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反論の言葉もなく、静かに頷いた萩谷を、志野は満足そうに眺めていた。
「はい、それじゃ服脱いで。まずは体重測ろうか」
志野はそう言って萩谷の腕を離し、床の体重計を指さした。やはり出ていこうとしない志野を数秒眺め、萩谷は服を脱いでいった。「下着もだよ」と絶望的な指摘を受け、渋々裸になる。
志野の発言は正しかった。夜の町を酔って出歩いていた萩谷の体には、転んであちこちを打ちつけたりした際にできたあざや擦り傷がところどころに見受けられた。左手首にはいくつかの切り傷が刻まれ、ごく最近つけられたようなものもある。
萩谷は脱衣所に設置されている鏡に写った痩せて骨ばった自分の体をちらりと見て、目を伏せた。不健康そうな、それでいてまだ死にそうにない中途半端な体が気持ちが悪かった。伸びっぱなしのぼさぼさの髪は肩につくまでの長さになっていて、無精髭は苔のように顔の輪郭にこびりついている。疲労をにじませた暗い顔は、見れたものではない。
こんな奴を門井はよく世話してくれたものだ。自分だったら早々に見限っていた。萩谷は小さく笑った。
「ほら、早く乗って」
ぺちん、と素肌の肩を志野の手が緩く叩く。慌てて志野の指示を聞き、体重計にそっと足を乗せた。
軽い機械音の後に、今の萩谷の体重がデジタルの数字で示された。志野はそれを覗き込んで、「やっぱり痩せすぎだね」と呟く。
「筋肉と体力つけてもらわないと困るから。今の調子でトレーニングよろしくね」
どうして志野に、よく知らない男にそんなことを言われるのか分からなかった。萩谷が訝しげに眉をひそめると、志野はそんなことお構いなしに浴室のスライドドアを開ける。
温められた空気が外に漏れだしてくる。志野に背中を押されて浴室の中に入ると、意外にゆったりと大きな浴槽が目に入った。湯気で曇った鏡にシャワー、脚と背もたれのついたイスが置いてある。母親のいる施設で同じようなイスがあった気がした。
「最初に体洗うからそこに座って」
「……何で」
なぜ体の洗い方まで指図されなければいけないのか、ネクタイや眼鏡を外してシャツの袖をたくしあげている志野を振り返って言う。相当不機嫌そうな声が出たのか、志野は苦笑していた。
「俺が届かない、特に頭の方」
「……?」
「俺が洗ってあげるってことだよ」
裸足になって浴室に入ってきた志野は、スライドドアを閉めてイスを鏡の前に移動させ、呆然ととした表情を浮かべる萩谷にイスに座れと目で訴えた。
昨日の夜は泥酔していたし半分眠っていたらしいから仕方がなかったような気もして受け入れきれるが、どうして意識もこんなにはっきりとしている今、自分よりも若い男に体を洗ってもらわないといけないのか。萩谷は困惑しながらも首を振ったが、志野は気にすることもなかった。とんとん、とイスの背もたれを指で叩き、早く座れと萩谷を見つめてくる。
ここまで来て、情けないとか恥ずかしいとか、そんな言い訳は通用しなかった。志野は口を結んで黙りこくった萩谷の腕を引いてイスに座らせると、シャワーで萩谷の体全体を濡らしていった。
「目、つぶってた方がいいよ」
志野の指が髪に触れた。梳くように萩谷の髪を洗っていき、シャンプーの後はリンスまで丁寧につけられた。爽やかで気持ちの良い匂いが空間を満たしていた。
次に志野が取り出したのは髭剃りで、萩谷の顔にジェルを塗り、慎重にカミソリの刃を滑らせていく。髪を洗った時からもう濡れていたのか、志野は気にしない様子で濡れた地面に膝を立て、「動かないでね」と萩谷の正面に回り込んできた。
作業の間、志野の左手は萩谷の頭に添えられ、茶色の目はじっと萩谷の顔を見つめてくるので、どこを見ていいかもわからずにまた目を閉じていた。ずっと放置していた髭は結構伸びており、志野は丁寧にそれら全てを剃りあげた。
それからはボディスポンジで体を丁寧に洗っていく作業が続いた。耳の裏、顎の下、脇、尻、膝の裏、足の指先。もちろん性器の辺りもきっちりとスポンジで擦られ、萩谷は顔を赤くして唇を噛みしめていた。親にもこんなに執拗に体を洗われたことはないだろう。子どもの頃、父親と兄と一緒に風呂に入っていた光景を何となく思い出してしまう。ボディソープをシャワーで洗い流されて、やっとその時間は終わった。
湯船に浸かるように言われ、温かな湯に体を浸からせてやっと少し心が安らぐ気がしたが、そんなことはなかった。志野は相変わらず出ていく素振りを見せず、しゃがみこんで萩谷の顔を見ながら「気持ちいい?」などと聞いてくる。
本当に気持ちよくなってもらいたいんだったら出ていってほしい。内心の叫びを口にはしないまま、萩谷は志野から顔を背けた。体もあまり見られたくなかったため、背を向けるように方向を変える。志野はそれに気づいて笑ったが、出ていくことも萩谷の行為に文句を言うこともなかった。
「熱い? 丁度いい?」
「……」
「不満があるなら言わないと分かんないよ。明日はもっと熱くしてあげようか?」
「…………丁度いい」
萩谷は無意識のうちに体を縮めていた。できる限り見られる範囲を少なくしたい。先程丹念に隅々まで体を洗われた身で言えることではないが、やはり自分の中の羞恥心はまだもっておきたかった。完全に志野に支配されてしまいそうで怖い。どうしてわざわざこんなことをするのか。
「……体調チェックだよ。英治さん、自傷癖にアル中なんて面倒くさいコンボ抱えてるんだから」
萩谷の心を読み取ったかのような志野の発言だが、実際にはずっと萩谷の顔には不満げな表情が見られていた。一瞬自分に目を向けた萩谷に志野は笑いかける。
「自分で新しい傷をつけてないか全身くまなく見るには風呂がもってこいだからね。体重の変化も見たいし、トレーニングの結果が現れるのも確認したいし」
「……何が目的でそんなことまで」
自然に語気が強くなる。道ばたで拾った酔っ払いをなぜここまで監視するのか。
志野は笑って答えをはぐらかしただけだった。
「あんまり浸かってるとふやけるよ? もうそろそろ上がろうか」
「それとも100まで数えてみる?」。志野の発言はわざとらしく聞こえる。この男は自分を子どもだと勘違いしているらしい、こんな子どもがいたら堪らないだろうに。萩谷は首を振り、湯船から上がった。
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