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相変わらずな日常は、自分の意思とは反対に意図も簡単に崩れ去っていく。
人生で言えば当たり前のようにも感じるが、和泉にとってはそうではない。
大きく感情を崩すことも無く無感情で居れば、争いは起こらないのだ。しかし、ここ数日はどうだろう。
突然、親友である清四郎からの「恋人が出来た」という想定外の報告を受けてから、和泉にとっての普段と変わらない日常に終止符が打たれてしまう。そうしたくてそうなったわけでもないその非日常は、自分の意思とは反対に普段と同じ日常に戻ることなく過ぎていく。
収まりの見えないその日々に疲れきっている自分が居るのも事実だった。
「最近、和泉の様子が可笑しいって悠樹が言ってるぞ」
「だったらなに?」
昼休みに清四郎に呼ばれて校舎裏へ来たのは先ほどのこと。
先日佐藤先輩と来たばかりのこの場所は、相変わらず校舎の影になっていて日に当たらない。
薄暗いその場所で、和泉は清四郎の言った言葉を受け流すようにて答えた。
「何って…何かあったんなら相談に乗るって言いたいんだよ。分かってんだろ?」
感情が高まったのか声を荒げて言い放つ清四郎に、うんざりを覚えて腕を組む。
悠樹に言われてきた清四郎に、返す言葉は特に見当たらなかった。自分を思ってした行動でないそれが気に食わなかったのかもしれない。
本当のことを言ってしまおうかと頭によぎるが、それだけで勇気は無い。
佐藤先輩にわだかまりを無くすように背中を押してもらった先日。しかし、まだ実行へとは移せていない。
簡単に出来てしまうほどなら、佐藤先輩と付き合うような真似はしなかっただろう。臆病ともいえる自分の行動に、嫌気すら出てくるくらいに。
「…佐藤先輩と付き合ってからだよな?」
「仮に可笑しかったとしても、それは清四郎に関係の無いことでしょ。…深読みしないでくれる?」
佐藤先輩との関係を持ち出されて、その話題を終わらせるために言葉をさえぎる。
図星を付かれたわけではない。今の状況は、佐藤先輩と付き合う以前からのものなのだから。可笑しくなった自分を助け出してくれた彼を悪く言うのはどうしても許せなかった。そして、何も分かっていない清四郎に悠樹しか見えていないのだと、勝手に失望すら覚える。
清四郎との仲は小学校からで、家が近所ということもあり仲良くしている。
体の弱かった和泉は昔、外へ出ることが叶わず、清四郎は気を使って毎日のように自分の家へと遊びに来てくれていたのだ。
共働きの両親は忙しく、兄弟も居ない和泉は家政婦といつも二人で過ごしていた。自宅療養をしていても病状が悪化しては、入院を繰り返して、友達を作る余裕もない。
そんなときに、たまたま怪我で病院に訪れた清四郎と仲良くなった。
友達と遊んでいて足にひびが入り入院していた清四郎は病院内で道に迷い、たまたま廊下を通りかかった和泉に行き場所を聴いたのがことの始まり。それ以降は病院に入院して居ればお見舞いに来てくれたりと、両親はなかなかお見舞いには訪れずそして、友達の居なかった和泉にとって清四郎は何よりの特別だった。
大きな手術が成功したときも、誰よりも喜んでくれた清四郎。特別が恋へと変わったのはそう掛からなかった。いつしかずっと傍に居て欲しい、自分だけを見て欲しいと思うようになった時にはもう、手遅れだった。
同姓同士の結婚は出来ない。そして清四郎のタイプも知っている。
可愛くて小さくて甘えん坊な素直な子というのはよく聴いていたから。そしてそれが和泉と正反対の性格だってことも。
昔から変わらない素直じゃなくて可愛くない和泉には叶わない恋だったのだ。優しい清四郎の後追ってこの学園に来たときはその変わった特色に驚いたものだったが、そこに慣れてしまえば少しくらいなら可能性はあるだろうと、淡い期待すらもしていた。
しかし、しばらくたって出来た恋人は女性ではなく男性で、おまけに和泉の同室者で清四郎のタイプそのものだったのだ。
その完璧なまでの完敗に、自分の付け入る隙は一切無い。長年思い続けた結果がこれなら、救われない。
「和泉…俺はお前を心配して!」
「心配なんて必要ない。僕はもう病人でもないんだから、いつまでも保護者面しないでくれる?」
「ああ。そうかよ!和泉がそう言うなら俺はもう行く」
こんなことを言いたかったわけではない。
それでも心で思っていることと、口先から出てくる言葉はいつだって上手くいかない。
おそらく自分の言った言葉で清四郎は傷ついただろう、それだけのことを言ったのだ。
向き合って立つその場から、振り返って立ち去ろうとする清四郎の手を「まって」っと掴みそうになるが、思考はそうは思っていても身体は動いてくれない。
小さくなっていく清四郎の背中に、止めたくても止められない自分が情けなくて下唇を噛む。血が滲んでいるのか、鉄の味がした。
「初めて授業サボったかも」
昼休みも終わり、午後の授業も始まっているあろう時間に、和泉は噴水近くのベンチに座っていた。
悩みがある度に訪れているこの場所は、佐藤先輩の言うとおりになってきている。前は一人ではなく佐藤先輩が居た分、寂しくはなかったが今はどうだろうか。
一人で悩んでもきっと答えの見えない無駄な時間に終わるだろう。唯一つ確かなのは、上手くいかないのは自分の性格が関係しているというだけだ。
あのまま気まずい教室に帰ることを思えば、学校をサボってしまうほうが楽だった。
「…和泉君?珍しいね、君がこんな時間に居るなんて。たまたま見えてしまったから、つい声を掛けてしまったよ」
「佐藤先輩こそ、今は授業中ですよ」
「ここで何を?」と付け足す佐藤先輩を無視して、校舎に付いている時計を見る。まだ授業は終わっていない。
そんな時間に突然現れた彼に対してそう答えた。
「生徒会は忙しい、そこで授業を免除してもらっているわけだ。もちろん、成績上位をキープすることが条件だがね」
「生徒会は大変なんですね、入らなくて正解でした」
「つれないことを言うものだ。私の気持ちを知っているだろうに。…ところでもう一度聴くが、ここで何を?」
「…分かってるくせに」
ベンチに座る和泉の横に腰掛けて、返した返答に対して微笑で返す佐藤先輩。
何があったかは分からないだろうが、彼のことだから概ね分かっているだろう。ここに来るときはいつだって悩みがあるときなのだから。
「君のその様子を見ればなんとなくだが…いい結果報告ではなくて残念だ。私に詳しいことを教えてはくれないだろうか?」
「…清四郎に、思っても無いことを言った」
「なるほど。君の素直ではないところが私は好きたが、嫌いでもある」
どっちなんだと聴きたくなるのを押さえて、佐藤先輩の言葉に耳を貸す。
素直ではないところが悪いことだと十分に理解しているが、簡単に出来るものではない。出来ていたなら今こうして悩むこともないだろう。
「僕だって、好きじゃない」
「前にも言ったが、君は冷たく感じてしまうこともあるが優しい子だ。思ってもないことを言ってしまったと理解しているなら、後でいくらでも訂正は出来る」
「僕は優しくない、いつだって自分勝手だ」
「ふむ。自己嫌悪に陥るのはよくないね、何かを見落とす。後悔をする前に、どうにかするべきだ」
言ってしまった言葉は帰っては来ないのだ。後悔する前ではなく、もうすでに後悔してしまっている。
悪気があってそうしたわけではないが、それでもその気持ちすら相手に伝わらない。和泉が本当に言いたかったことを変わりに言ってくれる人が居て欲しいと思うほどに、言葉は思ってもないことを言っていく。それが相手を傷つけてしまう武器となって。
「だったらどうすれば良いの?素直になればって、思うのに、なんで…っ」
素直になれば何かが変わっただろうか。
可愛くなれば好きになってくれただろうか。
変わろうとしても変えられないのが人の性格なのだ。それを否定してしまえば自分はどうして変われないのかと、すべてを見失っていく。
続けたい言葉が出てくることはなく、それが嗚咽となって出て行く。隠すようにして、俯き手で涙をぬぐう。この場所に来るたびに自分は泣いているんじゃないのかと、涙を止めようと心を落ち着かせる。
タイミングよく現れた佐藤先輩のせいで、清四郎との会話を思い出してますます感情的になっていく。
この気持ちは、しばらく収まることはないだろう。
「君は本当に泣き虫だね…彼には君は、勿体無い」
「……っ」
言葉を話せば零れそうになる涙に、自然となくなる口数。佐藤先輩が小さく零した言葉は、確かに和泉の耳に入っていく。
どう返し良いか分からない言葉に困惑する。泣き虫なのは佐藤先輩の前だけであって、普段はそんなことはない。そして、清四郎は和泉には勿体無いのは認めるが、清四郎にとって自分は相応しくないだろう。
相変わらず何を考えているか分からない佐藤先輩はそう呟いた後、和泉のほうへと身体を向けて落ち着かせるように腰に手を回して、抱きしめる。
紅茶を飲んできたのか、甘い香りの漂う和泉先輩に甘えるようにして和泉もまた身体を預けた。
「君が彼との恋を諦められなくて辛いというのなら、私はそれよりも君を愛そう…彼のことなんて忘れてしまうほどに。今後のことは二人で考えよう、きっと上手くいくはずだから」
なんて無茶な言葉だろう。和泉がどれだけの年月を片思いしているのかも知らないで。
そして何の根拠もない励ましの言葉も、佐藤先輩が言えば叶うように感じてしまう。
ふいに肩に乗せられた佐藤先輩の顎…この人は今どんな顔で自分を見ているのだろうか。
乗せられたことにより、佐藤先輩の頬が耳に当たる。熱い頬が全てを物語っているようにも感じて、その言葉の否定は言わなかった。
和泉を抱きしめている腕と服を通して感じるぬくもりは確かに暖かく、優しかったから。
突拍子もない告白めいたその言葉に「あなたにそれが出来るなら」和泉は心の中でそう返答を返した。
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