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お母さんへ
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*これはifの時間軸のお話
朝早く、いつもは連絡なんて全く来ないはずの人からメールが来て俺は髪もセットせずに慌てて家を飛び出しては車を走らせた。
今日が何の日でその人が何を望んでいるのかも考える間もなく。
『お買い物に行きたいんだ。今から来れる?』
.*・゚ お母さんへ .゚・*.
いつも通りチャイムを押してもノックしても開くことのない扉へ鍵を差し込む。
あの様子だったから今日くらいは返事が来るかと思っていたけれど甘かったらしい。
開けますよ、と前置きを置いて扉をそっと開くと玄関には足を抱えて座り優しく笑うその人がいた。
「おはよう、小波くん。」
「…おはようございます。準備万端…ですね?」
「うん。今日はやることが沢山あるんだ。一人だと少し難しくて…君がお手伝いしてくれたらすごく助かるなと思ってたんだ。」
「そういうことならお供しますよ。行先はどこですか?」
肩に下げていた鞄を上げ直しそう尋ねると、綺麗に笑っては首をかしげて
「お花屋さん。」
と言った。
…お花屋さん?
なんでわざわざ花屋に行くのに俺を呼ぶんだ?
と少し疑問に思ったけれどこの人の考えている事がよくわからないのは今更だ、とすぐに考えるのをやめる。
「花屋…大きいのこの方がいいですか?」
「うん、出来れば。連れてってくれる?」
「もちろんです。車で来てるんでどうぞ。」
「ありがとう。本当に君は頼りになるなぁ。」
そう言って立ち上がると嬉しそうにニコリと笑った。
…あぁ、この人に笑顔を向けられるとなんだって出来てしまいそうで怖い。
軽く会釈をして車へ招き入れると藍川さんとミラー越しに目が合う。
「どうして花屋なんですか?誰かにプレゼントとか?」
「うーん…そんな感じかなぁ。」
少し誤魔化すように言うとカバンを膝の上で抱きしめ窓の外へ顔を向けてしまう。
それがこの人の"車を出して欲しい"の合図なんだというのは長く一緒に過ごす中で不思議と察してしまった。
合図に答えるように車を走らせると、藍川さんは目を閉じてまるで風の音を聞くように耳をすます。
この車内には空調の音とエンジンの音くらいしか聞こえないのに。
「なにか聞こえますか。」
「うん、君と俺の心臓の音が聞こえるよ。少し緊張してる?」
「…そりゃ貴方を車に乗せるのはいつになっても慣れませんよ。」
「あはは大袈裟だなぁ。俺をうっかり事故死させたって誰も怒ったりしないよ。」
何がおかしいのかクスクスと笑うと身を乗り出しては運転席へ顔を近付けて来る。
本当はその姿は見えないのだけど、首の後ろに確かにその人の息を感じる。
「緊張してるのは藍川さんじゃないですか。」
「…うん?」
「わかりますよ、それくらい。」
そう言うと藍川さんは何も言わずに首を振っては背もたれへと戻っていってしまう。
そのまま、車は走って行った。
*
「着きましたよ。」
そう後ろへ声をかけると目を閉じていたその人はゆっくりと目を開き窓の外へ顔を向けた。
俺の知っている花屋はそんなに多くないが、この辺ならここが一番大きくて有名だろう。
「素敵なお花屋さんだね。」
「行きますか、荷物置いていきます?」
「ううん。俺一人で行くよ。すぐに戻るから。」
「え"。」
「…どうしてあからさまに嫌そうな顔するの。」
「いや、だって…藍川さんすぐどっか行くじゃないですか。」
いつもなら俺がこういう類のことを言うと頬をふくらませたり、少し拗ねたように上目遣いをしたりするものだけど今日だけは違った。
目を細めた後ゆっくりと首を振り
「今日は平気だよ。」
とだけ言って車を降りていってしまった。
車の窓から彼の背中を見つめどこか置いていかれたような気持ちに陥る。
今日のあの人はいつもと違う。
そんな気がした。
*
20分くらいがたった頃、コンコンと窓を叩く音がして顔を上げる。
窓へ目を向けると大きな花束を持った藍川さんが「開けて」と口だけを動かした。
慌てて扉を開くと大切そうに花を奥へ置いてゆっくりと乗り込んでくる。
「お待たせ。」
「すごい花束ですね。…誰に渡すんですか?」
「まだ秘密だよ。カーナビ貸してくれる?」
「え?あぁ……いいですけど。」
「ええと…ちゃんと住所は調べて来たんだ。東京都の……」
そう言うと俺の問いかけには答えず、カーナビへ指を触れさせる。
細い指がトントンとタップしては知らない住所を打ち込んでいく。
時々カタカタと小さな音が聞こえて俺はじっとその指へ目を向けた。
指が震えてその爪が画面に当たっている音だ。
「…藍川さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。…さ、行こう。」
俺が大丈夫かと聞いて大丈夫じゃないと言う事はまずない人だ。
今日もいつも通りわかりやすい嘘をつくと嫌なくらいに綺麗に笑った。
きっと行けばわかるんだろう。
俺はそう思いそれ以上深く聞かずに車を走らせていく。
見た事の無い道を辿りながら。
*
『目的地に到着しました。』
という音声に車を止める。
そこは車が3台だけ止められる駐車場だった。
周りは住宅地くらいしかなく、他に藍川さんが目当てにしそうな建物は見つからない。
「本当にここであってます?」
「……うん。」
俺の問いかけに切なそうに声を上げると花束を抱き抱え、車のドアを開けた。
そのままドアを閉めずヨロヨロと駐車場の奥へ向かって行ってしまう。
俺も慌てて車を降りその後ろへ付くとその人はピタリと立ち止まった。
「ここに何が?」
「ただいま。」
その人の言葉にドクンと心臓が鳴る。
ここが、この人の帰ってくる場所ってことか?
そこで今日が何月何日でなんの日だったかを思い出す。
「…母の日。」
「うん。俺の最初のお家だよ。今はなくなって駐車場になっちゃったみたいだけど。去年はまだ空き地だったのになぁ……」
「お母さんに…?」
「本当はこんな事しても意味が無いのはわかってるんだ。…でも、…ううん。自己満足の罪滅ぼしだよ。一人ぼっちにしてごめんねって。」
「でも…藍川さんのお母さんって、…」
虐待をして、男を連れ込んで酷い扱いをした母親だと聞いた。
そんな母親に家が無くなった後も花を私に来るなんておかしい。
普通ならそんな事する人はいないはずだ。
「…小さな頃にね。折り紙を渡した事があるんだ。」
「折り紙?」
「うん。カーネーションを作って、いつもありがとうって。…すごく優しくしてくれた。秋はイイコね、ありがとうって。だから届かなくてもちゃんと今日だけは渡したくて。
今どこにいて何をしてるのかもわからないけど。もしかしたら、偶然ここで見つけるかも…って。」
そういうその人の横顔は酷く沈んで見えた。
過去の自分を恨むような、追い込むような。
貴方は悪くないなんて言葉今はきっと意味が無いだろう。
それなら、今この人に渡す言葉は
「綺麗な花ですね。」
「うん、お母さんは赤色が好きだったんだ。」
ニッコリと幸せそうに笑うと、大きく風が吹いて花束が揺れる。
花束の中のカーネーションの花びらが風に乗って空へ舞っていく。
「…待って、…!」
藍川さんの伸ばした手からすり抜けて空へ舞う花びらがどこか切なく見えた。
ヒラヒラと遠くへ消えていく。
「藍川さん、行きましょ。…ほら、お母さん来ちゃうかもしれませんし。」
「…うん、そうだね。」
俺の大切で大切で仕方ないこの人をこの世へ生み出してくれた貴女へ
貴女はきっと世界で一番この人を傷つけて
きっと世界で一番 酷い事をした人でしょう。
でも。
この人に、生きる理由を作ってくれてありがとうございます。
「小波くん、帰りに甘いものが食べたいな。」
「それなら折角ですしパンケーキでも食べます?」
「うん。楽しみだなぁ。」
俺に この人を守る権利をくれてありがとうございます。
//5,13 second Sunday Mother's Day .*・゚
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