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交番のドアを開けた瞬間から、門井の説教は始まった。
生活費として渡しておいた1万のうち、半分以上を酒に注ぎ込んだこと。酒を飲んだ状態で外を出歩いたこと。何通も送ったメールや電話を無視し続けたこと。果てには通報されて本宮に迷惑をかけたこと。
門井の言及は昨日のごみ出しを怠ったことにまで至り、流石に本宮が仲裁に入った。門井の怒鳴り声を、萩谷はただ静かに聞いていた。
「どれだけ人に迷惑かければ気が済むんだこの馬鹿!」
机を激しく叩きながら吐き捨てるように言葉を放つと、門井はやっと落ち着いた様子で、困ったような笑顔を本宮に向けた。
「すまんな、騒がせてしまって。世話かけさせたな」
「いえ、これも俺の仕事ですので」
門井の豹変ぶりに苦笑しながらも頷いた本宮は、萩谷の様子をちらりと盗み見たが、萩谷は身動ぎもせずにじっと床を見つめていた。やはり萩谷は門井に逆らう様子はない。先程本宮に見せたような表情もその顔には浮かんでいない。
あの複雑な表情の正体を、果たして門井は知っているのだろうか。
「それじゃ、送っていくから乗ってくれ。……おい、萩谷、聞いてんのか? お前もだお前も」
門井に腕を引っ張られて腰を上げた萩谷は、そのまま大人しく門井の乗ってきた車まで連れていかれる。本宮もその後について外に出た。
やはり外の空気は寒かった。ぶるり身震いしながら、あのまま萩谷を発見できなかったら、と思うとぞっとして、また気温が下がった気がする。門井は荒々しく萩谷を後部座席に押し込むと、本宮に助手席へ来るよう目で訴えた。
夜の町を走り出した車の中は静かだ。門井が不意にラジオをいじるが、特に興味を引くものがなかったようで、すぐに消してしまった。本宮はバックミラーで萩谷の様子を何度も確認していたが、萩谷はぐったりとシートに体を沈めたまま、目を閉じているだけだった。
本人がいる前で門井に萩谷のことを聞くのは気が引けた。先程のようにまた何かの拍子に彼を傷つけてしまうかもしれない。萩谷が眠っているのか起きているのか、判断もつかない今はただ沈黙を守ることが最善の策だろう。
門井はこの車を本宮の住む場所とは反対の方向に進めている。先に萩谷を送り届けるつもりなのは早いうちに気づいたことだった。門井の、飲もうと言ったあの発言が本当かどうか定かではないが、少しの間だけでも話を聞けるチャンスがあるということだ。
何度か門井や萩谷に話しかけようと口を開いた本宮だが、声を出す前に閉じでしまう。ぱくぱくと口を開けたり閉じたりする自分を金魚のようだと、恥ずかしくなってしまう。いつもならそんな様子にすぐ気付いてくれる門井も、考え事でもしているのか、むっつりとしたまま前を見つめているだけだった。
しばらく走ったところで、もぞりと萩谷が体を起こした。微かな音でも静かな車内では耳に入ってくるもので、本宮が再びミラーに目をやると、萩谷の顔は真っ青になっていた。
「……萩谷さん、大丈夫ですか?」
思わずそう声をかけずにはいられなかった。本宮の声につられたように、門井もミラーに目をやり、見るからに具合の悪そうな萩谷を見て表情が固まる。
「どうした」
「……車、止めてくれ」
「まだ家まで随分あるだろ、歩いていけんのか」
「……酔った」
萩谷が口元を手で覆いながら呟いた一言に、門井の表情から緊張が消える。小さくため息をつくとゆっくりと車を路肩に止めた。
萩谷はよろよろと外に出てドアを閉める。まだ距離があるという家まで歩いて帰るらしい。見るからに心配そうな顔をしていたのだろう、本宮に門井は「いいんだよ」とどこか怒ったように言う。
「あいつが行くって言ったんなら俺やお前が心配することじゃない。少しは痛い目に遭わないと学ばない動物なんだよ」
門井は本当に車を走らせ始めてしまう。夜の人気も少ない道をおぼつかない足取りで歩いていく萩谷に本宮は「気をつけてくださいね」と声をかけた。
萩谷は本宮の声に気づいて顔を上げ、小さく頭を下げた。
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