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佐藤先輩の部屋は三年生という事もあり、寮は3階にある。
一年生は1階二年生は二階と分かれていて、学年が上がるにつれて寮の部屋も変わっていく。変わらないのは同室者で、揉め事を避けるために退学や折が合わなかったなど以外にはクラスが違っても一緒の部屋になるようになっている。
生徒会室から寮に来るまでの間に、対した会話もなくたどり着いた佐藤先輩の部屋。
ネームプレートには「佐藤正宗」ともう一つは「五十嵐幸信(イガラシユキノブ)」と書かれている。後者の名前はこの学園では誰でも知っているであろう名前だった。そしてそれと同様に、先ほどの出来事の経緯を理解する。
「生徒会長と同じ部屋なんですね」
ドアの鍵を差し込んで開けようとしている佐藤先輩に問いかける。
時間も遅くなってきているためか、人の少ない廊下のせいでか和泉の声が反響して大きく聞こえる。
「そうだね。彼とは生徒会のメンバーとしても同室者としても仲良くしているよ。小学校からの付き合いでもあるが…昔はさほど仲良くはなかったがね」
「…ふうん」
生徒会室のときと同様に、紳士的にドアを押さえて室内へと招き入れる佐藤先輩に、それに甘えるようにして和泉は先に室内へと入っていく。綺麗に整頓されているのか、物の少ない廊下を通り過ぎて二人部屋共有のリビングへと案内される。
「生徒会長は?」
「ああ、彼はいつもふらふらしていてね、本日は帰らないらしい。きっと誰かに泊めてもらうのだろう」
生徒会長がそれでいいのかと疑いたくなる。
しかし、生徒手帳には学園の外に出ない以外の外出についての校則は存在しない。それゆえ何処に泊ろうとも校則違反ではないのだ。この学園の校則はさほど厳しくはなく、だからこそ自由の利くここは男子校であるにもかかわらず入学希望者が多い。
「そう言うわけで、私と君だけだけだ。ゆっくりとして行くといい。…そうだ、お茶を入れてこよう」
リビングにあるソファーを指差して立ち去っていく佐藤先輩を目で追っていき、その視線を周りへと変えて見渡す。三年生の部屋は見たことはなかったが、自分の部屋とは違い少し豪勢な造りになっているようだ。高学年になれば中の様子も変わるのだと解釈する。
このまま立っているわけにもいかず待つようにと指されたその先の方へと向かい、テレビと対面して置かれている座り心地の良さそうな白いソファーに和泉は腰掛けた。佐藤先輩を待っている間に、テレビとソファーの間に挟まれたテーブルの上に置かれている名前の知らない観葉植物をただ無意識に目で見る。
「クロトン。可愛いだろう?観葉植物というものは、人に落ち着きを与えてくれる」
「観葉植物にはあまり詳しくないので、僕はそうは思えない」
掛けられた言葉の節を折るようにして淡々と答えた和泉。
佐藤先輩はその言葉を気にした素振りもなく、持ってきたお茶を二人分テーブルの上に並べていく。そして、和泉の横に腰掛けた。
「君にはこの可愛さがわからないのか…素敵なのに。しかし、それは人の好みと言うもの、それを君に押し付けるというのはいけないね。…さぁ、私お勧めの紅茶だ。アップルティーなのだが、これがまた美味しい」
観葉植物の葉をひと撫ですると笑顔で言い放つ佐藤先輩に、その言葉の返事を返さず出された紅茶を一口飲む和泉。
甘い香りと紅茶特有の苦い味が喉を潤していく。その様子を隣に座る佐藤先輩は何を思ってか見続けている。
「…何か?」
「ふむ。君がこの部屋に来て、私の入れた紅茶を飲む日が来るとは…と、考えていた」
「意味がわかりません」
顎に手を当てて悩むような仕草で和泉に問いかける佐藤先輩に、何を言い出すのかと呆れ顔でそう答えた。
確かに二人のことが無ければ、この部屋へと訪れることも彼の手を借りて助けてもらうことも無かっただろう。何かに導かれるようにして、そしてなるようになって和泉はこの部屋へと訪れ、今現在こうして彼の出した紅茶を飲んでいる。
それは自分が望んだ結果ではないが、確かな事実を持ってこの場所にいるのだ。
「まあ、君がここに来てくれて嬉しいと言うことだ。それで、先ほどのことなんだが…私の非を君は許してくれるだろうか」
先ほどのことは有沢と生徒会長に関してのことだろう。
自分のことを他人に言われていたのだ。そしてその話を無意識にしろ聞こえるような声で言っていたがために有沢にも聞かれていた事実。怒るよりも以前に「呆れてしまった」というほうがいいだろう。
なかなか返答を返さない和泉に佐藤先輩は、眉毛を下げて困ったようにしている。
起こってしまった出来事を問い詰めた所で無駄なこと。そこで怒ったとしても、自分の感情が乱されるだけであって疲れるだけだ。自分の悪口を知らない人が話しているわけでもなく、些細な日常の害の無い話。仮に誰かに悪口を話されていたとしても、和泉自身に害が無ければ関係の無い話なのだ。
しかし、どうしてか気に食わない有沢のことを思い浮かべて、その仕返しでもするように言葉を返す。
「…許しません。僕を不快にさせた有沢君も、あなたも」
「まいったな、私は君との仲を壊したくは無いのだが」
和泉のことを何でも知っているように振舞う佐藤先輩でも、今回のことは読めなかったのだろう。
超能力者でもないのだから分からなくて当たり前で、今回は和泉から生徒会室へと訪れたのだ。確かに自分に非は無いが、そのことに関して佐藤先輩を特に責めるつもりは無かい。有沢に関して気に食わないのは、佐藤先輩のせいでなく和泉の勝手な思いあってのこと。
それでも滅多に見せないであろう困った表情の彼を見て、それが少し可笑しくも感じて、そんな表情を見るのも悪くないだろうと余計に困らせたまでのこと。
「あなたのストーカーは今に始まったことではないし、生徒会長との仲は分かりました。…有沢君については少し気に食わないけど」
「それは、多少なりとも許してくれるということかな?…君に嫌われてしまっては元も子もない。有沢君については、今後聞かれてしまうことの無いようにしよう…すまない」
安堵の息を漏らして謝罪を言う佐藤先輩に、互いのわだかまりはそこで終わりを告げた。
わだかまりと言うのは簡単に終わってしまうものなのかと考える。今和泉が抱えている二人とのわだかまりもこのようにして簡単に解決したらいいのにと頭の中でよぎっていく。一度出来てしまった大きな溝は、日を持ってさらに大きさを増していき、消えることが無い。言えなかった言葉は、行き場の無くしてしまった魂のように和泉の心の中で漂い続ける。
日に日に増していく和泉だけの問題に、佐藤先輩のように簡単に話すことが出来たらどれだけ楽になるのだろう。
好きだと伝えたところで清四郎の答えは決まっていて、結果は目に見えている。決まっているからこそ言いたく無い言葉…。しかし、それを覚悟の上で伝えることで今の状況が開放されるということは、和泉にだって分かっている。伝えてしまえば、今よりもさらに二人との間に今度は別の意味での大きな溝が出来てしまうかもしれないが、溜め込んでしまっている行き場の無くしたこの言葉と感情が解き放たれて楽になるのなら、それもまた仕方の無いことなのだ。
「…謝らないでよ、僕は佐藤先輩に感謝しているんだから」
「和泉君…ありがとう。君にそういって貰えると嬉しいよ、感謝されるようなことは何もしてはいないのだけどね」
佐藤先輩が何を思って和泉に手を貸しているのかは知らないが、その行為は和泉にとってはありがたいものでしかない。無意識にそうしてくれているにしろ、何かの意図があってそうしてくれているにしろ、今感じているこの気持ちの結果は変わらない。
それ以上何も言わせないようにと謝罪の言葉を振りほどいて感謝の言葉でそれを制する。
「…あなたは変わってる」
「それはよく言われる言葉だが、君にまで言われるとはね」
付け加えるなら、お人好しも入れていいだろう。佐藤先輩の普段はどんなものなのかは知らないが、和泉が知っているこの人はこの言葉があっている。
佐藤先輩の真似をするわけではないが、和泉は一つ決断を下す。ここ数日間悩ませていた出来事に終止符を打つのだ。
「僕はこれから、二人に嫌われてしまうかもしれない」
「君にその覚悟があるなら、それもまたいいだろう。距離を置いて離れることも、お互いにとっては大事なことではないだろうか?…それに、事態は君が思っているほど深刻ではないよ」
これからすることに関しての内容を言った訳でもない和泉に、その不安の答えを返す佐藤先輩。
嫌われることを何よりも怖がる和泉にとって、その言葉は救いのようにも感じる。大事な想い人である清四郎…そして良き理解者である悠樹。一方的に作ってしまったわだかまりを二人に話すことで何かが起きるとしても、この人はきっと自分の見方になってくれるだろう。
「…佐藤先輩は、僕を嫌わないでくれますか?」
「君が望まなくても、私はそのつもりだよ」
精一杯の言葉を告げる和泉に迷いの無い答えが返ってくる。
仄かに香るアップルティーが、室内を漂わせて甘い雰囲気を醸し出していき、その香りに導かれるようにして肩の力が抜けていく。和泉が言わないであろう言葉を簡単に言わせてしまう佐藤先輩に、まるで高い壁を壊すかのように、素直になっていく心。
「…本当に、変わってる」
「君のストーカーだからね、変わっていても今更何も可笑しくはないさ。和泉君、私は君を好いている。何かあれば手を貸すし、守ろう。ストーカーのしつこさは君が十分理解しているだろう?…私は簡単に君を手放したりはしない。それは君の友人だって同じで、君の事を簡単には嫌いになったりはしないはずだ」
微笑む目の前の人物に視線を合わせる和泉。
その瞬間、乱れたのか頬に流れてしまった黒髪を掻き分けるようにして撫でる佐藤先輩。
狂言にも聞こえるストーカーの言葉に、何も可笑しいと感じることの無い自分もまた可笑しいのかもしれない。そんなことを思いながら、その視線を見続けた。勇気の出る言葉とともに、微笑む佐藤先輩を見て火照っていく顔と仄かに高揚して赤みを増していく頬。
しかし自分に限ってそんなことは無いだろうと、気のせいだとそう自分に言い聞かせた。
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