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第2話
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無機質な白い光がまぶたの裏から透けて見えた。それが眩しく感じ、何度も瞬きをする。目が霞んでいた。頭も痛い。腹の中で吐き気が蠢いている。ゆっくりと息を吐き出してつばを飲み込んだ。少しだけ気分が落ち着く。
ここがあの冷たい路上ではないことは確かなようだった。体が沈み込む柔らかな感覚に再びまぶたが閉じかける。
「……?」
しかし身じろぎした瞬間に、萩谷は自分の体の異変を察してしまう。手が背中に回ったまま動かない。手首がなにかで固定されているようだ。
慌てて体を起こそうとして、足首も手首と同じように縛られていることが分かった。結束バンドできつく縛り上げられた箇所の痛みに思わず顔を歪めた。
辺りを見渡すと、そこは見知らぬ部屋の一室だった。フローリングに白い壁、紺色のカーテンがかかった窓、テレビに脚の短いテーブル。萩谷が横になっていたのは黒いソファーだ。
なんだよこれ。声にならない呟きが口の中で漏れる。なぜ自分は見知らぬ部屋で拘束されているのだろうか。これは俗にいう、誘拐というやつなのだろうか。すぐに浮かんだのは、ついさっきまで一緒にいた警察で働いている友人の顔だった。
萩谷は自分を落ち着かせるためにも、ここに来るまで何があったのか思い出そうと、痛む頭を動かし始める。酒に酔って多くが抜け落ちている頼りない記憶だが、何も考えないままここでうずくまっているよりマシだと思った。体を起こして両足を床に下ろす。
家で酒を飲んで外に出て、知らない警察官に声をかけられた。親切にしてくれたがそう言えば名前も聞いていない。門井と親しそうに話をしていた。その時には名前でも聞いたのだろう、彼は萩谷の名前を知っていた。
それから門井に車に乗せられたが途中に気分が悪くなって降り、少しだけ歩いて道端で吐いてしまった。腹に入っていたのは酒だけで、ただただ気持ち悪かった。服に吐いたものがべっとりとついてしまって、その酷い臭いがずっと付きまとっていた。
そう言えばその臭いも全くしない。反射的に服を見ると、くすんだ緑のトレーナーが目に入る。こんな服を着ていた覚えはなかった。寒気が背中に走る。どうやら誰かが服を取り替えたようだ。よく見れば下も灰色のスウェットになっている。あの不快な臭いの代わりに洗剤の匂いが体を包んでいる。嫌な考えが確実なものとなってしまいそうだ。
軽く首を振り、思考を元に戻す。と言っても、ここからの記憶はあまりにもぼんやりとしている。道端で吐いていた時、誰かに声をかけられて引きずられるようにどこかに連れていかれた気がする。道のりは覚えていない、あの場所からそんなに離れた場所ではなかったはずだが、それも確かな情報ではない。この足で逃げ出せる距離ではないだろう。
なぜこうもすんなりと見知らぬ人物について行ってしまったのだろう。小さな子どもでも防衛手段を知っている犯罪行為に、まさか自分が引っかかるとは思ってもみなかった。深いため息が自然に漏れる。泣いて吐いて体も冷えて、体力と気力が極限まですり減っていた萩谷は子どもより扱いやすかっただろう。抵抗した記憶もない。
さて、これからどうするか。移動を始めた辺りから記憶はぶっつりと途切れ、次に覚えているのはさっき目を覚ました時からだ。これ以上不確かな記憶を探っても意味は無い気がする。芋虫のように這いずり回って辺りを見てみるか、映画のように手や足を縛るものを鋭いもので切ってみるか。冷静に考えるのなら今すぐにでもここから出た方がいいのだろうが、逃げ切る前に自分の体力に限界がきてしまいそうだ。
何が目的なのか知らないが、こういう時は犯人を刺激しないほうが良いだろうし、自分の性にもあっている。道端で酔って吐いていた男をさらった犯人の目的は知らないが、萩谷の家族は認知症の母とフランスにいる兄だけで、誰もすぐには助けに来ることはないのだ。もっと人を選ぶべきだったな、萩谷の顔に自虐的な笑みが浮かんだ。
改めて辺りを見渡しても、もう新しく気になることはない。まるでモデルルームのような、綺麗で個性のない部屋だ。後ろを振り返れば奥にキッチン、手前には足の長いテーブルとイスが1つ。女性らしい品物は見られず、そもそもあまりものも置いてない。生活に無頓着な人物なのだろう、それかあまりこの部屋に帰ってこないのだろうか。
その時、かちゃりと鍵の回される音が聞こえ、思わず音の方向を振り返った。どうやらこの部屋の持ち主が帰ってきたらしい。自分を拘束した人物が予想した通りの人物なのか、わざわざ確かめたいとも思わず、再びソファーに横になって背もたれに顔を向けて目を閉じる。
足音はゆっくりとした調子で近づいてきた。やがてその音はすぐ近くで止まり、なにか重たいものを床に置いて少し遠ざかり、また近づいてくる。萩谷のそばで再び立ち止まったその人物は、横になった萩谷の肩に手をかけた。
「……萩谷 英治さん?」
びくりと体が震えた。得体の知れない人物から名前を呼ばれる恐怖はかなりのものだった。恐る恐る顔を上げると、やはり目に映るのは知らない人物の顔だ。
若い男だ。まだ20代だろうか、茶色の髪と目が印象的だ。灰色のスーツに深い青色のネクタイをしめたその姿は瑞々しく感じられる。
萩谷を覗き込むように顔を近づけてきたその男は、縁のない眼鏡のレンズの向こうの目を細めた。
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