなんて、驚きだよ」
「俺も同感だな」
教室に入ってまず最初に言われた言葉がそれだった。
和泉自身も今回の件がない限りこのようなことにはなってはいなかっただろうと、予想もしない結果に内心は焦りを感じていることは確かではあったが、それでも何食わぬ顔で「そうかな?」なんて簡単に答える。
質問攻めにされて、どこが好きなの?と聞かれてしまえば、言葉を詰まらせてしまうだろう。
清四郎はこのことを本当によかったと思ってくれてるだろうか。本当に佐藤先輩が好きで付き合ったのならば、喜んでほしいところだが、今の和泉はこの言葉に当てはまらない。
おめでとうの言葉を貰ってしまったら、和泉に対する清四郎の気持ちは、友情以外の何者でも無くなってしまう。その人物の想い人である悠樹を目の前にして繰り広げられる邪な感情は、止まることなく頭の中でぐるぐると回り続ける。「なんて醜い」心の中でつぶやくそんな自分に嫌気すら感じて、それ以上の言葉を話す気にはなれず、二人を他所に窓の外を眺めていた。
昼休みの合図を告げるチャイムが鳴り響く。
その間に一度も来ることのなかった佐藤先輩。もしかしたら今朝のことを思って気を利かせたのかもしれない。ただ単に忙しい彼のことだから、生徒会の用事などで来れなかっただけなのかもしれないが、彼の取る行動はなぜか深読みしてしまう。
ここ数日の出来事から考えてみれば、何でも知っている、そう考えてしまっても無理はないだろう。実際、彼が来なかった事もあり二人との間に重い空気を感じることなく話しをすることができたのだから。
何気ない日常は、今の和泉にとってはありがたいもので。その反面、相変わらずな二人に苛々してしまう日常。重い空気が無くなったところで二人の関係が無くなるはずもなく、昨日と同じ…そしてこれから続くであろう日常の先に終止符はない。
そして、その日常から逃れるためのひとつの口実。
終わりない沈んだ気持ちを持って、そう…和泉はそこから逃げるしかないのだ。
「僕、佐藤先輩のところに行ってくるよ」
二人が自分の席を立つ前に、先回りをして席を立つ。
集会所のようになっている和泉の席に来させないようにしなければ、また流されてしまうだろう。逃げられなかった和泉がこうも簡単に佐藤正宗という人物のお陰で出来てしまった。
「そうなんだ…仕方ないね、行ってらっしゃい」
悠樹は苦笑を漏らした後そう告げる。その隣に座る清四郎に関しては無言で、朝の出来事を思い出させるようで引っかかりを感じ、その態度は和泉を不快にさせる。二人がどうしてそういった態度を取るのか、自分のときとは違う態度にその真意は見えない。
自分がどこかに行けば、二人は仲良く昼食を食べることができる。それでは駄目なのだろうか。
自分の立場は二人にとって一体何なのだろうと、それを聞きたくても臆病な自分は聞けない。故にその答えは分からないのだ。
「それじゃあ、行くよ」
いつまでもそこに居るわけにも行かず、再び始まった重い空気に耐えかねて教室を出る。
目的の人物である佐藤先輩が何処に居るかなんてものは分からなかったが、当てずっぽうに歩けば見つかるだろうと適当に歩き出す。
万が一に見当たらなかったとしても、図書室辺りにでも行けば休憩はできる。
「ひどいな、和泉君。せっかく迎えに行ったのに居ないなんて」
「別に迎えに来てほしいなんて、一言も言った覚えはないですよ」
背後から気配もなく当たり前のように現れた佐藤先輩に、たいして驚いた様子も見せずに淡々と答える。彼の行動にいちいち驚いていたら身が持たない。どうして自分の今居る場所が分かったのだという言葉の意味を含めて。
「君の友人は浮かない顔をしていたね。彼らは、私がどうやら気に食わないようだ」
「それは普段のあなたの行動を棚に上げて…ですか?」
背後から横に並び歩く彼に、嫌味を含めて言い放つ。
何も間違ったことは言っていない。普段ストーカーのごとく付きまとう彼への些細な当て付けを遠慮もなく正直に言ったまでだ。
そんな和泉の言葉に対して効いている様子もなく、隣に並んで歩く佐藤先輩の顔を見れば、いつものように笑みを自分に向ける。
「…どうだろうね。君に付きまとったという事実は認めるが、本当にそれだけかな?…なんてね」
意味深な言葉を言ったかと思えば、リードを取るように先に歩いていく。
目的の場所でもあるのだろう。和泉の意見を聞かず先に歩いていく佐藤先輩の後姿に、振り返って違う道を歩いてやろうかとそう思ったが、後で何を言われるかと思い大人しく付いていくことにする。自分から面倒事を作ろうとは思えなかった。
「この場所に連れて来て、僕にどうしようと?」
何を考えているか分からない彼が連れてきたのは、先日自分が不覚にも傷心的になって佇んでいた校舎前の噴水近くのベンチだった。嫌なことを思い出しそうで、そしてわざわざこの場所を選んだ目の前の人物を睨む。
和泉が何を思ってこの場所に居たかなんて、佐藤先輩からすれば予想はできているはずなのにだ。
「君がまた一つ何かを悩んでいるようすだったから、気を利かせて」
「僕には嫌がらせのようにしか感じませんが」
確かに悩んでいることは合ってはいるが、この場所は自分の悩みが出るたびに使う場所にした覚えはない。予想だにしない行動を取るこの人は、和泉にとっても理解に苦しむ。
「まあ、座って一緒にぼーっとしようではないか」
「その前に僕はご飯を食べます」
考えたところで和泉の思考回路では正しい回答は得られない。悩んだところで無駄な時間に終わってしまうことを考えれば、息抜きに佐藤先輩の言うことも一理ある。しかし、柔軟な思考の持ち主でない自分は、それを許さない。
どちらにしても立って食べるわけには行かず、しぶしぶといった様子でベンチに座る。
彼に従って「ぼーっと」などしてやるものかと、隣に座っている佐藤先輩の言葉を無視して手に持っている弁当箱を広げて箸を取る。
「つれないな。君はいつだって人の言うことを聞かない」
「貴方にだけは言われたくない」
言葉数の少ない自分が佐藤先輩に何かを言った覚えはあまりないが、気に食わないその言葉に買い言葉を売り、卵焼きに箸をつけた。売ったところでこの人はこの言葉を買うことはないだろう。彼は和泉の感情を理解した上で本当のことを言っている。そう、自分はいつだって人の言うことを聞かない。
それでも彼には少しは素直なつもりだった。
「友情というものは、実に奥深いと思わないかい?君は恋よりも友情を選んだ。仮に浅井君が君に恋の相談を持ちかけていたなら、必ずその相談を断ることなく応援していただろう。君の想い人である瀬能君を諦めて」
「佐藤先輩が何を思ってそう言っているのかは知りませんが、僕はそこまでお人好しなんかじゃない」
「そうかな。和泉君は言葉や態度は少し冷たく感じてしまうかも知れないけど、とても優しい子だと、私は知っている」
ストーカーはだてにストーカーをしていない。
佐藤先輩が言うように、もし悠樹に相談されていたならそれを応援しただろう。自分の恋心をはなから言うつもりもなかったかのように。相談されなかったことが救いと感じたのも、相談されていれば、諦めるを前提で応援しただろうから。
その時点で、自分は清四郎との恋を諦めてしまっている。
彼に付いて行くように入学したこの学園で、好きだと思いながらも思いを告げずに居たのもまた自分。誰かに取られてしまっても仕方のないことだ。清四郎の魅力を自分はよく分かっていたはずなのだから。
誰かに取られるくらいなら、ルームメイトである悠樹で良かったとさえ思えてくるほどに。
優しいという思い違いな佐藤先輩にそうではなく、ただ単に逃げているのだと、伝えたいのに言葉が詰まる。
「優しいなんていわないでよ。僕はそんな…」
「君は優しいよ、気付いていないだけ。…諦めたいなら諦めればいい。諦めたくないのなら、二人との仲を気にせず君の意見を貫けばいい。友情も確かに大事だが、それでは君が辛いだろう。…和泉君にはまだ少し考える時間が居るね」
逃げ道ばかり選んで、本当の気持ちは胸の奥深くに隠したままにして。
事の真意は二人が知っていって、和泉が聞かなければ終わらない。佐藤先輩が、背中を押してくれているように感じて、言い出せない思いと想いを覚悟をもって言い出す勇気が必要だと気付いていく。
噴水から日の光にさらされて光のように輝く溢れる水は、上に舞い上がり雨のように水滴となって下に落ちていく。それと同様に重力にしたがい、瞳から頬へと伝って溢れ出ては流れ落ちていく雫。どうして流れているのか、感じたことない感情が涙となって溢れ出ていく。
「おや、和泉君は泣き虫さんだね」
「……っ、うるさい。」
誰のせいで泣いているのだと言ってやりたかったが、紛れもなく自分のせいなのだ。
変わらず微笑む彼に対して睨みつけてやろうかと視線を合わす。その瞬間、佐藤先輩は左目下にある泣きぼくろに触れ、涙を拭うように優しく撫でていく。
「泣きぼくろが良く似合っている。美しいけど…君の泣き顔は見ていられないよ」
温かいその手が心地よく、そして気持ちいいと思うのは気のせいだろう。…そう思いたかった。そして、頬を優しく撫でる彼はいつもの余裕のある笑みとは違って、困ったように眉毛を下げて、和泉を見ていた。
そんな表情を浮かべる佐藤先輩に、自分もまたその様子を「見ていられない」とそう感じた。
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