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第1話
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秋が深まる10月半ばの夜。本宮 智徳(もとみや とものり)の務める交番に1本の電話がかかってきた。
穏やかで治安も比較的に良い、古くからある商店街。シャッターのしまった店が最近はちらほら見られるようになったこの辺りだが、まだ人通りは多く、活気もある。町の見回りをする本宮に元気に挨拶をしてくれる子供やお菓子を渡してくれるご老人など、温かな雰囲気が元から好きで、本宮は故郷であるこの町での就職を希望したのだ。
そんな町にも困った人たちは沢山いる。大体は酒に酔っ払ってしまった人たち。道路の真ん中に寝そべってみたり、道路の端の溝に足を突っ込んで転んでみたり。通報を受けて駆けつけてみると大体そんな感じだ。そのたびに本宮は懇切丁寧にそんな酔っ払いに付き合って家に送り届ける。それが自分の仕事であると彼は自覚している。
今日受けた通報も、外で酔っ払いが泣き喚きながら歩いている、というものだった。その電話で告げられた住所付近を見て回ると、なるほど、確かに1人の男性が電柱の影にうずくまっている姿をすぐに発見することができた。少し落ち着いたのか、泣き喚いてはいなかったが、近づくにつれて静かなしゃくり上げる声が聞こえ、この人物だと確信できた。
大の大人、しかも男が泣くのは日常あまり無いことだと思う。実際本宮は、自分の父親が泣いている姿を見たことがない。厳しくも優しい父親は、いつも威厳に満ちた言動をとる。
しかし、この仕事を始めてから、酒を飲み、普段から溜まったストレスが溢れだし、泣き出してしまう大の大人を沢山見てきた。みんな抱え込んでいるものを吐き出してすっきりしたいのだ、それが子供だろうと大人だろうと変わることはない。本宮は酔っ払いに寛大な巡査としてこの辺りでは有名だった。彼自身、そうであるように努めていたのだ。
乗ってきた自転車から降り、懐中電灯を取り出してうずくまる背中に近づいていく。驚かせないように、まずは少し距離をとってから「こんばんは」と声をかけた。
「大丈夫ですか? 夜は危ないですから早く家に帰りましょう」
懐中電灯の光で照らした男性の姿に、本宮は表情を曇らせた。この男性は、本宮が今まで出会ってきた帰宅途中のサラリーマン、と言った風貌ではなかった。薄手の灰色のシャツに履きくたびれたジーンズ、足はサンダルと言った服装は、肌寒くなってきたこの季節には不釣り合いである。
放置されて伸びきったぼさぼさの髪には白髪が混じり、顔の輪郭に沿って無精髭が見えた。体全体は震えており、しゃくり上げるたびに肩が小さく上下する。
どうやら本宮の声はこの男性に届いていないようだった。返事を少し待ってから、本宮は男性のすぐ後ろまで近づく。酒の臭いが鼻をついた、大分飲んでいるようだ。
「こんばんは。大丈夫ですか? 寒くもなってきましたし、早くお家に帰って……」
肩に手を置いて軽く揺さぶると、流石に本宮の存在に気づいた様子で、男性はびくりと体を震わせると、ゆっくりと振り返る。
その目はまだ赤く、頬は涙で濡れていた。泣きじゃくって疲労しただけとは思えないほど青白い顔色に本宮は思わず言葉を飲み込み、口を閉じる。どれほどここでうずくまっていたのだろうか、震えているのは泣いているだけではない様子だ。
とにかく早くこの男性を家に送り届けよう、このままでは風邪をひいてしまう。そう決断した本宮は、男性に住所を聞こうと、真剣にゆっくりとした口調で語りかける。
「どこに住んでいるんですか? 私と一緒に家に帰り……」
「警察! あんた警察だろ?! 妻と娘が帰ってこないんだ、一緒に探してくれ!」
……しかし、本宮は再び口を閉ざしてしまう。よく見ると、本宮の肩を掴んだ男性の左の薬指にはシルバーの指輪が光っていた。
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