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妻と娘が1週間経っても戻ってこない。男性はただそう繰り返すだけだった。
本宮は根気強く相手の名前を聞こうとしたり、行方不明という妻や娘の名前を聞こうとするが、男性はパニックを起こしたまま、妻と娘の捜索を手伝ってくれ、と叫ぶだけだった。不毛なやり取りを繰り返す内に、男性の体の震えはひどくなり、顔色は土気色になっていく。このままではこの場で倒れてしまうかもしれない、本宮が焦って交番に一緒に行くよう促しても、男性には何も届かない。
途方に暮れかけた時、本宮の耳に小さな携帯のバイブの音が聞こえた。どうやらこの男性の携帯らしく、びくりと男性はバイブ音に驚き、ジーンズのポケットを探っている。
心配した身内からの電話だろうか。これで少し落ち着いてくれたら話も聞けるかもしれない。本宮はほっと安堵のため息をつき、液晶画面と自分の顔を交互に眺める男性に電話に出るように促した。
男性はどこか渋っている様子でしばらく画面の上に指をさ迷わせていたが、不意に指を画面に滑らせて携帯を耳元に当てた。震える唇が微かに開いて弱々しい声を出す。
「……はい、萩谷で」
〈お前どこほっつきまわってんだっ!? 酒飲んで外に出るんじゃねぇって言っただろ馬鹿!!〉
携帯から男性の怒鳴り声が聞こえた。本宮のいる位置からも聞こえる怒鳴り声を至近距離で聞いてしまった男性は、弾かれたように携帯を耳から離し、頭を抱える。
「……分かってる、ごめん門井」
〈ごめんごめんっていいながらお前は何一つ反省してないだろ?! 俺がお前に渡した金は、食費に使う用だとわざわざ封筒にも書いてやったのに、また酒を買いやがって! あと何度俺はお前のごめんを聞きゃいいんだ?! 答えろよ!〉
「……ごめん」
〈ごめんはもう聞き飽きたんだよ馬鹿野郎!〉
携帯の向こうの怒鳴り声は段々と小さくなり、本宮の耳に届かなくなっていった。男性は何度も謝りながら頷いており、最後には何かを約束したようだった。ふと、肩を叩かれて本宮を見上げると、おずおずと携帯を差し出してくれる。
本宮は「ありがとうございます」と相手から携帯を受け取ると、携帯越しにため息をつく聞きなれた声に語りかけた。
「門井さん、お疲れ様です。この方は俺が送っていくので安心してください」
〈……本宮か? なんだ、お前そこにいたのか〉
先程までは怒鳴り声を上げていた男性……門井は、驚きと喜びを混ぜ合わせたような声で「久しぶりだな」と本宮に答えた。
門井 秀治(かどい ひではる)は近くの警察署に務める警察官だ。本宮の先輩であり本宮の父の部下であった彼は、本宮をよく気にしてくれている1人で、食事を一緒にすることもあった。最近離婚してしまい、色々忙しかったらしく声を聞くのも久しぶりである。
〈世話させて済まないな……そいつ無茶苦茶なこと言ってただろ?〉
「酔っ払っている方は大体こんな感じですよ。ただ少し体を冷やしてしまっているので、風邪をひかないか心配なんですが」
〈いいんだよ、少しは痛い目合わないとな〉
苦々しくそう呟いた門井は、体を震わせている男性……萩谷を交番まで連れて行っておくように宮本に頼んだ。萩谷を家に送るついでに本宮も連れていくと言う。「久しぶりにお前と飲みたいんだよ」と、渋る本宮を黙らせると、門井は一方的に電話を切る。
ここはありがたく先輩の申し出を受けることにした。多少強引な門井の性格には慣れている。小さくため息をつきながら改めて萩谷の酒に濁った目を見る。彼と門井はどのような関係なのだろうか。少しだけ聞こえた電話の内容を疑問に思いながらも、事情を手短に説明すると、萩谷はすんなりと頷いて交番に一緒に行くことを同意した。
随分と落ち着いた萩谷に、さっきまで叫んでいた事柄について追求する勇気はなく、本宮はとりあえず萩谷を連れて交番に戻ることにした。
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