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頑張れマオくん(5)
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ユキは自分の部屋に戻っていた。悪魔の世界では、他に逃げられるところもないんだろう。
ベッドに潜り込んでいるユキにそっと近づき、髪を撫でた。
「ユキ、大丈夫ですか?たしかにあの悪魔、かなり気持ち悪かったですけど」
ユキは布団から少し顔を出して、不安そうな顔で俺を見上げた。
「気持ち悪かった…よね。でも、よくわかんなくて」
「何がですか?」
「あの悪魔を見てると、心の奥がざわざわして、急に焦ってるような気分になるの」
ユキは布団の端をきゅっと握った。
「僕、あの人と知り合いなんだよね?全然思い出せないけど。どういう関係だったのかな?どうしてこんなにじりじりするのかな」
「……さあ」
記憶が残っていないのに、どうして違和感が生じているんだろう。
いつも天真爛漫なユキの弱っている様子を見ると、胸が痛くなる。
ユキを助けたい、と自然に思う。だけどそうしたら俺は……。
「…ずっと思っていました。自分は、誰かの代わりなんだと」
「えっ?」
ユキは純粋さのかたまりのような目を瞬かせた。
「あなたにとって俺は、穴埋めに過ぎない。人間界に置いてきた誰かの穴埋め。臨時の依存先」
「そんなこと…」
「その誰かがあの悪魔なら…俺は思い出してほしくありません」
ユキに必要とされなくなるのが怖い。俺は今、ユキのためにしか生きていないから。毎日ユキのわがままを聞くために動き回って、夜には添い寝してあげて、もしそれが必要なくなったら、俺は何をすればいい?どこにいればいい?
「マオくん、大丈夫だよ!」
ユキは明るくそう言って俺の手を握った。
「穴埋めだなんて言わないで。人間のときのことはよくわからないけど、何を思い出したって、僕はマオくんが大好きだよ。マオくんの代わりは誰もいない。信じてくれる?」
「俺の代わりなんていっぱいいます。俺は父親が魔王で、ちょっと根暗なだけの、普通の悪魔です。あなたが頼めば、わがままを聞いてくれる悪魔も、添い寝をしてくれる悪魔も現れます」
「もう!全然信じてないじゃん!」
ユキは頬を膨らませた。
「マオくんは特別なの。信じてよ!」
「…そうですか」
むくれているユキを見ていたら、初めて可愛いと思った。
「じゃあ、信じてあげます」
俺は懐から青く光る物体を取り出した。
「ん?何それ?」
「あなたの記憶です」
「えっ?!なんでマオくんが持ってるの?」
「お父さんから預かっていました。然るべき時が来たらユキに返すようにと。…今がその時なんでしょう?」
俺はユキの頭をつかんだ。小さくて、握ったらすぐに壊れそうな頭。右手で記憶を持ち、頭の中にずぶずぶと差し込んでいく。
「あっ…なに?マオくん、今どうなってるの?!」
「手首まで頭に入りました」
「ひゃぁぁ悪魔ヤバイ」
記憶の保管庫に挿入し終わって手を抜いた。ユキはふらふらとしている。
「う…ああ…お父さん、お母さん……」
記憶を取り戻した人間を初めて見た。昔の記憶を追体験しているんだろうか?
人間は悪魔と違って、全員母親のお腹の中から生まれてきて「家族」をもつ。俺にもお父さんはいるけど、お父さんは魔王だし、家族というのとは少し違う気がする。
ユキの両親は、どんな人間だったんだろう。
ユキはひとしきり呻いたあと、顔を上げて俺を見た。
「思い出した」
「はい」
「僕、行かなきゃ」
「…え?」
ユキはベッドから滑り出て、立ち上がった。
「僕はあくまさんに永遠に好きでいてもらうために、ここに来て悪魔になったんだ」
「あくまさん…?」
「だから、ごめんね。マオくんのことは大好きだよ。でも、一番大事なのはあくまさんなの。死ぬまでそばにいてって、約束したから」
「は?」
ユキはさっきと変わらない、純粋で無邪気な目をしている。そして平然と言い放った。
「僕、あくまさんと一緒に人間界に帰るね!マオくんならひとりで大丈夫だよ!頑張れマオくん!」
「えっ」
ユキはさっさと走って出て行ってしまった。
びっくりしすぎて、何も言えなかった。
俺はただの代替品。本命が戻ってくればぽいと捨てられる。
わかっていたことじゃないか。ユキは元からひどいやつだった。嫌なやつだった。
さあ、俺もお父さんのところに行こう。
歩き出そうとしたら、足が震えてその場にへたりこんでしまった。
ひとりで大丈夫って、何?俺はこれからひとりになるのか?…どこで?俺は、唯一の居場所をなくしてしまったのに。
俺にはユキしかいない。ユキが俺を頼ってくれないと、どうしたらいいかわからない。
なのに、どうしてこんな簡単に…。
入口のところでガタンと音がした。もしかしてユキが戻ってきたのか?と思って顔を上げたが…
「んー?ここはお前の部屋なのか。魔王城の内部はややこしいのー」
なぜか14号がこちらを覗いていた。能天気な表情にいらいらする余裕もない。
「お前、どうしたんじゃ?こんなところに座りこんで。色々仕事があるんじゃないんか?」
「うるさい…」
「ふん!まあどうでもいいがの!そんなことよりアオイたちの場所を教えてほしいんじゃ!」
「はあ?お前に教えるわけ…いや…もうどうでもいいか…」
「む?」
「あいつらは地下牢にいる。好きにしろ」
「なんじゃお前!やけに素直じゃの。やっとわしのすごさがわかったみたいじゃな」
「いいから早く行けよ…」
14号を睨むと、14号は不満げに部屋を出て行った。
ユキは魔王をやめて人間に戻るつもりだ。それならもうエクソシスト狩りなんて、どうだっていいだろう。
そう…どうだっていい。ユキが俺に文句を言ってくることは、この先ないんだから…。
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